mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

初の沖縄旅行

2016年03月31日 | 旅行記
 明日から2泊3日の予定で沖縄に出かけてきます。
 国内旅行は、しばらく行ってませんが、円と日本語が使えるのが本当に便利だな!と思います。
 そして、沖縄は初めてですから、どんなところなのかとても楽しみです。
 沖縄のどこに行くのかですが、JTBさんの「サンキューチョイスプラン」にある「森のガラス館(名護市)」、「ナゴパイナップルパーク」、「そば街道(本部町)」、「備瀬のフクギ並木(本部町)」、「世界遺産 今帰仁城跡(今帰仁村)」、「古宇利オーシャンタワー(今帰仁村)」などです。
 この中では、沖縄の食べ物である「沖縄そば」の名店での昼食とフクギ並木の散策が楽しそうですネ。
 フクギ並木では、沖縄の原風景が残る備瀬集落をのんびり散策するそうで、途中、集落内で営むカフェや雑貨店にたちよりながら、南国ならではのゆるりとした島時間を過ごす、ことがお勧めだそうです。
 フキギという植物がどんなものなのか知りませんが、「長い年月をかけ成長したフクギが集落を覆うように天然の緑のトンネルを形成」しているといいます。
 フクギは、オドリギソウ科の常緑樹で、たかさ20mほどまでに成長し、葉は厚く楕円形なのが特徴だそうです。

 植物のことをレポートしていましたら、先ほどまで作業していたバラとイチゴの植え替えを思い出しました。
 ここのところの温かさに誘われたようにバラの芽が大きく伸びてきましたのでとても楽しみです。
 また、イチゴは、午前中に近くのホームセンターで苗を買ってきましたが、畑のイチゴの様子が芳しくないものですから、買ってきたものを何とか育てたい!という思いです。
 本当の狙い?欲張りで食いしん坊ですから、大玉のイチゴの実とランナーという苗を確保することですが、どうなりますことやら…。
 
 巻頭写真?フランス・ストラスブールを飾る黄金の秋景色!です。

般若心経の本(No.2)

2016年03月12日 | 本と雑誌
 久しぶりに天気が良いものですから、先ほど、我が家の庭を眺めていましたら、バラやブルーべりなどの芽が膨らんでいる様子が目に飛び込んできました。
 また、かみさんが育てているサクラソウなども花をつけて「こちらですよ!」と手招きしているようです。
 そこで、こういう素朴な草花の様子をカメラに収めたいとシャッターを切ってきました。

 さて、先日、お伝えした般若心経の話ですが、なぜ、小生がこの本(超訳 般若心経”すべて”の悩みが小さく見えてくる、境野 勝悟著 三笠書房)を気にいったのかといいますと、「1章の「こだわらない」-そして、自由になる」の「1 観 価値観のはかなさを注視せよ」の文章が頭に容易に入ってきたからです。
 その文章は、次のようです。

 ◎「正しいか」「正しくないか」にとらわれない 

 毎日、毎日、絶え間なく、さまざまなものを見て、きいて、学んで、頭の中の記憶の量が、いやというほど、増加する。うんざりするほど・・・・。
 大量の記憶の川に、ぐんぐん流されていくうちに、いつしか、自分本位の考え方や価値観がすっかり身について、誰もが、頑固に、それを守ろうとする。
 「オレは、これが正しいと思う。お前の考えは、絶対に間違っているぞ。」
 「冗談言わないでよ。あんたの考え方の方が、よっぽど狂っているわ」
 記憶力の強い人ほど、自分の考えを脇に押しやって、他人の意見を、受け入れることができない。よく考えると、自分の考えたことは、みな、世間や他人という外部からのなんらかの働きかけでできあがった、夢まぼろしである。単に、自分の記憶に残っているだけのもので、実体はない。みんな仮のものである。
 時に、人間が命がけで固執する考えや価値観のむなしさを注視せよ。そのはかなさを「観」破れ!たかが「正しい」「正しくない」という考え方が違っているだけで世間の悲惨な姿を、「観」破れ!

