mugifumi日誌

海外旅行の体験などのほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

イタリア:ヴェネツィア

2008年01月27日 | 旅行記

 今日は、家内が日帰りで静岡に行くため、朝早くからバタバタしていました。

 小生は、いつも朝早く起きることに慣れていますが、家内にとっては、せっかくの休日でゆっくりできるはずでしたが・・・

 ところで、今、小生自慢の自家製唐辛子を造っており、小休止のためにパソコンをいじっています。

 ところが顔が痒いので、ちょっと擦ったら「ピリピリ」します。指に唐辛子の粉が残っていたのでしょうね。

 小生は、この唐辛子を「5色唐辛子」と命名していますが、親戚や知人の方々がこの唐辛子の完成を楽しみにしており、催促をいただくほど人気があります。

 5色の中身は、「唐辛子」「ユズの皮」「ミカンの皮」「ゴマ」そして「川海苔」です。

 自分で言うのも何なんですが、えもいわれぬ香りで・・・

  そんなことは旅行とは関係ない!?そうですね。題名にあるようにヴェネツィアの話を少ししましょう。

 ヴェネツィアのことを称して何というかご存じですか?そうです。「アドリア海の女王」というそうですね。

 ヴェネツィアの起源は、6世紀だというのですから、凄いものです。当方から侵入した民族に追われて、この地方(ヴェネト地方)の住民達が「地盤の緩い湿地帯なら、敵は追ってこない」とラグーナの島々へ逃げてきたというのです。

 それからナポレオンの占領まで千年間、海洋都市国家として独自の文化を育てながら発展してきたそうです。

 イタリアの最北端に位置し、南北約2㎞、東西約3.5㎞の海上に118の小島が集まっていますが、なんと言っても、そこに街が形成され、人々が生活していることが不思議です。

 などと言ったら、何の話か?と言われそうですが、ここの売りは、皆さんご存じのように、「海の中に美しい景観を備えた都市がある!」と言うことではないでしょうか?

 海の中にあるですから、道路がありませんが、それに変わる美しい水路が縦横無尽に走っています。

 そして、街の建物を支えるのは?ベネツィアの地盤は、土というより泥土が堆積し、その下に粘土と砂の層があるそうですが、そこに、5~10㍍の唐松の杭が打ち込まれているそうです。

 そんなことより、見学したものの話が良いですか?

 それは、次の機会にレポートしましょう。

 

 

 

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休日のひととき

2008年01月26日 | 旅行記

 おはようございます。

 久しぶりの休日で、家の仕事?が沢山、ありすぎて時間が足りません。

 先週は、イタリアの魅力のうち、フィレンツェの旅についてレポートしました。

 その続きといきたいところですが、タイトルのように「ここらで、一休み」にします。

 ところで、先ほど、テレビを見ていましたら、カンボジアのシェムリアップの放送をしていました。

 懐かしいものですね。自分が旅したところが出てくるというのは、本当に嬉しいものです。

 何の話なのか分からない?放送の内容としては、子供達の通学の様子などもありましたが、小生が懐かしく思ったのは、「アンコールワット」と「タ・ブローム」です。

 家内と思わず、「ここにいったね!!!」などとはしゃいでしまいました。

 小生のホームページでは、ここの「旅行記」がありますので、是非、ご覧下さい。

 http://www.geocities.jp/sinainaruike/sub16.html

 さて、今日の仕事ですが、まず、バラの植え替えをする予定です。

 今がバラの植え替えの好季ですが、わが家では、庭が狭いため、鉢植えにしています。

 鉢から抜いたバラの根を丁寧に整理して、土を入れ替える作業です。

 鉢の底にゴロ石を入れて、肥料と混ぜた土をその上に布きます。そして、その上に肥料を入れない土を軽く入れて、そこにバラを植えていきますが、要は、バラの根に肥料が触れないようにするのがポイントだと思います。

