木燃人の波止場

花やお寺や観光地の写真を紹介しつつ、皆さんとの交流を計りたく思ってます、気軽に見て戴き、コメントを戴ければ嬉しいです。

もう勘弁して・・・ (No 1794)

2018-06-06 08:00:00 | 寺社一般

  この世に生を受けながら、育てられなかった我が子に対する、供養のために、墓を建て、その支払いも何年か掛けたが、既に終了し、毎年手を合わせに来る事もなくなったが、それでも、たまに、思い出すとやってくるのであった。

  2018.06.04(月)梅雨入り前ながら、快晴であり、蒸し暑くもない、それに体調も問題なし、以前私が津市の「レッドヒーサーの森」に行きたいと言ったことを急に思い出し、今日行こうと言う。 今日は足腰も文句はなく、行くことになった。

 

 大仏山 幸福寺
      三重県度会郡玉城町            

 

 

 我が墓は、上部やや左であったが、いつもの通り、赤い前掛けと小さなお供えをした。

 

 

 昔から置かれた、多肉植物であるが、最近は余り手入れが行われて居らず、このままでは早晩消え去るかも知れない気がした。

 

  ここまで、来たのだから、伊勢神宮も行きたかったが、津市の植物園に行くためには、足に余裕を持たせなければならないので、歩きの少ない所を撰んだが、その記録は別途とする。

 

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三井寺の桜・湖南の桜に酔う (No 1749)

2018-04-09 08:00:00 | 寺社一般

 2018.03.31(土)好天の大津にきて、桜に酔いしれている。 車を提供し、運転を一手に引き受けてくれる友を車に残し、もう一人の友と、悠々(?)三井寺に入った。ここには以前来ているので、桜を中心に掲載する。

 

 「三井寺(園城寺)」   天台寺門宗
     大津市園城寺町  

 

 「仁王門」

 

「釈迦堂」

 

「金堂」

 

「三重塔」

 

 まだ、三ヶ所を訪ねただけであるが、もう既に足腰は疲労の限界、誠に勿体なく、残念であるが、これより先に進むことは困難である。 大津の桜に感謝しつつ、帰途についたのであった。

                        << 完 >> 

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石山寺は奥にもあった・湖南で桜に酔う (No 1747)

2018-04-06 08:00:00 | 寺社一般

 車を運転する友は、自身が長距離歩くことが難しいこともあって、自分はいいから、二人で寺を見てこいと言ってくれた。 寺に入る手前の渋滞に捕まった時点で私たちは車を降りて、寺の見学をしている。 誠に申し訳無いと思いつつも、美しい桜に酔いしれているのである。

 石山寺に東大問から入り、本堂まで来たところで、全編を閉じたので、今回はその続きで、本堂の裏側にある、諸施設を紹介していこうと思う。

「多宝塔」 

 

 

「月見亭」

 下は「瀬田川」。

 

  この上方にもいろいろあるようだが、早くも私の足が、だだをこね始めたので、これ以上上に行くことは止めにした。

 

 「鐘楼」

 寺の名前「石山」の由来となった、奇岩。

 

「大黒堂」

 

「東大門」

 

 この後は、「琵琶湖疎水」を見るが、それは後日としたい。 

                            << つづく >>

 

編集後記
 石山寺は過去に二度訪れているが、ブログが無いために、記録上は今回が初めてとなるので、少し細かく写真を撮り、二部編成としたのはそのためでもあった。

 

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石山寺の桜・湖南で桜に酔う (No 1746)

2018-04-05 08:00:00 | 寺社一般

 ここ「石山寺」には過去少なくとも3回は来ているが、一回目は誰と来たのか、それは何時であったか、全く記憶がないが、来ていることは確かであるが、もしかするとそれは、中学生以下だったような気がしている。

 二回目は 2004年11月17日に湖東三山などの紅葉を見て回った時に、最後に訪ねたが、この時は全体に少し早すぎて濃い紅葉は見られなかった。 これより既に13年余りを経過しているが、断片的ながら思い出し懐かしく感じながらの散策であった。   (2018.03.31(土)撮影)

