木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

続・桜が咲いた (No 1743)

2018-03-31 08:00:00 | 庭園公園

 桜の急な前倒し開花と体調不良で、遠出が出来ず、近場での、またしても「サクラのオンパレード」とのご批判もあろうかと思うが、私には最も好きな花のひとつであるから、お許しを戴きたく願いつつ再度載せさせて戴く。

 今日は、病院への通院日であるが、その間隙を狙って四日市市の北西部、三滝川辺りの、桜をポケットにこっそり忍ばせたコンデジにて密かに撮ってみた。 

 

 「三滝川 尾平町周辺」

 

「尾平町 大溜池」

 生憎と清掃のためか、水は完全に抜かれていた。

 

 ここにもちょっとした歴史があった。 

 

 

 「鹿化川(かばけがわ)の堤防」   川島町別山周辺

 

 黄色い花は「レンギョウ」

 白い花は「ユキヤナギ」

 

「菰野自動車学校」

  高齢者向け、運転免許更新用、認知機能検査を受けるために、自動車学校にやってきた。 丁度、桜の時期だったので、周りを撮ってみた。 (2018.03.29 撮影)

 

 免許証の更新のためには、このコースを車で走らねばならないが、それはまだ先のことだ。

 

  ”桜好き”のサクラのオンパレードはまだまだ終わらない、これからが本番かも知れない(?)。

 

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咲いた、桜が咲いた (No 1742)

2018-03-28 08:00:00 | 庭園公園

 異常気象のせいなのか、今年は桜の開花日が一週間以上も早くなり、各地でさくら祭りなどの準備を慌ただしく行っているようであるが、今日、通りがかりに見た桜が満開に近い状態であったので、友との”お茶会”のついでに撮影し、俄造りの「さくら便り」とすべく、紹介する。

 このために、今日のお茶会の予定場所を桜の見られる所に急遽変更し、ついでの道すがら、撮ったのであった。今日は生憎の曇天であり、折角の桜が映えないが、贅沢は言って居れない。 それでは先ず、我が家の近辺から・・・。

 

 町役場の東側を走る国道沿い

 菰野町役場の近くを走る、国道306号の一部が桜並木となっており、今が見ごろと感じたので、撮ってみた。 2017.03.27(木)撮影(以下同)

ここは、ほぼ満開とみた。

 

 我が団地の中央公園

 ここも満開に近いが、蕾がちらほら見られるし、全体の花の状態から、満開の一歩前と感じた。

 

 「伊坂ダム(伊坂貯水池)」

 前にも紹介したが「ダムの喫茶店」である。 本日、今回もここで”お茶会”を行った。

 今日は曇天と思って居たが、北の空の一部は青かった。

 

 「山村ダム(山村貯水池)」

 東名阪道の四日市ジャンクションを中心にして東にこの山村ダム、西に伊坂ダムが、ぴったり、対角の位置にあることを、初めて知った。 ここは、桜の種類が異なり、開花はまだ先のようだ。

 

 毎年、奈良の大安寺に”ガン封じと無病息災”を祈る、ご祈祷をしてもらっており、このついでに奈良の桜を見ることにしている(あくまでも桜はついでである、念のため)今年も、4/1以降を予定していたが、この調子では桜には間に合いそうもない。 ならば、訪ね先を変えねばならいが・・・・・!。

 やっぱり、桜はいいもんだ!。

 

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腰痛が突然治った! (No 1741)

2018-03-26 08:00:00 | その他

 新聞記事を見て、ほんのちょっと体を反らすだけで、劇的に腰痛が治ったので、腰痛で悩んでる人もいるであろうから、参考になるかも知れないし、何よりも、私自身が忘れてしまわないように、書き残すものである。

 

 数日前に、中日新聞に掲載された、極めて簡単に体を反らすだけで、痛かった腰がすっきりし、寝る前のシップ薬さえもいらなくなったので、驚くほど簡単に治った事から、何が何でも書き残さねばと思ったのであった。

 ・・・で、その方法であるが・・・・・ 

 

 本当に、たったこれだけの事なのである。 腰痛にもいろいろあるであろうから、どんな腰痛にも効くとは思わないが、私には極めて効果的であり、毎日やっている。 最近は朝から晩までパソコン前に坐る事は多いが、休息にもなり、効果が絶大なのである。

