旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

恐怖

2011年02月12日 20時33分53秒 | Weblog
「今日は抜かれますね?」と囁かれるやいなや手鏡を渡されて、「よーく見てください。ここの歯との境界を切断してから「親知らず」を切除・抜歯しますね。」と涼しい顔で伝えられた。これから私の身体から切り離される「親知らず」を憐れむ余裕なんてない。目を固く閉じて歯を食いしばるばかりだ。

「はーい、口を大きく開けてえ。」が合図だ。いきなりチクリときたかと思うと、繰り返し「親知らず」の周りがチクリチクリと急襲される。そしていつしか痛みは遠のき、顎の右下方は石を突っ込まれたような違和感に占拠されてしまう。キーンという機械音が隣の歯と「親知らず」を切り離したようだ。

占拠された違和感のあたりがガリゴリと歯肉ごと削られたり、抉られたりしているようだ。もちろん私は眉間に皺を寄せるばかりで固く目を閉じている。先生が何かを強く挟んで思いっきり引っ張ったようだ。傍らの助手に「吸引!」と声をかけた。口の中が血だらけになったのが解る。

「うがいをしてください。」という声にわれに返った。「やれやれ、これで手術は終わった。」と胸をなでおろした。ようやく目を開ける勇気を持つことができた。予想通り口をすすいでも、すすいでも血がとまらない。若干不安になって「このまま血が止まらなかったどうなるのでしょう。」と先生に問うてみた。「はやとさんは血圧が高めだから、ま、そんなもんでしょ。」というつれない返事が返ってきた。

再び治療に戻った。軽く消毒でもするのだろうと考えた私が愚かだった。まだ麻酔がきれない「親知らず」の抜歯あとのくぼみを何か金属状のへらのようなものでこさげているのがわかった。こさげているのは明らかに顎の骨のあたりだ。身ぶるいしてきたのでさらに固く目を閉じた。5から6波の波状攻撃だ。痛みを感じないだけになお不気味だ。歯茎から顎の骨にかけて激しく攻撃されている。

何度も何度も、のどの奥あたりに流れ込んでくる血液を飲み込まざるを得なかった。自分の血なのだからどーってことはない。既に手術の恐怖から何かが麻痺し始めている。顎の骨にこびりりついた何かを落とす作業も終わったらしい。再び口をすすぐように指示が出た。

ああこれでようやく終わった、と言いようのない解放感に浸っていると、再び治療椅子が倒された。「はい、大きく口を開けて。」が合図だ。こうなったらまな板の上の鯉、煮るなり焼くなり勝手にしてくださいと先生に伝えようとしたが、患部の出血をとめるためにガーゼを噛まされていて思うに任せられない。「ウー」とうめいて私の抵抗は終わった。

大きく開けた口のなかで先生が裁縫をしているらしい。麻酔の効きが悪いところにいきなり針が突き刺さるような感触に慄いた・・・続く。

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