「石山寺」  真言宗 大本山
       大津市石山寺1-1-1

 「東大門」

石山寺は、琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。本堂は国の天然記念物珪灰石という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっている。

後を振り返り、東大門を見る。

 「御影堂」

 

「毘沙門堂」

 

「石山」の名前の由来の石で、硅灰石からなり、国の天然記念物に指定されているとか。

 

「本堂」

 

  この日は霞がかかる空ながら、日差しが大変にきつく、コントラストが強くて、フィルターを持ってこなかったために、誠に下手な写真と相成ったしだい!。

 この後は、本堂の裏手を見て回るが、その内容は後述する。

                       << つづく >>

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湖南で桜に酔う・石山寺門前 (No 1745)

2018-04-03 08:00:00 | 寺社一般

 桜見物に好適な所はないかと、友に聞いたところ、私のホームページの「ブログ索引」や「花の名所」などを調べた結果、サクラの美しい「石山寺」 にはまだ行ってないからどうかと、ピックアップしてくれた。

 私自身は、秋ではあったが、行った記憶は鮮明にあるので、さては、「ブログ索引」への書き忘れかと思ったので、よくよく調べたら、訪ねたのはブログを開始する、4年前、2004年の事であり、私の記録上は未訪問先であることが判明した。

 それに、この周辺には、私が未訪問の場所がまだ他にもあるし、訪ねたことがあっても、花(季節)が変われば訪ねる価値は充分あるので、琵琶湖南部でサクラのシーズンならば、第一志望のサクラ見計画とし、事前にもう一人の友とも、摺り合わせを済ませていた。

 「湖南のサクラに酔う」シリーズの第一編にも書いたように、20018.03.31(土)サクラシーズン真っ盛りに、土曜日の大混雑を覚悟して出掛けたのであった。 

 ここは琵琶湖から溢れた水が大阪湾へと流れる、瀬田川の出発点の近くにある、「石山寺」の門前にやってきた。(下の写真左奥が琵琶湖) 

 

 流石はサクラの土曜日、駐車場の空きを待っての渋滞が、2Kmをど手前から始まり、駐車場に入れるのはかなり時間がかかりそう。 そこで、車の運転をしてくれている友が、寺にはいらずに駐車場に居るから、ここから歩いて寺に入れという。

 友のそのあたたかい言葉に甘えて、もう一人の友と二人で、寺に入ることにし、歩いたのであった。

 

 サクラはどこも満開、最高の日に訪れたと、喜んだのであった。 

 

 ここは、友が車を止めて待っていてくれた場所であり、私たちが寺を見た後の写真であるが、整理の都合上先に掲載するもの。

 

 この後、「石山寺」の詳細を載せたいと思う。

                         << つづく >> 

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金生山 明星輪寺 (No 1725 )

2018-03-01 08:00:00 | 寺社一般

 大垣市赤坂(市北部)にある立派なお寺 明星輪寺 にやってきた。 

 高校時代からの仲良し3人は、西美濃に食事会と称しながらも、食事は屋台の芋煮とお稲荷さんで辛うじて飢えずに済む程度に食べて、今度は大垣市の北部、金生山の頂上付近、やや東の端にあるお寺にやって来た。(西美濃で食事会 シリーズ14-5)

 

「明星輪寺(みょうしょうりんじ)」    

    宗派  真言宗
    山号  金生山
    通称  赤坂虚空蔵 虚空蔵さん 
    所在地 大垣市赤坂 4610 

  寺伝によれば、686年の開山であり、その2年後に建立したという。一時期廃れるが、平安時代の801年空海が再興し、真言宗に改宗したという。

 虚空蔵さんのお話(ウイキペディアによる)