 なお、この体操は、私の経験では、対症療法のようであり、根本的に直す(治療する)ものではないので、例えば長く不自然な体勢で居たりすれば、再び腰痛になるので、体の休息を兼ねて、一日に何度もやる事が必要であると考えている。

 

 私の腰痛の原因と考えているもの。

① 長距離歩いたりするなど、足腰の疲労によるもの。
② 高級車のバケット型シートに長く坐り続けた場合。
③ 背筋を伸ばさないで、長時間パソコンをし続けた時。
④ 入院など長時間同じ体勢で寝続けた場合。

・・などと、原因は殆ど分かっている積もりであるが、いつの間にか、この悪い体勢になってしまうので、事前に気が付くことも重要かも知れない。

                           以上

 

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庭に春が来た! (No 1740 庭3004)

2018-03-24 08:00:00 | 我が庭の花

 漸く我が家の庭にも、春がやってきた。まだまだ始まったばかりではあるが、今日は暖かく、日差しがことさら有り難く感じる今日この頃である。 本格的な春がすぐそこに来ているようで、庭に出て久々に花を撮る。 (庭の花 3004)

 それでは、我が家の庭の花を紹介しよう。

 

 「バイモユリ」またの名を「アミガサユリ」

 我が家の庭に植えて、少なくとも数年は経つが、これだけ元気よく花を付けたのは初めての事。 この花は雑草の中でも春になれば芽を出し花が咲くので、相当に生命力はあるはず。我が家で咲かないのは、肥沃な土を好まないのかも知れない。

 

「ツバキ」

 昨年秋に、お隣さんに鋏を入れて戴き、大幅に空かした(空間を大きく取った)ので、周りの日当たりは大きく改善したが、その反面、花の数は劇的に少なくなったが、今年は我慢し、来年に期待しなければならない。

 

「ユキワリイチゲ」

 

「スイセン」

 今年の開花一番乗りはこの花であった。

 

「ボケ」

 庭で一番元気よく咲いてる花だ!。

 

「ニリンソウ」

 この花も今年の一番花。 「イチリンソウ」のように見えるが、間もなく”つれあい”が蕾を付ける。

 

 「ノースポール」

 我が庭では「クリスマスローズ」に次いで庭を広く占領して咲く花になってきた。

 

「クリスマスローズ」 

 

 つい先日、緊急入院し続けて二回の手術をして3日目、早々と病院から追い出されてきた。まだ痛みが厳しく鎮痛剤は欠かせないが、今日は久々に気分がよく、暖かいこともあり、庭にカメラを持って出たのであった。

 花達が早く来いと、私を呼んでいるが、まだ暫くは我慢しなければならない。 こんな時に限って(?)桜の開花が例年より早いなど意地悪をする。 痛みさえなくなれば、出掛けることもあり得るが・・・・・・・。

 

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石山観音公園 (No 1737)

2018-03-19 08:00:00 | 庭園公園

 元は友の新聞記事からの情報であったが、ひょんなことから、津市まで行き、赤塚植物園の温室に初めて入り、珍しい植物に出会い、内9種類が、私の「花写真鑑」のまだない”新種”であった。

 その後、「レッドウッドヒーサーの森」に入ろうとしたが、強風のためとして閉鎖されていたので、赤塚植物園関連はこれで修了とし、友の発案で近くの石山観音公園にやってきた。  

                                                                       撮影 2018.03.01(木)

 

 石山観音公園

    津市芸濃町楠原字石山

 ここは標高160mの山全体が、ひとつの石からなっており、そのところどころに40体余りの石仏が彫られている。 その多くが観音像であるので、石山観音と呼ぶ。

 しかし、これら観音像よりも、「阿弥陀如来立像」や、「地蔵菩薩立像」の方が古く大きい。「聖観音立像」を含めて三体が県文化財に指定されている。

 岩山の切り立った面に刻まれた「磨崖仏」は、県下では例のない磨崖石仏郡をなしている。 その沿革は不明であるが、鎌倉時代の終わりころ(14世紀)から彫られたと思われる。 (公園の標識より、一部編集)

 

 「地蔵菩薩立像」  (県文化財)

 像高3.2m、石山三郷の雨乞いの本尊であったとか。

  