 というものですが、自分の職業人生や家庭生活を顧みながら素直に読んでみますと、「なるほどな!」とうなずけるものです。
 それだけ、人間は自分の考えや価値観にこだわらないと生きていけないのかもしれませんね。
 その代表的な例がキリスト教、イスラム教などの宗教にあるのではないか?、だから、世界各地で起こっているテロなどの紛争が収まらないではないかと思うのでが、この本の般若心経も仏教という宗教の教えでしたね。

 などと相変わらず小生は、おかしなこと言ってますが、この本は、人生の指針の一つとして読んでみても面白いものと感じました。

般若心経の本

2016年03月07日 | 本と雑誌
 我が家では毎年、近くの寺に初もうでに出かけていますが、祈願する際に般若心経をお坊さんといっしょに読み上げています。
 般若心経に何が書いてあるのか分かりませんが、お坊さんの声と太鼓の音に合わせて大きな声で般若心経の文字を読んでいますと、何だかほっとします。
 その時には「いつかは般若心経の本でも読んでみよう!」と思うのですが、しばらく時間が過ぎますとすっかり忘れてしまいます。
 ところが、先日、近所の本屋に行きましたら、般若心経のことを書いた本が目に留まったものですから、頭の片隅にあった「本を読みたい」という気持ちを思い出しました。
 その本は、「超訳 般若心経“すべて”の悩みが小さく見えてくる」というもので、三笠書房から出版されています。
 本をパラパラめくって軽く読んでみたのですが、「うん、これは分かりやすい!」と感じたのです。そして、文庫本ですから値段も571円(税別)とお安いのです。
 著者は境野勝悟(さかいの・かつのり)さんという方で、円覚寺龍隠庵会首をされているそうです。
 さて、この本の中身ですが、それは、最初のページの「はじめ」に言い表されていると感じましたので、その文章を引用します。

 たった二百六十二字に凝縮された”仏教の真髄”


 たくさんのお経を読まなくて、いい。
 般若心経が、よくわかれば、あったいう間に、仏教の真髄が、つかめる。
 幸いなことに、般若心経は、たった二百六十二文字。とても短い。
 が、ここに書かれている生きた知恵を、チョットひねり出し、うまく自分のものにすると、すごくつらい環境にありながらも、とても楽しい生き方に、ふと、目覚めることができる。


 ずーっと前から、観音さまや仏さまは、人以外の尊いお方だと、勘違いしていたが、実は、観音さまや仏さまは、人そのものであった。
 この真実を知ったとき、わたしは、胸が、ぎゅっと、ひきしまった。
 空海も白隠禅師も、「即身是仏」。
 つまり、わたしたち人間の身心の中に仏が存在している、と、般若心経は、声高らかに、ハッキリいい切っている。
 般若心経は、ごく普通の生活をしているわたしたちに、やさしく寄りそってくれる。座禅が組めなくてもいい。きびしい戒律を守れなくてもいい。あなたは、いまのあなたのままで、深く悟ることができる・・・・・と。
 まことに型破りな教えである。
 仏像に恋をする仏像ラブ。コケの庭を眺め、ひたすら打ちこむ写経。
 そんなムードから一歩踏みこんで、般若心経の意義を発見したら、まさに、鬼に金棒だ。


 というものですが、これを読んでどのように感じますか?
 般若心経の意義を発見したら、普通の生活をしている私たちにも仏が存在していることが気づく、ということでしょうか?


 そして、次のページに般若心経全文の現代語訳があり、あの呪文のような漢字の意味を解説しています。
 最初だけ、申し上げますと次のようです。


 仏説魔訶般若波羅蜜多心経


  観自在菩薩 行深般若波羅       
  蜜多時 照見五蘊皆空         
  度一切苦厄                
                         
 <現代語訳>                        
 あなたが、苦しみや悩みから解放されて、安らかで幸福な毎日を送りたいなら、般若心経にあるすごく簡単な修行をすれば、いい。だんだん修行が深まると、なぁんだ、頭の中に記憶された善と悪の考えは、もとは、一切なかったんだ、と頭の中をカッラと空っぽにすることができる。
 「五蘊は皆空」だ。頭に集まったゴチャゴチャの記憶を空にせよ・・・・・ということだ。

