「アントワーヌ、君は世界を憎んでいるだけだ」
「憎んでいる?」
「そうだ。君はお母さんを許していない。子供の君を捨てて先に死んでしまった母親を許していない」
「下司な心理学者の真似はやめてもらおう。そんなことが今の議論にどんな関係がある」
「あるとも、君は世界を憎んでいる。この世界を滅ぼすことが君の望みだ。
そのために、君は民衆だの正義だの革命だのという言葉を都合よく引き合いに出しているだけだ。
利用しているだけだ。あの娘を愛せなくて、どうして全人類を愛せるだろう。
あの娘を突きとばした君は、いつか全人類を突きとばすことになるんだ」
──笠井潔『バイバイ、エンジェル』
*
いまも実存をさいなみ、関係世界をむしばむ観念のお化けが徘徊している。
観念の倒錯。関係世界の基底をつくる関係のコードは対象化されにくい。
仮構された天があり、地があり、心を先導する価値の階梯は滅んでいない。
無慈悲な査定において個を配置し、配列する、呪われた相互的展開。
等しく共有され、分断とルサンチマンを量産しつづける関係のコード。
いまなお、関係世界を構成する深層のコードに認識のカーソルは届いていない。
それが対象化され、ただしく修正へ向かう主題として浮上しなければならない。
このことは倫理ではなく、生のエロスの享受可能性、ただその一点から要請される。