 聖観音立像   (県文化財)

 像高 2.5m。石山の石仏の全ての造立年時が不明のなか、唯一経緯が知られるもの。最も新しく、1848年に彫られたもの。

 

  下の写真の如く、この山を登ってゆけば、多くの仏様に出合うが、如何せん足腰が言うことを聞いてくれない。

 私よりも更に足に問題を抱える友を待たせていることもあり、一回りして頂上からの景色を見たいが、それは諦めるしかなかった。

 

 山を一周しての帰り道であるが、写真で回ってきたことにした(?)。

 

 かくして、ひょうたんから齣の形で、赤塚植物園と石山観音を見ることが出来、合計4編のブログを書くことができた。 

 これは、S君が情報をくれたことに端を発し、I君が気持ちよく、ガソリン代、高速代持ちで車を運転してくれたお陰で出来たことであり、感謝すれども、感謝しきれない気持ちである。

 今日も一日、楽しくて誠に有意義で過ごせたことを、大変有り難く思った。

 

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植物園は”新種”の山 (No 1736)

2018-03-17 08:00:00 | 植物園の花

 津市にある赤塚植物園に来て、私としては初めて大きな温室に入り、珍しい花に出合い、私の「花写真鑑」にまだ無い”新種”を次々と見付けている。ここはその第二部を書いている。  

                   記

  ここに来て、前回5種類の”新種”を紹介したが、名前が判明し、登録が済んだものを中心に、今回はその残り半分を書こうと思う。 

 なお、温室には間違いないが、多くは作業場(農場)が併設され、展示品はこれから先、店頭に並ぶものらしく、まだ名前も何もついてない花(苗)もあり、名前を調査中なるも、園芸品種らしく、名前がなかなか見つからず、記載が間に合わないものも1~2種あった。

 

「ビヨウタコノキ(美葉蛸の木)」   ”新種”登録 第1615号

  url    http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/biyoutakonoki.html

  木の根元の「気根」を蛸の足に見立てたようだ。 「美葉」は「美容」とも書くようであるが、葉や姿が美しいので付いた名前のようである。

 立派な実が成るが、食用にはしないそうである。

 

「タビビトノキ(旅人の木)」  ”新種”登録 第1616号

  url       http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/tabibitonoki.html

  何となく夢がもてるような名前が付いている。 それは高木であり、葉が東西に広がり、扇状になることから、旅人のコンパスになると見立てたらしい。

 その形の不思議さ、ユニークな木であったから、相当前に写真か何かで見た記憶が明確に蘇った。 そして今こんな話を聞くと、道に迷った旅人がこの木を見て安堵する姿が、目に浮かぶ・・・・のは私だけかも知れない。

 

 これは花がらであるが・・・

 内部は、このような思いも寄らない色になっているそうだ。

 

 

「サンゴアブラギリ(珊瑚油桐)」  ”新種”登録 第1617号

url     http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/sangoaburagiri.html

 見るからに「サンゴ」であるが、「桐」は葉の形が似ていることから来たようだ。

 木には、鋭いとげが多数ついている。

  

「プリムラ・ウインティー」  ”新種”登録 第1618号 

 url  

 大変に清楚な花であり、私が最も好む花である、園芸品種でなければ・・・!。

 

「バ ナ ナ」

url       http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/banana.html

 いつ見ても、誠に不思議な花である!。

 「 バナナ」実の先端についていたと思われる、花ガラが多数落ちていた。

 

 以上であるが、今まで当植物園を見たのは、主に「レッドヒーサーの森」であり、ここは実験農場の性格もあってか、園芸品種が圧倒的に多かったので、今日もそれを覚悟していたが、それが極めて少なかったのは、大変に以外であり見直した。そのために、この温室郡を詳細に見るために四季に来る目標が出来た。

 さて、今日は当植物園の温室と販売店頭を見た後、今度は近くにある「レッドヒルヒーサーの森」と呼ぶ広い庭園に向かった。 ここは、多くの花が植えられていて、前回も二時間ほど居て実に20種前後の”新種”を見付けている。

 ここは入場料が¥1000と高いし、農場の経営であるから、試験的に植えることもあろうから、当然のことながら、園芸品種のオンパレードであるが、”新種”が欲しいばかりに、今日も入ろうとやってきた。

