mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

世界無形文化遺産メキシコ料理

2013年07月16日 | インポート

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 真夏のような暑い日が続いていますが、皆さん!お元気ですか?

 小生は、3月にポルトガルへ行く前から腰痛があり、この痛みを何とか克服して旅行に行ってきましたが、帰国してからは今度は「胸焼け」が続いて「胃が悪いのかな?」と思っていました。

 しかし、健康に関するの本の読み過ぎで医者のへの不信感が芽生えたわけではありませんが、「そのうち治るだろう!」と考えて医者には行きませんでした。

 小生は、医者というよりも薬に対する不信感があり、特に西洋医学に基づく薬は極力飲みたくないと日頃、考えています。そのため、この時も市販の漢方胃腸薬を飲んで誤魔化していたのです。

 症状の改善はあまりなかったのですが、症状としては「軽い」ものでしたからこれで良かったのではないでしょうか。

 現在ではお陰様で,症状が改善して殆ど胸焼けがなくなってきました。なぜ治ったのかは分かりませんが、もしかしたらスポーツジムに置いてあった雑誌に出ていた「養命酒」の効能なのかも知れません。

 その後、つい最近まで風邪を引いてしまい、やっと治りました。

 今年の冬は風邪を引かずに過ごせた!と喜んでいたのですが、その分が6月に来るとは思いもしませんでした。

 この時も、医者にかからずに治るのではないかと思ったのですが、微熱があり、また、その前に風邪を引いていたかみさんの症状が大変そうだったものですから、それを恐れて医者に行ってしまいました。

 でも、この先生は、微熱があるのに抗生物質を出さず、鼻水や、だるさに効くという漢方薬を出してくれただけでした。

 そして、診察中に「mugifumiさん、7度1分の微熱を下げるために市販の薬を飲まないように!」と強く注意されました。

 要は、この程度の風邪は寝ていれば治る!と言いたかったのかも知れませんね。

 などと小生の体調に話になってしまいましたが、医者やスポーツジムにある本などを読みますと、健康の基は「食」だと痛感しています。

 でも、健康のことを考えて「食」を決めているのか?といえば、その答えはNOですね。

 現に、旅行の楽しみは「食」にあり!と思っていますので、小生の旅行記では出来るだけ写真付きで「美味いのか不味いのか?」を説明していますが、健康に良いから、あるいは悪いからという視点で記事を書いたことはありません。。

 そういう小生の気持ちが通じたのかユーラシア旅行社の情報誌EURASIA8月では「思い出の味」を特集していました。

 どこの国の料理なのかといいますと、イタリア(パスタ)、フランス(セップ茸)、グルジア(ヨーグルトとワイン)、メキシコ(メキシコ料理)、ウズベキスタン(伝統料理)となっています。

 このうち、小生はイタリアとフランスは訪問したことがありますが、他の国は行ったことがありません。

 どの記事も面白そうで、是非、食べてみたいものだと思うのですが、今日は「意外や、意外!」と思ったメキシコについてお話ししたいと思います。

 小生の駄文より記事を読んで頂いた方が分かりやすいと思いますので、「」書きで引用します。

 「私の脳裏に焼き付き、病みつきとなった味、それはメキシコ料理だ。」

 いかがですかこの文章は?「病みつきになった味!」だというのですから刺激的ですよね!

 「代表的なメキシコ料理としては、タコスやアボガドディップ、サルサソースなどが挙げられるだろう。」

 小生などは、アボガドという言葉は聞いたことがありますが、いずれの料理も見たことも聞いたこともありません。その後にどんな言葉が続くのか楽しみですよね。

 「味は割と濃厚であるものの、バラエティに富んだソースが様々な料理に変化をもたらし、単調にならずに飽きがこない。」

 ソースが決め手らしいことは分かるが、どんなに料理が美味しいのかが伝わってこない?そうですね?続けて次の文章を読んで頂いて、味わって頂くしかないようです。

 「甘味、辛味、酸味、苦味、塩味等の色々な味が同時に楽しめる。そして、味に奥深さを与えているのが多くの種類の唐辛子だ。世界無形文化遺産の伝統音楽「マリアッチ」を聴きながら、テキーラに酔いしれ、メキシコ伝統料理を堪能する。人間の欲求が満たされる至福の時間だろう。メキシコ料理がクセになるのはこういう事なのかもしれない。」

 この文章でもメキシコ料理の良さが理解できない?酒と音楽に酔いしれて様々な味の唐辛子で麻痺したら、本当に美味いのか分からなくなるかも知れませんね。人間は雰囲気に弱い動物ですからメキシコ料理でなくとも美味しい!と感じてしまうかもしれません。

 それででも、2000年に及ぶ古いメキシコの伝統料理は、2010年11月に世界無形文化遺産に登録されたそうですから、味も一級品なのでしょうね。

 このような文章を読みますとメキシコに行きたくなりますが、料理以外にも、メキシコには2千年も前から独自の文明を発達させてきたマヤの人々が築き上げた壮大な遺跡があるそうです。

 でも、日本から遠いのが難点ですね。

 では、また!