ある日、虚空蔵さんが草むらで立小便をしていると、そこに眠っていた大蛇にかかってしまう。この大蛇は、伊勢国で虚空蔵さんに恋焦がれた女性が、虚空蔵さんに会いたい一心で大蛇に変化したものであった。怒った大蛇は虚空蔵さんを追いかけ始めた。驚いた虚空蔵さんは被っていた笠を脱ぎ捨てて走って逃げ出した。喉が渇き、近くの農民に水を求めたが断られ、止むを得なく近くの自噴井戸の水を飲み、さらに逃げた。しかし大蛇は追いかけていった。やがて虚空蔵さんは、金生山の岩屋の中に逃げ込んだ。大蛇は岩屋ごと締め付け始める。岩屋が崩れかけたとき、虚空蔵さんは、「そなたを私より高い位置にお祀りする。だから助けてくれ」と叫んだ。すると大蛇は締め付けを止め、何処へと消えていったという。大蛇は蛇王権現として、明星輪寺の鎮守として祀られている。

虚空蔵さんが笠を脱ぎ捨てた土地が、笠縫(安八郡笠縫村、現 大垣市)、自噴井戸の水を飲んだ土地が、河間(安八郡河間村、現 大垣市)であるとされている。

 立ち小便はいかんと言うのは、ここからきているんだ!。 やめとこう、ご同輩!。

  この屈強な仁王様が守ってるから、ここは絶対大丈夫だ!。

 

 この本堂でまずお祈りをしてから、写真を撮りなさいと書いてあったから、これ以前の写真は後から撮ったものですよ、仏様!。どこかのおっちゃん達も今日は神妙にお祈りをなさったようだ。

 

  本堂の中の仏様を探すも見当たらない・・・・?、奥には岩が・・・?。

 中に入って見ると、巨大な岩石が・・・・!。
 どうも、この岩の奥に鎮座なさるのがご本尊の虚空蔵菩薩ようだ!。

 

 梵鐘

 

 下の写真は「岩巣公園」の入り口と書いてあるので、記述をさがすと・・・・。

 大垣市の西北端にある金生山(標高217m)は東西1km、南北2kmの丘陵で、石灰層の山になっています。
 内陸の大垣が太古は海底にあったことを示す貴重な隆起石灰層です。金生山一帯は約2億5千万年~3億5千万年前の海底古生物の推積が地殻変動によって隆起し日本屈指の陸貝の生息地としても知られています。
 この公園は、金生山の山頂の明星輪寺境内の上方にあり、大自然の巧みな造形によるカルスト台地の縮小版として、無数の奇石・怪石が群立した石灰岩質のカルスト地形を形成しています。
 また、岩の間に点在自生するヒトリシズカなどの植物や、この地方にしか生息しないクロダマツクチムシオイ、オルサトギセルなど40種類の陸貝を見ることができる自然岩公園です。また、これら貴重な陸貝だけでなく、ヒメボタルの生息地となっています                                   
(大垣市のホームページより)

 

 石灰岩に彫り込んだものらしい。

この他にウシの彫り物なども見られた。

 

 

 「ロウバイ」がひっそりと咲いていた。

 

 この後は、中山道あたりを見て歩くが、それは整理の都合上別途掲載とさせていただく。

                         << つづく >>

 

 

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1703  初  詣

2018-01-05 08:00:00 | 寺社一般

 毎年、初詣は元日と決めていたが、今年は孫達が元日に来たのでその準備があり、体力的な問題から、先延ばしをし、天候と体力の回復を待っていたのであった。 正月も4日となり、暖かく体調もよしとして、遅まきの参拝とした。

 久々に、伊勢神宮も考慮していたが、明けてみるとそれどころか、近くの神社への、ほんの義務的参拝も、寒くて仕方なく、早々と帰ってきたのであった。 

  4日ともなれば、参拝者は少なく、ひっそりとしたもの。

 賽銭は少ないが、お願いはいっぱいの、例年通りのお参りであった。

 

 御在所岳をはじめとする、鈴鹿の山並みは、美しくお化粧をしていた。(神社の参道より)

 

 

                           以上

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1686 龍潭寺(食事会12-4)

2017-11-24 08:00:00 | 寺社一般

  2017.11.07(火)、高校時代の仲良し四人が食事会と称しているにも関わらず、昼飯も忘れてフルーツパーク、方広寺を見て、次の訪問地に来たが、時計は2時を回っており、流石に腹が減ったが、食べるより見る方が大事と、レストランにも入らないで、コンビニ弁当を買い込んで、寺の駐車場でやっと空腹を満たしたのであった。