 しかし、残念ながら、今日は「強風と整備のため」と称して、休園であった。今の時期は花が少なく、ペイするだけの人を呼ぶ魅力を造り出せ無いのだろうと納得。  よって、赤塚植物園はこれにて修了とし、友の案で観音様を見に行くこととした。

 

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植物園で"新種"漁り (No 1735)

2018-03-15 08:00:00 | 植物園の花

 珍しい花が咲いたとの友の情報により、急遽、津市の”植物園”に来て、私の「花写真鑑」にまだ無い花”新種”を中心に花を見たところ、この時期にしては、珍しく多くの 収穫があったので、その第一部をここに紹介する。

                 記

 訪問先 : 赤塚植物園  (津市高野尾町)

 この植物園の概要を書いたものをネット上で捜したが、適当なものがみつからないので、私の印象で書くと、ここは花の研究所であり、農場であり、販売店である。そしてその育成実践と宣伝のために、温室や広い庭に花を咲かせ、観覧させている所と思って居る。(間違いあればお許しを!)

 ここに来た経緯は前に書いたので、細かくは書かないが、珍しい「オオベニゴウカン」(下の写真)や「ベトナムツバキ」(更に下)が見ごろとの新聞記事の切り抜きを友が私に送ってくれた事に話は始まる。(詳細は前回と前々回の当ブログを参照されたし)

「オオベニゴウカン(大紅合歓)」

 

 赤塚植物園に来て、「FFCパビリオン」と書いた建物に入り、「新聞に掲載された花を見たい」と受付で申し入れしたら、専務と紹介を受けた人に案内され、いくつもの温室を通り抜け、一番奥で、一段と屋根の高い八(?)角形の温室に案内された。

 そこで、ここの担当(年配)の方に引き継がれ、咲いてる花や、珍しい花や木をひとつずつ、説明をしてくれたり、奥に入っての撮影を許されたりと、破格(?)の待遇で見学させて貰った。ヒーサーの森は入場料¥1000なるも、ここは無料とか。 

 かなり恐縮しつつも、こちらの身分を明らかにし、趣味で来ていることを告げたが、それで対応が変わる事も無く、最後まで気持ちよく見させて戴いた。大きなカメラ持ってるから、記者などと勘違いされている訳でもなくてほっとした。

 それでは、”新種”への登録が終わったので、二回に分けて内容を紹介する。

 

「カンガルーポー」or「キャッツポー」 ”新種”登録 第1610号

 カンガルーや猫の足に似ているという、オーストラリア原産の珍しい花である。

 

「サクラベゴニア」  新種”登録 第1611号

 これは沢山ある「ベゴニア」のひとつであり、何故これだけが”新種”に昇格(?)するのか?。依怙贔屓も甚だしいと言われそう!。

 

「コルムネア・ヒルタ」  新種”登録 第1612号

 

「ベトナムツバキ」  新種”登録 第1613号

 これが新聞で紹介された花であるが、ちょっと来るのが遅かった。花は既に終わっており、咲くか否か疑問がある蕾が一つだけあったが、私を待っていてくれたようで、幸運中の幸運(?)であった。

 

「サイハイディゴ」  新種”登録 第1614号

 

「ミヤマシキミ」or「スキミア」

 「ミヤマシキミ」とあるから、「シキミ」の仲間と、ここの店頭にも書かれていたが、よく調べると、「シキミ」とは、全く別のものであるらしい。 心しておこう!。

 

「マレーシアシャクナゲ」

 

  ここまでに、約半分を記載したので、もう一遍載せさせて戴きたし。

 

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お茶会転じて”新種”漁り (No 1734)

2018-03-13 08:00:00 | 飲食店

 いつもの友とお茶していたら、急に予定が変わって、急遽、私が望む津市の植物園へ行く事になり、そこで”新種” 捜しとなった、その一部始終を書き残すことにした。

                  記    

 2018.03.01(木)、朝9時前に、何時もの友から、昼飯は約束があるので、それまでの間になるが、「お茶しよか?」 とのSMSが入った。
 暇を持て余している私が、それを断る理由はなく、直ちに行動開始。 10時に車で10分位のところの喫茶店に集合とした。