ポルトガル旅行の準備とルーマニア・ブルガリア大周遊の旅行記

2013年02月20日 | インポート

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 昨日の巻頭写真は、クロアチアのドブロヴニクです。城壁から赤い屋根が連なる光景も美しいのですが、小さな船が出入りする港も美しいものです。

 さて、ポルトガルへの出発までに15日間ぐらいとなって、その準備を考えなければいけない時期になりました。

 かみさんは、服装のことが気になるようですが、小生は、日程表を見て訪問先の勉強を兼ねた旅行メモを用意したいと考えています。

 昨年の10月に訪問したルーマニア・ブルガリアの旅は、日数が17日間と長期だったものですから、メモが32ページになってしまいました。

 ポルトガルは、12日間ですから、これより5日間短いのですが、日程表をちょっと覗いた感じでは聞いたことがないような地名ばかりで「一から勉強でこれは大変だな!」と思いました。

 ユーラシア旅行社のツアー名は、「連泊で巡るポルトガルの美しい町や村」ですが、昨日の記事のようにその気になる言葉をあげれば「アーモンドに誘われ、ポルトガルの原風景を行く」という文字です。

 そして、具体的にはツアー名にある「美しい町や村を訪ねる旅」になるようです。

 でも、リスボンはともかく、モンサラージュ、エボラ、アライオロス、マルヴァオン、ポルト、ファティマ、バターリャなどという地名は、「聞いたことも見たこともない!」ものです。

 もっとも、エボラは、もしかしら「出血熱」で有名な言葉と同じでしょうか?また、ポルトは、ポルトガルの国名になっているようですし、地名の響きが何となく親しみやすいと感じるのですが・・・

 3月5日に日本を発って、同日にリスボンに宿泊して翌日にはスペイン寄り(東)のモンサラージュを訪ねることになっています。

 そして、エボラ市内観光と続くのですが、この日程表に沿って毎日の旅行メモをこれから作りたいと考えています。

 パソコンの作業として、現在、ルーマニア・ブルガリア大周遊の旅行記を作成しており、やっとブルガリアの部分が終わるかな?という段階です。

 具体的には、旅行7日目でヴェルコ・タルノボからアルバナシ村を訪問するところを記述しているのですが、アルバナシ村の教会で見たイコン画の素晴らしさと修道士さん達の歌声が心に響いて、そのことを何と表現したら良いのか困っていて、筆が前に進まない状態です。

 さらに、かみさんのカメラと小生のカメラで撮影したアルバナシ村の光景が、具体的にどこなのかわからず、撮影時刻を見ながら推測作業を進めていることも遅れている原因になっています。

 それにしても、この歌声を聞いた皆さんが「涙が出るほどの感動を覚えた!」と異口同音に話していたことを思い出します。

 そういえば、かみさんがCDを買ってきたはずですから、じっくりと聞いてみましょう。

 巻頭写真は、そのブルガリアのアルバナシ村です。

 


旅のデザインルーム社の「フランスの旅」

2012年06月19日 | インポート

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 昨日の写真の場所は、どこだと思いますか?オランダのアムステルダム郊外のノールドワイクからハーレムまでの間にパレードが開かれる春の風物詩です。

 色とりどりの鳥の写真を見て頂いたのですが、生け花で飾られた写真のようないろんな形の山車が次々と出てきて、行進していきます。その間には、マーチンバンドなども演奏されて本当に「これぞ、花パレード」といった感じでした。

 沿道には、このパレードを見ようと大勢の人々が溢れていましたが、あのような田舎町にこれだけの人がいることに驚いてしまいます。

 でも、朝早くホテルを出発した私たちは「凄い人の数だな!」ということを会場近くの道路で思い知らされます。

 よくも、これだけのバスがあったものだと感嘆するくらいバスの行列が続いているからです。

 したがって、会場近くの駐車場に着くまでどのくらい待ったでしょうか!待つことに業を煮やした人々は、雨が降っているのにもかかわらず歩く始めています。私たちも、途中で歩く始めましたが、小川とみどりがマッチした静かなたたずまいの農家住宅が並ぶ村には、バス行列は似合わないと感じました。