 

「龍潭寺(りょうたんじ)」
   山号:万松山  臨済宗妙心寺派
      浜松市北区引佐町伊井谷1989 

 

  

上は、旧梵鐘(最も古い建物1631年)、下は今の梵鐘

  

本堂

 
 

次郎法師(柴咲コウ)や南渓和尚(小林薫)も参拝したのだろう事をおもうと・・・。

 

 

 
 

庭園(南側)

 

 龍潭寺庭園 

中央に守護石、左右に仁王石、手前正面に礼拝石が配され、さらに池の形が心字池となっていて典型的な寺院庭園として貴重なものとされている。
 書院からの眺めは、井伊家のお殿様が御霊屋のご先祖様に対してご挨拶をされた「遥拝(ようはい)のお庭」である。・・・とのこと

 

 

下の写真、中央奥の建物が、井伊家40代の御霊屋(位牌を祀る)

 
 

本堂修復記念瓦


 

井伊谷三人衆の墓 

 
 

この後、ご一行は「大河ドラマ館」に向かった。

 

                                    << つづく (中村梅雀の声で) >>

 

 おしらせ

第12会食事会の詳細写真(フルサイズ6000×4000px,13.5MB)を、アップしました。 ご覧になるには「ここをクリック」すると、ブログ索引が出ますので、下にスクロールして戴くと、「6.5 高校時代の友と」があり、現時点では、その最上段にありますので、「詳細写真」をクリックしてください。 ブログは公開日にならないと表示されませんが、「詳細写真」は、いつでも見る事ができます。パスワードは不要です、またコピーも出来ます。

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1685 方広寺(食事会12-3)

2017-11-20 08:00:00 | 寺社一般

  2017.11.07(火)晴れ時々薄曇り、暑し。 

 食事会と称し浜松に来て、フルーツパークを見た後は、大河ドラマ・女城主井伊直虎にちなんだ所を見て回ろうと、最初に訪れたのは・・・・。

 

「方広寺半蔵坊」
     山号:深奥山(じんのうざん)
      浜松市北区引佐町奥山 

   車を駐車場に止めると、上の三重塔がいきなり目前に現れる。 参拝の受付をして(入山料¥400) 坂道を下って本堂の方向に歩き始めると主要建物の全貌が見えてきた。 

 

 本堂

 

 すぐ脇の建物から、本堂に入る。

 当寺と井伊家の関わりはよく解らないが、虎松=井伊直政(菅田将暉)の実母しの(貫地谷しほり)ゆかりの寺というのみであった。ここでもドラマの撮影が行われたようだ。

 本堂内

 

本堂から北側の庭園を見る 

 梵鐘

 

 

  

 至る所に「ツ ワ ブ キ」が咲いていた。 

        

 参道から徒歩で入る場合は、下の入り口から入ると商店街や門があるらしい。以前の私なら、そこまで行き少なくとも写真だけは撮ってくるものを、足の弱ってしまったいまは、それが出来ず、極めて残念なこと。

 

 

 また、「夢の浮橋」と名前が付いた下の写真で池を渡って入ることも出来るようだ。

 

 

 この後、ご一行様は「龍潭寺」に向かったが、それは別途報告する。

 

                                     << つづく(梅雀の声で) >>

 

 おしらせ

第12会食事会の詳細写真(フルサイズ6000×4000px,13.5MB)を、アップしました。 ご覧になるには「ここをクリック」すると、ブログ索引が出ますので、下にスクロールして戴くと、「6.5 高校時代の友と」があり、現時点では、その最上段にありますので、「詳細写真」をクリックしてください。 ブログは公開日にならないと表示されませんが、「詳細写真」は、いつでも見る事ができます。パスワードは不要です、またコピーも出来ます。