「珈琲屋 真戸運永(マドンナ)」

    三重県菰野町神森 (湯の山街道沿い)

 この店は、以前はガソリンスタンドの敷地内にあり、給油の度にコーヒーを飲んでおり、結構古くから知る店である。 ここは娘から、チーズケーキが美味しいと聞いていたが、何度来ても、チャンスがなく食べないで居る。

 

この写真なら、肖像権などと、苦情はあるまい!。

 

 ここで、当ブログ前回(2018.03.11公開)にて書いた「「オオベニゴウカン」が見ごろだよ」から始まる、一連の話をしたのであった。「オオベニゴウカン」は私の「花写真鑑」に別名で登録してあり、それを分割したことで済んだ。


 下の写真がその「オオベニゴウカン」(撮影2018.03.01赤塚植物園)

 しかし、友の情報(新聞記事のコピー)によると、もうひとつ、珍しい「ベトナムツバキ」が見ごろであり、これはその友が私の「花写真鑑」を見て”新種”であるとまで、調べてくれたと話をした。

下がその「ベトナムツバキ」 (撮影2018.03.01赤塚植物園)の花がらと蕾
  本花の”新種”登録については、再度別途記載する。

 

  そこまで話したところ、彼に電話が入り、当日は春一番が吹いており、強風で昼食会は中止とのことであった。 そして、開口一番、今から行こうと言う。

 風が強いと屋外での撮影は困難であるが、お目当ての花は温室であり、風の影響はないとの判断もあった。この植物園にはレッドウッドの森など、見るものが多く、花も多いから、強風でも何かは撮れると踏んだのであった。

 勿論、こんな嬉しいことは他に無く、お茶会も即時中止、チーズケーキどころか、コーヒーもそこそこに、東名阪、伊勢道を走り、芸濃インターで降りたのであった。

 この後の顛末は稿を改めたいと思う。

 

 

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庭にも春の香り (No 1739 庭3003)

2018-03-12 08:00:00 | 我が庭の花

 我が家の庭にも、漸く春の兆しがしてきたので、その証を庭の花で示したいと思う。間もなく三月も中旬というのに、まだ暖かい春は来ないが、庭にはいくつかの香りがしてきた。 例年になく開花が遅くなったが、三月に入って「クリスマスローズ」が勢揃いした。(2018.03.10(土)撮影)

                   庭の花 3003 

「クリスマスローズ」

 

「ボケ」

今が一番可愛いとき。

 

「ユキワリイチゲ」

 正眼寺(しょうげんじ)さんから戴いた花であるが、三年目にして、最大の花の数を付け、色合いも少し濃くなったような気がする。

 

「オキザリス」

放置しているが、庭の隅で結構元気よく咲き始めた。

 

「ノースポール」

まだ、一株に一つの花であるが、暖かくなれば、花でびっしり埋められる。

 

「フクジュソウ」

葉が随分と育ってきた。肥料過多かも?。

 

                         以上

 

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オオベニゴウカンとベニゴウカン (No 1732)

2018-03-11 08:00:00 | 花一般

 公開中の「花写真鑑」で「カリアンドラ」としているものは「オオベニゴウカン」と「ベニゴウカン」に分けられることが偶然判明したので、分割したが、その経緯をまとめたもの。 

                  記 

 2018.02.26(月)、友から ”津市の植物園(園芸品の販売、試験農場)で、「オオベニゴウカン」が見頃だよ” とのメールが入った。私には初めて聞く名前であったが、送ってくれた新聞記事の写真を見ると、私の「花写真鑑」にある、「オジギソウ」とか「カリアンドラ」によく似ている。 

写真は「オジギソウ」

 そこで、調べて見ると、「オジギソウ」は別のものであるが、私が「カリアンドラ」としているものは、よく見ると葉の異なるものがあることが判明した。 その中に「オオベニゴウカン」なるものが、あるように思えてきたので、再調査し、その顛末を書き留めたいと思う。

 ただ、調べていると、世間(?)では、カリアンドラ(属名)には、多数の名前があり、一部には混同もみられて、私にはどの意見が正しいのか判別がつかないので、ここは、多くの意見に私なりの判断を加えて、現状は一種としているのを、二つに分類を試みた。

 

