もう5月も中旬だから湿原も大分様変わりしただろうと、今年初めて湿原道路に出掛けた。
この湿原道路とは、私が便宜上そのように呼んでいるだけのものです。
もともとが自転車道路の一部で、市街地と釧路湿原の境界線の、それもほんの入り口部分に過ぎません。
ある程度期待して来てみたのですが、新緑に色付いているのは、道路沿いの小さな雑草ばかりで、その中で時おり目立つのが、中ほどに成長したコバイケイソウが点在するのみです。後は、立ち枯れた葦原が広がるばかりの、晩秋の湿原とはあまり変わらない光景でした。
歩き始めてから約5百メートルのところは、これまでにもいつも一休みしていた鶴野休憩場なのですが、そこで突然眼にしたのは、下の写真の立て看板です。昨年の秋には見なかったのですから、おそらく今年建てられたものなのでしょう。
それにしてもこの立て看板一つだけで、何の見栄えしなかったこの辺りががらりと変わって、急に湿原の雰囲気が溢れるのを感じてしまいました。これも「湿原の夢ロード」の名前のせいなのでしょうか。
なおこのあたりは、元の三菱系雄別炭砿鉄道の鶴野駅の駅舎があったところです。ですからこの少し先には、昔の駅ホーム跡の一部に気付く筈です。
昔のことを色々と考えているうちに、昔の職場の女子職員がこの鉄道便で炭砿に嫁入りしたことなども、懐かしく想い出しておりました。
目当ての草花などはまだまだ先のようでしたが、小鳥の種類はけっこう多いようでした。その鳴き声からして、オオヨシキリは直ぐに判ったのですが、木から木へと眼を掠めるように飛び交う他の小鳥たちの正体ははっきりせず、ただ羽の色具合からシジュウガラだけが、どうにか判別できた次第です。
雰囲気を一変させた立て看板
一際目立つほどに成長していたコバイケイソウ
この湿原道路とは、私が便宜上そのように呼んでいるだけのものです。
もともとが自転車道路の一部で、市街地と釧路湿原の境界線の、それもほんの入り口部分に過ぎません。
ある程度期待して来てみたのですが、新緑に色付いているのは、道路沿いの小さな雑草ばかりで、その中で時おり目立つのが、中ほどに成長したコバイケイソウが点在するのみです。後は、立ち枯れた葦原が広がるばかりの、晩秋の湿原とはあまり変わらない光景でした。
歩き始めてから約5百メートルのところは、これまでにもいつも一休みしていた鶴野休憩場なのですが、そこで突然眼にしたのは、下の写真の立て看板です。昨年の秋には見なかったのですから、おそらく今年建てられたものなのでしょう。
それにしてもこの立て看板一つだけで、何の見栄えしなかったこの辺りががらりと変わって、急に湿原の雰囲気が溢れるのを感じてしまいました。これも「湿原の夢ロード」の名前のせいなのでしょうか。
なおこのあたりは、元の三菱系雄別炭砿鉄道の鶴野駅の駅舎があったところです。ですからこの少し先には、昔の駅ホーム跡の一部に気付く筈です。
昔のことを色々と考えているうちに、昔の職場の女子職員がこの鉄道便で炭砿に嫁入りしたことなども、懐かしく想い出しておりました。
目当ての草花などはまだまだ先のようでしたが、小鳥の種類はけっこう多いようでした。その鳴き声からして、オオヨシキリは直ぐに判ったのですが、木から木へと眼を掠めるように飛び交う他の小鳥たちの正体ははっきりせず、ただ羽の色具合からシジュウガラだけが、どうにか判別できた次第です。
雰囲気を一変させた立て看板
一際目立つほどに成長していたコバイケイソウ