 そうそう、バラの剪定を忘れないことも大事なポイントですね。

 切り方は、軽く?いえいえ、思い切って切り戻して良いと思いますよ。

 小生が申し上げたように切ったら、春に芽が出てこなかったら?まぁ、その時は「運が悪かった」と思って諦めて下さい。

 バラの後は、午後から美味しい味噌を求めて、吉見の農協へ行って来ます。

 味噌も手作りのものが安心ですし、それがまた、「美味しい」のです。

 食べ物で思い出しまいたが、今朝、6時頃テレビを見ていましたら、土井先生(顔と穏やかな解説が父親によく似ていますね。)海苔の美味しい食べ方を放送していました。

 その中で、鍋に水と酒を半々の量に醤油を適当に入れて、そこに千切った焼き海苔を加え、水分がなくなるまで煮詰める、という調理方法を紹介していました。

 できたもの?、いやぁ、美味しかったですね。買ってきたものでは味わえない香りと舌触りでした。

 何だ、お前もつくったのか?と言われそうですが、皆さんも、是非、挑戦してみて下さい。

 品物の名前?は、ノリでしょうね!白いご飯との相性がピッタリのもので瓶詰めになっています。

Nori

 見た目は良くありませんが、美味ですよ!

 香りと言えば、小生の家の特産物、「ユズ唐辛子」の季節になりました。

 これも、唐辛子、ゴマ、ユズの皮、ミカンの皮、川海苔などを細かく砕いて混ぜ合わせるものですが、唐辛子とユズ、ミカンは、天日干しにして「カラカラ」にしてありますし、自家製ですから安心です。

 毎年、大量につくっているのですが、親戚や知人からのリクエストですぐに在庫がなくなってしまいます。

 自慢話になってしまいますが、こちらも絶品ですよ。

 漬け物のお供は、もちろんのこと、みそ汁に振りかけますと、「タマラナイ」と皆さんがいってます。

 時間があれば、今日か、明日には作業をしたいと思います。

 ブログを読んでいただいている方には、「無料でプレゼント」と言いたいいところですが、まぁ、無理でしょうね。

 ということで、今日はこれにて失礼します。

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イタリア:フィレンツェのウフィツィ美術館

2008年01月20日 | 旅行記

 今日は、メディチ家の残した建築物のうち、強く印象に残っている「ウフィツィ美術館」についてお話ししましょう。

 ここは、ドームのサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の近くにあり、十分駅から徒歩で行くことができます。

 ついでに申し上げれば、フィレンツェの歴史を彩る建築物は、この周辺に集中している、と言っても良いかと思います。

 さて、ウフィツィ美術館ですが、その意味は、イタリア語で「事務所」なんだそうですね。

 メディチ家のコジモ1世という方が当時の大公国の行政機関を一カ所にまとめようとして建設した建物だ、そうです。

 案内書には、「一階には、壮大なドリース式列柱が並び、古代ローマの宮殿を思わせる。」とありますが、そんなものあったかな?

 美術館にした王様?は、コジモ1世の後を継いだフランチェスコ1世という方だそうですが、その動機がメディチ家歴代の当主達が蒐集した膨大な美術品を収めるために事務所の最上階を収蔵の場所にしたこと、なんだそうである。

 まぁ、それはともかく、皆さんから「美術品を見てきたのか」と言われそうですね。

 もちろん、よく見てきました。見学するには長い列ができて時間がかかりますが、予約していたのでしょうか?スムーズに入れました。

 そして、ルネサンス絵画の至宝と言われるボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」は、ばっちり見てきました。

 貝殻の上に裸の女性が描かれているものですが、中世では教会の影響が強いのでしょうが、裸はタブーだったそうですね。

 もっとも、そのようなことができたのは、時代背景もあったのでしょうが、芸術を愛し、多彩な能力を持つロレンツェオというメディチ家の4代目?がいたからでしょうね。

 この人は、ボッティチェリと仲が良くて、良く酒を飲むなど、徹底的に人生を楽しんだそうです。

 でも、芸術が好きで、芸術家を徹底的に庇護したのですからたいしたものです。

 ロレンツェオが愛したのは、ボッティチェリばかりではなく、レオナルド・ダ・ビンチやベロッキオ、ミケランジェロなどだそうです。

 以上で、フィレンツェの話を終わります。

 ところで、先日、メモリーを増設すべく、電器屋さんで買ってきました。

 このパソコンのメモリーは、512Mですが、1Gを2本買ってきて、取り替えました。

 動作が速くなったか?まぁ、期待した程ではありませんが、満足しています。

 その時、ついでにパソコンのHDの状況を見たのですが、空き容量が意外と少なく不安になってきました。

 そこで、不要なデータを削除したり、普段使わないデータなどをDドライブに移しました。

 さて、中国・雲南省の旅の写真整理ですが、全然、進みません。

 ホームページは、トップページをリニューアルしようと作業を進めていますが、やることが多すぎますね。

 それでは、今日はこれにて失礼します。

 