 となっています。
 ところで、小生がおもしろい!と感じたのは、この262文字の現代語訳の次に出てくる第1章から第6章の人生の教訓みたいな解説文です。
 例えば、第1章の「こだわらない」そして、自由になるの「1 観 価値観のはかなさを注視せよ」では、「◎「正しいか」「正しくないか」にとらわれない」という副題がついています。
 その中身は、最後に書いてある部分でしょうか?
 「時に、人間が命がけで固執する考えや価値観のむなしさを注視せよ。そのはかなさを「観」破れ!たかが「正しい」「正しくない」という考えが違っているだけで起こる世間の悲惨な姿を「観」破れ!
 小生なども自分の価値観に固執する方でしたから、「なるほどな!」と感心したものです。

 このように、この本は、小生にとっては、まことに面白い本だと思いました。

 今日の巻頭写真は、オランダのキューケンホフ公園です。


夏のコーカサス三国をゆく旅

2016年03月05日 | 旅行記
 先日、今年の海外旅行の行先について申し上げました。
 そして、中央アジアについては、どこに魅力があるのか簡単にレポートしましたが、コーカサスについては、今後、記事にすると申し上げました。
 なぜ、コーカサスなのかについては、去年の英国大周遊の旅でクラブツーリズムの添乗員さんから勧められたからですが、コーカサスというところがどんなところなのか聞いたこともありませんでした。

 そこで、近くの本屋さんに行って「地球の歩き方」などに情報がないのか探したのですが、コーカサスに関する本が全く見当たらないのです。
 こうした参考書がないのは、たぶん、皆さんの関心があまり高くないからでは?思ったのですが、それだけ知られざる国々なのではないか!とも感じました。
 情報源としては、ほかにインターネットがありますが、トルコ旅行記などに時間を費やしていて先送りにしていました。
 そうしているうちに、コーカサスの申し込みをしたワールド航空サービス社のWORLDという冊子の3月号が届き、そこに大きく扱われていました。

 それには、小生が申し込んだツアーは「中央アジアからキリスト教世界へ 夏のコーカサス3国をゆく旅」と大きな見出しが躍っていました。
 そして、次の段落に「カスピ海の北側からアゼルバイジャンに入りコーカサス山脈の麓のジョージア(旧グルジア)、アルメニアへのルートは、昔のシルクロードで、ヨーロッパとアジアを分かつ地でもありました。これら伝統を守り続けてきた三国を、山々やカスピ海がいっそう輝く夏の季節にじっくり訪ねます。」と説明しています。
 しかし、これでは「なんだかよく分からない?」というのが実感です。
 そもそも、三国といってますが、どこなのでしょうか?そして、場所はどのあたりなのでしょうか?という疑問が湧いてきますし、また、最も大きな見どころはどこなのでしょうか?

 まず、三国とは?ですが、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアのことだそうです。また、場所はカスピ海と黒海に挟まれたところで、北はロシア、南はトルコに接しているようです。
 いい方に自信がなさそうだ?これから勉強しますが、ソビエト連邦があった時代にはその一員だったのではないでしょうか?

 さて、肝心なツアーのハイライトですが、世界遺産に登録されているメスティアというところだそうです。
 「この町は、ジョージア北西部、コーカサス山脈の山麓にあるスヴァネティ地方の中心で、ジョージアでは三番目に高いシュハラ山(5201m)を望む」といいます。
 また、「この地では、少数民族スヴァン人が昔と変わらぬ生活をしており、近年道路も舗装されて訪れやすくなった。」そして、「このメスティアを独特のものとしているのが山麓にいくつもの「搭状の家」が並ぶ、世界でも類を見ない景観」だそうで、これを宿泊するホテルから一望できると説明しています。

 このジョージアばかりではなく、世界最古のキリスト教国アルメニアとジョージアでは、ビザンチン帝国時代のキリスト教の姿が今なお息づいていて、西ヨーロッパでは見ることができないキリスト教文化がある、というのですから本当に楽しみです。

 などと長々と申し上げてきましたが、実際にはどんな旅が待っているのでしょうか?
 本日の巻頭写真は、この国に近いトルコのカッパドキアにしました。