 でも、このパレードを見ますと毎年、実施して欲しいものだと思いました。また、地元の方々も楽しみにしているように感じられました。

 このように4月に訪問したベルギー、オランダ、ルクセンブルクは、どこも素晴らしい歴史と文化があり、本当に充実した旅ができたな!旅行記を早めに編集したいな!と思ったものです。

 そういう気持ちが影響したのでしょうか?昨日、レポートしたフランスのパンフレットを見ていましたら、「フランスというコースでも、ベルギーやルクセンブルクを訪問するものがあるのか!」と思ったツアーがありました。

 旅のデザインルーム社のツアーで「北フランス、南ベルギーからルクセンブルク、そしてモーゼル渓谷へ 13日間」というものです。

 まず、成田からパリに向かい、パリから北東のピカルディ地方、コンビエーヌに宿泊して、その後、南ベルギー方向に向かいフランスのアミアン、ビエルフォン、ラン、フランスの最も美しい村の一つバルフォンドゥヴァルなどを見学します。

 そして、そこから国境を越えてベルギー、ルクセンブルク、ドイツを巡るツアーなのですが、ベルギーとルクセンブルクの訪問地の中に4月に旅した(ユーラシア旅行社、花のベネルクス物語)地名がいくつかあったのです。

 皆さんから「なんだ!」とブーイングをもらいそうですが、本当に懐かしくて楽しい旅を思い出してしまったのです。

 その地名とは、ベルギーの「オルヴァル」「ヴェーヴ城」「ディナン」、ルクセンブルクの「ヴィアンデン」ですが、どこも美しい景色や歴史的な建築物などあり、忘れられない地名となりました。

 ルクセンブルクは、見学の地名が一つですが、ルクセンブルク(首都の名前もルクセンブルク)は世界遺産の街で、ここに2泊することになっていますので、当然、見学すると思います。

 そして、このツアーでは私たちが訪問しなかったベルギーの「ブイヨン」や「ワロンの最も美しい村」の一つ「トルニー」、ルクセンブルクの「エッシュ・シュル・シュール」モーゼル河畔で最も美しい町といわれる「レーミッヒ」などを見学することになっています。

 こういう言葉を見つけますと、また行きたくなってしまいます。そうです。ただいま申し上げた「トルニー」などには行っていないからです。

 そして、ドイツにもこのようなところがあるようで、このツアーの宣伝文句「4カ国が隣接する地域に点在する、中世が残る美しい小村を極める旅」の素晴らしさが目に見えるようです。

 巻頭写真の場所は?

追伸 

  旅のデザインルーム社のツアー「北フランス、南ベルギーからルクセンブルク、そしてモーゼル渓谷へ 13日間」を記事にしましたが、このツアーは2011年度にはありましたが、2012年度は実施されていないようです。 

 確認しないで記事にしてしまい、誠に失礼しました。


トルコ旅行で知った偉大な政治家

2011年06月05日 | インポート

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 去年の10月にトルコ旅行に行ってきましたが、最近の日本の政治の動きを見ていてトルコの偉大なる政治家を思いだしました。

 その名は「アタチュルク」すなわち、トルコ共和国の父といわれるムスタファ・ケマル将軍です。

 彼の名前を耳にしたのは、旅行2日目のアンカラでした。アンカラでは、「アナトリア考古学博物館」と「アタチュルク廟」を見学することになっていました。

 このうち、考古学博物館は、トルコの古い文化財を展示している施設で「考古学に興味がある人にはたまらない魅力的なところなんだろうな!」と思いました。

 ところが、「アタチュルク廟とは何だろう?」と思っていたのです。行ってみてビックリしました。その形がまるでベトナム・ハノイのホーチミン廟のようだったからです。

 そして、おまけが付いていました。私たちが見学していた時にドイツの首相メルケル?さんがこの廟を視察されていたのです。ドイツとトルコは仲がよいのだそうですね。もちろん、日本とも負けず劣らず仲がよいのですが・・・<何だか、世界大戦で敗れた国同士が中がよいようで・・・>

 そもそもこの「アタチュルク廟」に祀られているアタチュルクとはどんな人物なのかな?と思ったのですが、現地添乗員のフセインさん(早口の日本語と「ねえ!皆さん!」という言葉をひっきりなしに使う親しみの持てる面白い男性)が、いかにトルコ人が彼を尊敬しているかを説明していました。

 このアタチュルクという言葉は、議会から「トルコの父」という称号を贈られた、という意味らしいのですが・・・

 彼は、第1次世界大戦の敗北のときに、北部方面総司令官としてギリシャ軍に反撃するなど、その後のトルコ共和国の成立に尽力して、1923年に初代大統領に選ばれています。