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1590 厳島神社と「東員八重山桜」と桜

2017-04-18 08:00:00 | 寺社一般

  2017.04.09(日)、友の情報により、私の「花写真鑑」にまだ登録されていない花(以下“新種“という)があるという、三重県員弁郡東員町に来ている。 その”新種”とする「イヌナシ」の所在は二ヶ所を把握し、既に訪ねたが、もう一つの”新種”「トウインヤエヤマザクラ」を探すも、まだ見つかっていないのである。 ネット上では、高圧線の下付近とあり、下見に来た際に看板は見付けたがまだ場所が分からないでいる。 

 頃は「サクラ」が満開、ここも丁度見頃になっており、取り敢えず「サクラ」を見ながら、「トウインヤエヤマザクラ」を探すことにした。 先日、久しぶりの2日間連続のお出かけをして、痛めた足腰がまだ癒えていないが、それを花は待っていてはくれないとして勇気を出して出掛けて来たが、ここは長い石段という難敵が待ち構える場所であり、呼吸を整え、ゆっくりゆっくり登り始めたのであった。

  「厳島神社」 

 

「ゼンマイ」?

 

 これは「オオシマザクラ」か?

 

 

  この神社は小山の頂上付近にあり、北側の通路を少し下がった位置に、林の中を神社の北西側になる方向に向かう小道があることを発見し、その入り口にもうひとつの道案内の看板を見付けた。 林の中、やや下り加減の小道を進むと、その行き止まりに看板と竹の柵が見えてきた。 やっとたどり着いたのであった。

 

 「トウインヤエヤマザクラ」(東員八重山桜)」   “新種“登録 第1444号

 神社の北側で急な斜面に僅かばかりの平坦な地に植えられているが、柵でかこまれており、また、周囲は雑木が茂り、逆光にならない位置に回り込むも困難な場所であ。

 また、小山の北側の斜面であることからか、木は太陽を求めて7~8mに背伸びしていて、花が咲いている位置は結構高く、300mmの望遠レンズをいっぱいのばしてもアップの写真は撮ることが出来ず、トリミングして拡大するしかなかった。 

 また、今日は春というのに北西の風が強く、寒い上に、被写体のブレが大きく、何枚も何枚も撮って偶然止まっている写真を探すことしか出来なかった。

  ・自然の環境の中で変異したヤエヤマザクラ。全国的に見てもヤマザクラの八重は珍しいそうです。この桜は桜分類学の権威者 村田源氏の検定により学術上極めて価値の高いものとして、町指定天然記念物となりました。
 ・八重咲きの大変希少なヤマザクラです。 奈良の八重桜に似ていますが、葉や花柄にも毛がなく、一つの花にめしべが二本あるものがあって、 花が終わると柄の先に二つずつ実が並んでつく山桜です。分類学上、京都府亀岡市のコノハナザクラと同種の特徴をもっています。

 

上記の写真の一部を切り出し(トリミング)てみたもの。

 

上の花と同じ木ながら、花の状態が少し違うように思うが?。

 

 

これにて一件落着。

 

 

 

 

 

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1588 鳥取神社と「イヌナシ」と桜

2017-04-16 08:00:00 | 寺社一般

  友から私の「花写真鑑」に無い花(以後“新種”という)が東員町にあるぞ!との情報をもらって、先日下見をしたところであるが、まだ少し早いが、余り日程の選択の余地はなく、2017.04.09(日)天候と都合と体調がよいので、出掛けることにした。 最初は彼の畑に立ち寄り、立派な「ダイコン」の花も咲いていると聞いていたので、そちらを済ませてから訪れたのであった。

  神社の状況は前回詳細に紹介しているので、ここでは、「サクラ」についてのみ、掲載したいと思う。

 

 「鳥取神社」

今日は風が強く、寒いので、桜は見事であるが、ここは大田舎のこと、訪れる人影は殆ど無く、またしても侘しいところと言われても仕方がない状況である。

 

神社の前、川沿いのサクラ。

 

 

 それでは、「イヌナシ」を求めて、神社の北側に向かうと・・・。 咲いていた!!。  しかし、まだ開花したばかりで可愛い蕾がびっしりと付いている。

 