 「ベニゴウカン(紅合歓)」とするもの。

 花の詳細は不明であるし、各種資料でも違いがはっきりしないので、ここでは、極めて単純であるが、明らかに異なる「葉の状態」で分けることにした。 

 つまり、、「ベニゴウカン」は葉が細かくわかれているらしいのである。

 別名としては、「ヒゴウカン」、「ヒネム」がある。

 

 

 「オオベニゴウカン」とするもの。

小葉が上の写真に比べて広いことから、分類した。

別名は「レッドパウダーパフ」、「アカバナブラシマメ」、「カリアンドラ・ハエマトケファラ」などがあるようだ。

 

上と同様ながら、「紅」ではないが、この世界(?)ではよくあることなので、取り敢えずは上記と同じとしておく。

 

「カリアンドラ」はそれぞれの花の名前として使われたり、総称として使われており、間違いではないが、あくまでも属名であり、紛らわしいので、私の「花写真鑑」では使わない事にする。 

 「花写真鑑」については、No366のカリアンドラを削除し、「ベニゴウカン」に変える。「オオベニゴウカン」については、写真が古いので、絶好の欠番補充になる所であるが、生憎と欠番がないので、新規登録とする。依って、総登録数は1609種となった。

・・・と言う訳で、友のご期待に背くし、もうひとつ”新種”があるが、花の命は短いので、これで津市に行く大義は無くなった。 当地から車で小一時間はかかるので、他に多くの花が期待出来ない今は、行くのは効果的ではないのである。 

 この園は園芸品種がかなり多いが、私の「花写真鑑」にまだ無い花”新種”を発見する確率は極めて高いので、暖かくなれば、是が非でも行く事になるという反面もあるからなのである。

                            以上

 

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羽津小学校 S28卒同年会  (No 1730)

2018-03-09 08:00:00 | 飲食店

 富州原の トミスミート 、 デニーズ にて、食事会、おしゃべり会を開催したので、そのあらましを書き残す。 (丑寅食事会 2)

 

 羽津小学校を昭和28年3月に卒業したもので作る、丑寅会が解散して、丑寅食事会(仮称)として、再開されて二回目の食事会を、2018.02.19(月)羽津から遠くない富州原(現在の正式名称ではないが慣れていないため、あえて旧称使用)で開催したのでである。

 今回は、四日市市川越町豊田の「トミスミート」である。 ここは焼肉の店と、洋食の店が対面してあり、幹事は洋食のランチを予約申し込みしていたが、店側の手違いで、焼肉の方になっていた。 変更は満員で不可という。 何とも愛想のない店ではある。 

 今回参加者も、女子が8名、男子4名と女子が圧倒するが、男子が草食化したためか、女子が幹事で女子が中心の本会が、肉食となるのは、極自然の成り行き(?)かも知れない。何はともあれ、ひとときを楽しくすごせれば、それでよしと参加したのであった。  

  他の店に移ろうとの意見もあったが、焼肉店なら座れるとあって、入ることになったが、当然料理は変更しなければならず、めいめいが好きなものを頼むことになったが、男子が多い私たち数名は、牛を止めトンカツランチとしたのであった。  

 

カツはやわらかく、結構美味しかったが、これだけは食べられず、私は食べ残しが出てしまった。 昔なら確実に食べられたものが、相当胃袋が小さくなったようである。 

 

女子は大きなステーキ風の牛をバリバリ食べていた。やっぱり強いな---!。

 

  ここはレストラン、長くは居れないので、一時間余りで、一人ずつ並んでお勘定をして、おしゃべりのために近くにある、ファミレスに向かった。

 前回も、二次会として、ここでコーヒーなどを戴いたが、ここは、コーヒー一杯で長く居ても”煙たがられない”店として知られているようであった。

 女性はポテトチップなどを食べていたが、私はカロリーオーバアーとしてコーヒーのみであったが、三杯お代わりをしたが、追加料金はなかった。 

 

 何時もの事ながら、話題は健康については、誰もが共通の悩みや経験を持っており、話題は尽きないが、ファミレスに2時間ほどいて、15時すぎにお開きとなり、帰途についた。

                           以上 

 

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散歩道には春の兆しが (No 1738)