 

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イタリア:フィレンツェ2

2008年01月19日 | 旅行記

 フィレンツェの象徴であるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の前に立つ洗礼堂は、フィレンツェの守護聖人、聖ジョヴァンニに捧げられたもので、白と緑の大理石で飾られた八角形の建物です。

 この洗礼堂の入口は、東、南、北の三方があり、その門扉には、いずれもブロンズの浮き彫りが施されており、このうち、北と東の二つがルネサンス時代である15世紀に付け加えられたものです。

 北の門扉の「イサクの犠牲」は、アブラハムが神の命により息子を生け贄にしようとする瞬間、天使に救われるという旧約聖書の物語でありますが、その作者は、有能な新人芸術家「ロレンツォ・ギベルティ」であります。

 ギベルティは、その後、ミケランジェロが「天国の門」と呼んだ東の門扉も完成させています。

 ちなみに、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は、1296年の着工から600年の歳月をかけて完成したとされていますが、この洗礼堂は、11世紀に建てられ、さらに、13世紀に改築されたとされています。

 また、ルネサンスはフランス語で「再生」を意味し、14世紀に始まり、15~16世紀にイタリアから西ヨーロッパへ広まった「古典の再生」文化革新運動を指すそうです。

 古典の再生の「古典」とは、どうやら古代ローマ時代のことのようです。

 時代背景としては、人々の豊かな暮らしと市民自治の尊重があり、古代ローマ時代の人間をありのままに描き出す芸術など自由で明朗な文化を求める機運があったのでしょう。

 などと、分かったようなことをいっていますが、以上述べたことは、本の受け売りであります。

 ルネサンス時代の特徴は、古代ローマ時代への憧れと、競争による芸術家、そして、この時代に権力と富を握ったメディチ家の登場であります。

 メディチ家は、1,397年に銀行を設立するなどして富を握り、以来、フィレンツェの実質的な支配者として君臨したようであります。

 などと言ってますが、これも「受け売り」?、もちろん「イエス」であります。しかし、メディチ家がルネサンスを庇護したからこそ、このような芸術と文化の花が咲いたのではないでしょうか?

 まぁ、メディチ=リカルデ宮、ビッティ宮、サン・ロレンツォ聖堂、ウフィツィ美術館などフィレンツェを代表するような建物を次々と建設したのですが、それが純粋に芸術の改革のためだったかは、後世の人々がどう評価することになる・・・・・

 今日は、まじめに本を読んで、このブログを書いていましたので、疲れました。

 本を読みながら、そして、小生の勝手な解釈もありますが、皆さんに分かりやすく、という気持ちで書いています。

 では、今日は、この辺で失礼いたします。

Reikou_204

 

クリックすると拡大します。(中国雲南省:大理)

 

 

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イタリア:食べ物とフィレンツェ

2008年01月14日 | 旅行記

 昨日までは、自分の勉強を兼ねたローマの遺跡などについてレポートしましたが、今日は、食事などのイタリアでの楽しみ旅紀行をお送りします。

 でも、想い出の場所がどこだったか、はっきり覚えていない事もありますので、その点は、ご容赦下さい。

 まず、食事ですが、何処も彩り豊かで美味で、ケチのつけようがありませんでした。と言いますと、これでレポートが終わってしまいますので、もう少し、詳しく覚えている範囲内で話を続けさせていただきます。

 肝心なことを忘れていました。日本人は、欧米人と言いますと、その体格から食事の量が半端ではない、と想像しますが、イタリアの旅行では日本人の体格にあった量で、誠に結構でした。