「イヌナシ(犬梨)」    “新種”登録 第1443号

マメナシは果物として知られるナシの仲間で、その果実が小さいことからこの名前があります。別名イヌナシとも呼ばれ、三重県内ではイヌナシの名前のほうがよく知られています。 落葉高木で、4月に直径2.5cm程度の白い花を枝いっぱいに咲かせます。 花とほぼ同時に出る葉は、広卵形から卵形でやがて長さ4~9cm、幅3~6cmまで広がります。 葉の縁には鋸歯(きょし)と呼ばれるギザギザがあります。花が咲いた後にできる果実はほぼ球形で、 大きさは直径1cm程度、小さいながらも表面にはナシ独特の皮目と呼ばれる斑紋が現れます。かじってみると渋みが強く、おいしいものではありません。 東員町指定天然記念物。

今日は生憎と風が強く、木が揺れ動くので、長時間かけ、しかもここだけでも百枚以上の写真を撮った内の何枚かがこれだ!。 シャタースピードを上げて、偶然の賜物として得られたものにすぎないのである。

 

 

 

 この後は、山田溜公園に向かう。

 

 

 

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1576 厳島神社と「ヤエヤマザクラ」

2017-04-01 08:00:00 | 寺社一般

  友から“「トウインヤエヤマザクラ」と言って、私の「花写真鑑」にまだ登録されてない花(以下“新種”という)が、東員町にあるぞ“・・・とのメールをくれたので、まだ少し早いが、その下見に訪れたのである。 そして、前回の当ブログで書いた様に、一つ見付けたが、枯れているようにも見えたので、もう一本をみつけようと、やってきた。

  目印は高圧線で、その直下あたりと聞いていたが、高圧線より少し南、神社の入り口近くにその看板を見付けた。周りを車で走り駐車可能スペースを見付けて、神社の階段を上り始めた。 この神社は初めてなので、一通り写真を撮りながらヤエザクラを探した。 (撮影 2017.03.27(月))

 

  

 「厳島神社」

    三重県員弁郡東員町穴太2383 

  鎌倉・室町時代には穴太は伊勢神宮領であった。その ため農耕には欠くことのできない水の神様として「市 杵島姫命」を安芸国(広島県)の宮島の厳島神社から 分社してもらって「弁天山厳島神社」を建ててお守り してきたと伝えられている。昭和58年5月新しい神殿 と石段が完成し、毎年9月8日を弁天祭として例祭を 行っている。弁天さんはインドの女神であるが神仏混 淆の時代に日本一の神と一体になったと思われる。

 

 「ご神木」とある。 檜かも?。

 

ふつうの「カワヅザクラ」と思われる。 結局、今日は“新種”に登録する物は無いようだ。

 

 以上、階段を上がったせいで、膝が痛くざっと見たに過ぎないが、「トウインヤエヤマザクラ」を見付けることは出来なかった。 ネット上の写真でみると、林のなかのようであり、まだ、新芽の出る時期には至っていない物と考え、今日は諦めることにして、帰途についた。

 

                           << 完  >>

 

 

 

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1574 鳥取神社(東員町)と「イヌナシ」

2017-03-30 08:00:00 | 寺社一般

  友から「サクラ」の季節がやってきました、「イヌナシ」も同じ頃に咲き始めます。 とその場所の地図まで添付したメールが入ったのは3月24日の事であった。 花の命は極めて短く、うっかりすると適齢期を過ぎてしまうことになるので、空模様を見ていたが、2017.03.27(月)青空が見えたので、下見にとやってきたのであった。

  友の案内でここには梨のご先祖さまである、「イヌナシ」の生息地であり、この花は私の「花写真鑑」にまだない花(以下“新種”という)であることを確認の上、知らせてくれたのであった。まだ、時期的にはかなり早いが、見損なわないようにと、早めに来たのであった。

  「鳥取神社」

     三重県員弁郡東員町大字鳥取1457

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この神社の境内に植えられている、「イヌナシ」が、今日私がここに来た主な目的であるが、案の定まだ“つぼみ固し”状態であった。 おまけに今日は北西の風が強く、大きく揺れ動くので、枝先の写真は採れなかった。 よって、“新種“登録は次回とする。  東員町指定の天然記念物