2018-03-08 08:00:00 | 花一般

 まだかまだかと春を求めて、今日(2018.03.06)も散歩に出たら、梅などがが咲いて春が近いと教えてくれた。

                   記

 3月2日、原因不明であるが、突然腰が痛み出し、歩いたり、重い物を持ったりすると、痛みが激しくなった。 痛む場所はいつもと同じのため、シップ薬張って、安静にしていれば治るであろうと思っている。

 四日経って、幾分楽になった今日は、天気も申し分ないので、道端の花達が私を呼んでいるような気がしたので、そろそろよかろうと腰をかばいながら、春を捜しに出掛けたのであった。

 

  先ず、「ウメ」・・・咲き始めていた。

 

この「ウメ」は満開状態であった!。

 こちらは、5分咲きほどか?。

 

普通の「サクラ」はまだ蕾固しの状態であるが、これは仲間と思うが、このひと枝にのみ、開花がみられた。 「カワズザクラ」であるなら、かなり遅いが・・・・???。

 

 「フユザキロニセラ」

 難航したが、漸く名前が判明した。 私が名前を調べる方法はまず最初に、持てる数冊の図鑑を1頁づつめくってゆくのであるが、その動作を何百回も繰り返すと、私の持つ図鑑に記載があるか無いかが、高い確率で解るようになって来てしまった。 

 この花の場合も、無いと言う自信があったので、最初からその方法は諦め、ネット上の名前を教えてくれるサイトに投稿して回答が来るのを待ったのであるが、これは2点問い合わせた結果返答があったものであり、もう一点は未だ返事がない。

 最近、私が名前を調べるのは、在り来たりの花ではなくなってきたこともあり、専門家が応えるコーナーでも、返事が来ない場合があり、だんだん難しくなってきた。

 

「ユキワリキイチゲ」 

  これは我が家の庭で、先日から咲いている。

 

  いつもの散歩の半分も歩かない内に、腰の痛みがひどくなり、無理は禁物として、引き返したが、何とも弱い体になったものだ。お陰で花の数が極めて少ないがご容赦戴きたい。

 

 

 

 

 

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大垣城 (No 1728)

2018-03-07 08:00:00 | 名所旧跡

 大垣市にある 大垣城 を天守閣まで昇ってみた。(西美濃で食事会 シリーズ14-8)

 2018.02.18(日)、高校時代からの仲良し三人が、今日は早朝に四日市を出発、食事会と称して岐阜県の西部、谷汲み辺りから始まり、祭りの屋台もどきでの、お稲荷さんと芋汁にコーヒーという絶妙(?)な栄養バランス(?)と、絢爛豪華(?)な食事の後 、大垣市にやってきた。 

 「大 垣 城」

    大垣市郭町2-52

 

 

 「西門」より入る。  入場料 ¥100

  ウイキペディアによると・・・

宮川氏築城当時は、牛屋川を外堀の代わりに利用し本丸と二ノ丸のみであったという。氏家氏、伊藤氏によって改築が加えられたとされ、1613年(慶長18年)には石川忠親によって総堀が加えられ、松平忠良天守を改修した。その後1649年(慶安2年)に 戸田氏鉄によって明治に至る姿とされた。

 展示品の数々。

 

 天守閣

 

 窓外の風景

 

 木曽川はじめ大きな川が近いので、洪水との戦いは数知れず、中でも明治29年の大洪水は史上最大であり、このにその印が残る。(後方の石垣の横線)

 ここは平地よりも2~3m高いから、平地では屋根よりも上にまで到達するという、巨大な洪水であったと思われる。

 

 以上をもって、「西美濃での食事会」の顛末記は終了とする。

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奥の細道 むすびの地 (No 1727 )

2018-03-05 08:00:00 | 名所旧跡

 松尾芭蕉の奥の細道を締める最後の訪問地、大垣市での足跡と「奥の細道むすびの記念館」を見るために、2018.02.18(日)大垣市の中心街付近に、高校時代からの仲良し三人がやってきた。(西美濃で食事会 シリーズ14-7)

 芭蕉は1689年に江戸を発ち、古歌や故事の名所・旧跡の地を訪ね、東北、北陸をこの間約2400Kmを150日かけて旅をし、大垣で結んだ。
 この記録をまとめたものが「奥の細道」であり、現代まで読み継がれている。
 この旅で美しい自然を体感し、古人と心を重ね合わせ、土地の人々と出会った芭蕉は、「不易流行(ふえきりゅうこう)」の考えを持つことになった。(パンフレットより抜粋=一部編集)

