東日本大震災からこのブログを休止していました。
最初は原発が恐くて心が落ちつきませんでした。
そして、その後の余震でもっと心が乱れてしまいました。
我ながら本当に情けない話です。
被災された方々や福島の方々のことを考えると、自分の不甲斐なさに呆れるばかりです。
自分に何ができるのか?NHKのあさいちの情報による寄付(3.000円の野菜)と日本赤十字社への寄付、そして中国旅行で知り合いになった石巻のTさんへの生活用品支援ぐらいしかできない自分に歯がゆさを感じています。
こういう時に人は何を考えて生きていくのでしょうか?というより人生そのもの?そうではなく、何かに頼りたい!という気持がわき起こってくるのです。いい年をして情けない話なのですが、人としての生き様の指針になるようなものを求めてしまうのです。
そこで今日は「<超訳>心から安らぐ仏教の言葉(中公新書 本郷陽二編著)」からブッダの「人身受け難し」の超訳「人と生まれたことに感謝を」を紹介します。
『世に存在するものは、すべて因縁による。花はこの世に現れる因縁により花として咲き匂っている。鳥は鳥として生まれる因縁によって、いま、空でさえずっている。
そんなさまざまな因縁の中でも、人間に生まれるのは、まれにみる幸運に恵まれたからであり、このうえなくありがたい。
人は両親から生まれてくる。その両親にも両親があり、そのまた両親にも両親がある。そうして何代何十台と遡ってみると、一人の人間は驚くほどの人の命があって、ようやく誕生するのである。
そのおかげで生まれてきたことに、心から感謝して生きていこう。
そのうえで、誰に遠慮することもなく、自分らしい人生を切り開いていけばいい。それこそ、生まれてきたことへの感謝を表す生き方なのである。』
と超訳していますが、この大震災で亡くなられた方々のことを考えますと、言葉もありません。もっともっと長生きして生まれてきたことに感謝しながらを生きたかったのではないでしょうか。