 「イヌナシ」の案内板によると・・・

イヌナシは、野生ナシの中でも最も原始的な種で、四月白い花を開き、六月には1cmの果実を結ぶ。 「マメナシ」とも言われている。
 周伊勢湾地域に分布する希少種で植物学上の基準標本となっている。
 1908年、牧野富太郎氏によりはじめて紹介された(以下略)。

 先に、鈴鹿市の府南寺において、「アイナシ(間梨)」を取材しているが、その「アイナシ」は、「イヌナシ」と栽培種との間に生まれた自然交配種とされている。

 

 

 咲くまでには、少なくとも一週間は必要と読んで、現場を離れた。

                     << つづく >>  

 

 

 

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1498 見性寺(菰野町)

2016-05-13 08:00:00 | 寺社一般

  以前から一度訪れてみたいと思っていたところ、「フジ」が咲いたとの情報があり、近くを通ったついでに立ち寄らせていただいた。

 

「見性寺(ケンショウジ)」  

   三重県菰野町   臨済宗妙心寺派

   菰野藩主土方家の菩提寺

 

 寺のホームページによると・・・・

 寛永21年(1644)菰野藩主2世雄高が尾張の三霊和尚を招き、土方家菩提寺として創建した。
寛文 9年(1669)火災により庫裡が焼失し、
享保11年(1726)藩主5世雄房が本堂、庫裡、山門を再建立する。

書院の玄関は菰野在住の名工高木藤造の作である。本堂は禅宗の方丈建築様式であり、山門は豪壮で大名の菩提寺たる格式を備えている。開山の三霊和尚は臨済初期の高僧で、後に孝明天皇より紫衣と禅師号を賜わっている。2世越伝は黄檗の渡来高僧との往来交流があり木庵、即非等の書跡がある。また藩主の愛用した屏風、塗盥、塗膳等調度品その他書籍、文献、書画等貴重な文化財が遺されている。寺域は広く、南西の小高いところに藩主の墓地がある。見性寺には雄豊夫人寄進の梵鐘があり、寛文3年(1663)、京都の鋳物師近藤丹波掾藤久の作になるもので、鐘銘は2世住職越伝の撰文、戦争中の供出にも危うく難をまぬがれ保存されている。また、境内にある西国八十八ケ所は、大正8年に設けられた。毎年春4月の弘法まつりは多くの参詣者で賑わう。

 

 

 

 

「本堂」

 

 

 

「大師堂」

 

 

「水子供養」

 

 

  

                          以上

 

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1479 多比鹿神社(三重県菰野町)

2016-04-19 08:00:00 | 寺社一般

  墓参のついでに、懐かしい神社を尋ねてみた。 ここ三重県三重郡菰野町田光(たびか)は、私の生まれ故郷なのである。 ただし、父の仕事が巡査であったことから、転勤が多く、ここには出生直後2~3年と小学一年の一学期と五年生の一学期、高校二年から就職するまでと、断片的に住んだので、かつては本籍地であったにも拘らず、竹馬の友もなく、墓と菩提寺があるに過ぎない。

  それでも、この神社では七五三の祝いと神前結婚式を行ったことで、私には特別な感情があるので、久しぶりに訪れる気持ちになったのである。 (2016.04.15(金)撮影) 

  

「多比鹿(たびか)神社」

 

上の鳥居をくぐり、表参道を進むと田光川(朝明川の支流)に掛かる多比鹿橋のむこうの森が神社だ。

 

 

 

 

 

 「本殿」

 七五三はともかく、結婚式もここでやったのであるが、残念ながら全く記憶も写真も無い。

 

 

 

大きい石は40貫(150kg)と書いてある。 昔の人は強かった!。

 

結婚式の披露宴もこの辺りでやったのであるが、全く記憶がない。(この建物は建て替えられたようだ)

 

この田光川の少し下流の左側に私の生家があった。

 

下は近くのあるお宅の庭で咲いている「ニワザクラ」を撮らせていただいたもの。

 

                                                                             

                                                                               以上

 

                            

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