久しぶりに『般若心経、心の「大そうじ」(著者:名取芳彦さん)』の教えをお伝えします。
以前、このブログで『般若心経』は、仏様が舎利(子)という弟子に「般若波羅蜜多(彼岸に渡るための智慧)」について、説き聞かせる体裁をとっている、という話を著者がしていると申し上げました。
そして、般若心経の主人公は、「観自在菩薩」であるといっています。(別名、観世音菩薩、観音さま)
観自在菩薩は、その名が示すとおり、物事を自由自在に、何の偏見もこだわりもなく、ありのままに観じることができる菩薩だそうです。
そんなことを言われても小生などは「チンプンカンプン」ですが、次のページを読んでいきますと、著者の芳彦さんは、お寺で「だまし絵」の話を考えて実践されたそうです。
その時に「一つの絵柄を見ようとすると、もう一つの絵が消える」ことが仏教の教えと共通すると考えたそうです。そして、次のように書いています。
『一つのことに出会った時に、一つの見方しかできないのが私たちです。雨の日は嫌だ。年をとるのは嫌だ。批判されると人格を否定されるような気分になるなど。
しかし、別の見方もできるはずです。それが観自在です。』
なるほど!先日、韓国の男性俳優が自殺しましたが、その原因にネットでの誹謗中傷があったと報じられました。
人間、生きていれば生きていれば、いろんなことがあります。
もっと「あたまとこころ」をやわらかにしていたら、自殺することもなかったような気がします。
著者の名取さんは、次のように述べています。
『「雨雨ふれふれ母さんが、蛇の目でお迎えうれしいな」という歌は、雨に日が好きになった子どもの歌。年を取るということは、さまざまな人生経験を経て貫禄がつくということです。自分への批判は、貴重なアドバイスだと受け取ることができます。』
小生は、雨が降れば大好きなお母さんが迎えに来てくれる、という子ども心が素直に表現されていて大好きな歌ですが、なるほど、雨という暗い天気も考え方次第ですね。
要は頭が固くなると一つのことしか『見えなくなってしまう』ということだと思います。
このようにマイナスをプラスに考えることは、言葉でもたくさんあるそうです。
乙武洋匡さんが『五体不満足』という本の中で、商店街のイベントを手伝って失敗してしまった時、商店街の会長さんから「この商店街では失敗という字は、経験って読むんだよ」といわれた書いているそうです。
さらに、著者の芳彦さんは、次のような面白いことをいっています。
片づける 再び散らかすスペースを作る。
乳離れ 子ども、もしくは夫がおっぱいを恋しがらないほど成長すること。
挨拶 すでに紹介済みなので「ただいまご紹介いただきました○○です」という重複表現は 不要。挨拶を、拶挨と書いてしまう人は、私を含め相当な数にのぼると言われる。
喫煙者 吸い続けると「やめたほうがいい」と一生いわれ、やめても「あれ?いつやめたの?」と10年はいわれる。来年、動物愛護団体から絶滅危惧種指定の予定。
などと書いていましたので、思わず笑ってしまいました。小生も禁煙して1年と8カ月が過ぎましたが、勤めをやめたお陰で絶滅危惧種に指定されずにすみそうです。
物事は一面だけを見ずに「やわらかく、どっしり」と自在に見ましょう!という話でした。
今日の写真は、クロアチアの首都ザグレブにある聖マルコ教会です。