 そして、イスラム教を国教ではなくする政教分離や、一夫多妻制の廃止、男女ともの教育の義務化、女性参政権のの実現、イスラム暦から太陽暦への変更、メートル法導入、アラビア文字にかわるローマ文字の採用、男性のフェス(トルコ帽)、女性のペチャ(顔をおおうヴェール)の使用禁止などの近代化を一挙の推し進めたそうです。

 イスラム勢力の反発は大変のものがあったと思うのですが、この困難な改革を断行した彼がいたからこそ今のトルコがあるのだというトルコの人々の思いが伝わってきました。

 日本はどのような方向に進んで行くべきか、難しい時代になっていますが、それだけに日本にもアタチュルクのような偉大な政治家が出現してほしいものです。

 巻頭写真は、トルコのアタチュルク廟です。


豚バラ肉と大根の煮付け

2010年12月15日 | インポート

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 先ほどまでNHKの有働アナとイノッチ(V6の井ノ原)が、出演してゲストを呼び、また、時の話題などを提供する「あさイチ」という番組を見ていました。

 今日のメインテーマは、専門の医師が解説したり、助言したりしたインフルエンザ対策でした。     

 特に、実際にインフルエンザにかかった家族の対応と問題点を解説したところは「なるほど!」と感じたものです。この家族は、「ためしてガッテン」でゆで卵の作り方に出演していた女の子2人がいる家族でしたので、驚いてしまいました。ワクチン接種のほか、徹底した手洗いとうがいなどで防御していたのですが、長女の方がインフルエンザにかかってしまったのです。そして、次女や母親もかかってしまいます。さあー、防御とかかってしまった後の対応のどこに問題があったのでしょうか?

 その答は、インフルエンザウイルスの家からの排除方法にあったようなのです。わが家でも冬の乾燥を防ぐために加湿器(ウイルスは湿気に弱い?)を使っていますが、この家族は加湿器を使っていなかったことが原因?そうではありません。

 小生の記憶に間違いがなければ、インフルエンザにかかった方がいたら、なんと、窓を1時間に5~6回(5分程度)開放して空気の入れ換えをしなさい!といっているのです。台所の換気扇では、役にたたないともいってました。

 わが家では、インフルエンザに関係なく、かみさんが窓を開けて空気を入れ換えるのが大好きで「何のために部屋を暖めているのか?」と小生といつも口論になりますが、かみさんに軍配が上がる!のでしょうか。

 などという話をしていましたら、本日のメインテーマである「豚バラ肉と大根の煮付け」が何処かにいってしまいました。

 料理とインフルエンザがどう関係するのか、と思われますが、この番組では毎回、メインの番組の後に料理番組を放映していまして、今日はこの「豚バラ肉と大根の煮付け」と「大根の皮の醤油漬け」が登場したのです。

 簡単で美味そう!菜ものですから、思わずメモを取ってしまいまいした。

 しかも、幸いなことにわが家の畑には食べきれないほどの大根が育っています。今年は蕪や大根の出来がたいへん良いのですが、気候が温暖なためでしょうか?

 その簡単レシピを紹介します。

1 材料(2人前)

 ・大根 400グラム 大根の葉 20グラム(5センチくらいに切る)

 ・豚バラ肉(コマギレでも可) 150グラム

 ・ネギ 半分(輪切り) ショウガひとかけら(親指大のものをスライス)

 ・調味料 砂糖 大さじ1 酒、醤油 各大さじ2

2 レシピ

 ① 大根は皮を剥いて0.5センチくらいの銀杏切り(4つ切り)?(メモ用紙を用意するため解説を聞いていなかったが、画面を見た感じです。)

 ② ①を耐熱ガラスに入れて600ワットで1分間、レンジで「チン」。

 ③ 鍋(フライペンではありません)に油を入れて、その中に豚バラ肉を入れて、色が変わるくらいに炒める。

 ④ ③にショウガとネギを加え、軽く炒める。

 ⑤ ④に大根を加えて、油が馴染むように炒める。

 ⑥ ⑤にお湯(水)2分の1カップを加える(ひたひた、という感じ)。

 ⑦ ⑥に先ず、砂糖を加え、その後、酒、醤油を加える。

 ⑧ 沸騰したら灰汁を取り、弱火で10分煮る。その後、大根葉を加え、5分間煮てできあがり。

 お前も調理したのか?病院の帰りに畑によって大根を抜いて、豚肉を買って、夕食に食べたいと思います。

 巻頭写真は、トルコのアンカラにある「アタテュルク廟」です。