不易流行とは・・・・(Goo辞書より抜粋)
 いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。蕉風俳諧(しょうふうはいかい)の理念の一つ。解釈には諸説ある。「不易」はいつまでも変わらないこと。「流行」は時代々々に応じて変化すること。

 

「大垣船町川湊」

名勝 おくのほそ道の風景地。

 

「はまぐりの ふたみにわかれ ゆくあきぞ」 松尾芭蕉

 

下の写真左端は、「住吉燈台」 
  1840年に建てられた。(県指定史跡)

 橋は住吉橋

 

 「奥の細道ふすびの地・記念館」

    大垣市船街 2-26   入館料 ¥300

  記念館の中には、そのメインとなる、「芭蕉館」「先賢館」は写真撮影禁止のために、写真はなし。

芭蕉館には・・・
 奥の細道を旅路毎に区切り、関連する資料を展示。

先賢館には・・・
 大垣藩主の文教政策や、江戸時代後期から幕末にかけ活躍の5人を紹介。

AVシアターでは・・・
 奥の細道への、覚悟の旅立ちからむすびの大垣までを4ブロックに分け、合計約60分間、3D映像を美俳人の解説で紹介する。 

 

「無何有荘大醒榭(むかゆうそうたいせいしゃ)」

大垣藩藩老の別荘を移築(市文化財)

市のホームページによると・・・

 「無何有」の名前は、鉄心の師である鴻(おおとり)雪爪(せっそう)によるもので、荘子(そうし)の言葉「無にして何ぞ有らん」(無為・無作為で超然とした自然である境地)を意味しています。

 「大醒榭」は、和風に中国風意匠を取り入れた設計で茶室・湯殿・水屋・厠の4室で構成されており、茶室の天井は葦の網代天井、屋根は茅葺き、外側は紅殻塗装になっています。

 

  この後、ご一行様方は、大垣城へと向かわれた。 その記録は別途紹介する。

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中山道 赤坂宿 (No 1726)

2018-03-03 08:00:00 | 名所旧跡

 大垣市の西部を通る 中山道 、この辺りは 赤坂宿 と言われ繁栄した地域であるが、今回その旧跡をたどって見た。 (西美濃で食事会 シリーズ14-6)

 2018.02.18(日)、高校時代からの仲良し三人は、食事会と称して、岐阜県西部にきている。 すでに幾つか見てきたが、今回紹介するのは、大垣市の中心部(市役所やJR大垣駅等)より北西部を通る「中山道」(今の表示では県道216号線)の「赤坂宿」についてである。 

赤坂宿についての記述をさがすと・・・

 赤坂宿は杭瀬川の舟待ち宿として存在していた杭瀬宿が発展したもので、
江戸時代に川港(赤坂港)が整備されると物資の集散地として一層の賑わいとなった。
 この賑わいは明治に入っても続き、往時は三百隻もの舟がもやっていたとも言われている。

 赤坂宿は江戸から数えて56番目の宿場。 

  下は現在の赤坂宿の本陣前周辺であり、東(江戸方向)方である。 

  同上、西方(京方向)

 

 赤坂本陣跡

 

「赤坂港跡」・・・杭瀬川の川湊

川湊の概要。右奥が川の上流方向。
杭瀬川は揖斐川の支流であるが、現在の杭瀬川本体は別の所(東方)を流れているが、江戸時代はここを流れており、周辺で産出される、石灰や大理石の積み出し港として賑わったようだ。

 

川の下流方向、木製の珍しい「火の見櫓」。

 灯台(石灯籠)と湊跡。

 洋館は「赤坂港会館」(左)と呼ぶ資料館で、赤坂町の中心地にあたる中山道と谷汲街道の分岐点に、明治8年(1875)に建てられた警察屯所を復元したもの。

 

  当地出身の「所郁太郎像」であるが、高杉晋作や桂小五郎などと共に、明治維新に活躍し、28才の若さでこの世を去った医者であったと記されている。 

 

  この後は、松尾芭蕉、奥の細道むすびの地について、書こうと思っている。

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