 さて、イタリアを代表する料理と言えば「パスタ」ですが、小生は、この旅ではパスタばかり食べていました。

 中でも、鮮明に覚えていますのは、イカスミのパスタとフィレンツェだったでしょうか、添乗員さんが連れていってくれたレストランの味は、忘れられません。

 それほどの「美味」だった!と言えば、「その通り」とも「イヤ、違う」とも言えるのですが・・・

 イカスミは、小生には色や匂いが気になって、そのことが食欲を妨げたのか?美味しく感じませんでした。

 人間は、場所の雰囲気や料理の見た目、匂いなどに左右される動物なんですね。

 でも、皆さんが食べながら見せた歯が「真っ黒で」お互いに大笑いになったことを鮮明に覚えております。

 添乗員さんお奨めの店でのパスタは、絶品でしたね。この添乗員さんは、何度もイタリアツアーに添乗しているとのことで、現地に詳しいのでしょうが、こういう方の添乗でもう一度行きたい店でしたね。

 ところで、ヨーロッパツアーの食事は、皆さん、あまり期待しない方がよいですね。

 例えば、ドイツは、ビールの種類が豊富で美味しいのですが、食べ物の方は、ハム、ソーセージ以外は??という感じですし、フランスは、美食の国というイメージがありますが、(世界3大料理 フランス料理、中華料理、日本料理?)ツアーで行く店ばかりではなく、背広を着用するようにいわれた店の味も正直、「ガッカリ」でした。

 さらに、セーヌ川クルーズに2度参加しましたが、そこで出された料理も期待に応えるものではありませんでしたね。

 などと、悪口ばかりいっていると、「お前は、本当に美味しい店には行っていない。本当の美味しいフランス料理を知らないのだ!」と言われそうですから、この辺でやめておきます。

 さて、イタリアで美味しかったものは、ほかにもあります。それは、朝の市場への散歩でいただいた「みかん」と酢漬けの「オリーブの実」、そして、「カプチーノ」みんな絶品でした。

 特に、オリーブとカプチーノは、思い出深いもので、「オリーブが美味い国はどこか?」という話になり、親しくなったツアーのご夫妻から「スペイン」という答が返ってきたのを忘れることができません。

 <小生の独り言・・・今度はスペインにいくぞ!!!>

 また、カプチーノは、この上なく美味しく、何度もいただきました。そのためか、日本に帰っても、喫茶店にはいると「カプチーノ」を注文することが多くなりました。

 でも、残念ながら、日本のカプチーノは、イタリアで飲んだものには遠く及ばないものばかりですね。

 さて、食べ物などのレポートは、このくらいにしまして、次は、「フィレンツェ」ですが、ここは、皆さんご承知のように、ルネサンスの発祥の地であります。

 その象徴とも言うべき建築物は、「ドゥオモ」といわれる「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」と「ウィツィ美術館」ではないでしょうか?

 そして、フィレンツェと言えば、ルネサンス時代の大富豪、メディチ家の存在ですね。

 「サンタ・マリア。デル・フィオーレ大聖堂」は、この街の代名詞みたいなものだと思いますが、ひときわ目を引くのが大円蓋といわれる聖堂の丸い屋根みたいな部分です。

 この大円蓋は、石材で造ったようで、直径が約42㍍、高さが100㍍を超える大きさと言いますから、凄いものです。

 「ドゥオモ」などというと、日本人の挨拶でよく使う便利な言葉「どうも!どうも!」が頭に浮かびますが、正直、何だと思っていました。でも、よくよく考えたら要は、「東京ドーム」のドームらしいですね。

 でも、当時の建築技術では、足場を組んで石材にモルタルを流し込むという作業ができないことから、建築不可能とされていたようでしたが、この難題を解決したフィリッポ・ブルネッレスキという舌を噛みそうな名前の新進気鋭の建築家が創意工夫のうえ、この難題を克服して、1436年に完成したそうです。

 私達がここを訪問したときは、あいにくの「雨」でゆっくり見学することができませんでした・・・

 などと言ってますが、冒頭で申し上げたとおり、このルネサンスの象徴のような建物の意義を十分、理解していなかったのです。

 もちろん、添乗員さんからは、熱心な説明があったはずで、その証拠に大聖堂の丸天井に描かれているフレスコ画の「最後の審判」や、大聖堂の前に立つ洗礼堂の「天国の門」の写真が残っていました。

 長くなりましたので、今日はこの辺で失礼します。

 

Reikou_136  

 美味しい雲南省の料理(クリックすると拡大しますよ。)

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