ASAKA通信

ノンジャンル。2006年6月6日スタート。

「夜長姫と耳男」 20200609

2020-06-09 | Weblog


ことばの海に産み落とされ、そこで育ちながら
ことばの海の知らない、教えることもない

ことばを充てることを禁じる
充てることで失われてしまう始原の作動がある

そう告げるものはいつも正体を明かさない

情動は走り、心は動き、ことばを手に取らせる
なのに、ことばを置き去り駆けてゆくものがいる

かたちを結ぶことができない
どこにも行きつく場所は明かされない

かたちにすること、ことばにすることを許さない
一つの色に染まること、そうではなく、ちがった色が滲むこと
ふたつの方角からおそれとおびえはやってくる

おそれるまま、おびえるまま
にもかかわらず、心を走らせるものがいる

文士と呼ばれたおとこは、おんなを、永遠のわかれを
一つの物語に、ぎりぎりの試行をしたためる


「サヨナラの挨拶をして、それから殺して下さるものよ。
私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」
ヒメのツブラな瞳はオレに絶えず、笑みかけていた。
オレはヒメの言う通りだと思った。オレも挨拶がしたかったし、
せめてお詫びの一言も叫んでからヒメを刺すつもりであったが、
やっぱりのぼせて、何も言うことができないうちにヒメを刺してしまったのだ。
今さら何を言えよう。オレの目に不覚の涙があふれた。
するとヒメはオレの手をとり、ニッコリとささやいた。
「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。
お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。
いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして……」
                                    
                                                                                  ───坂口安吾『夜長姫と耳男』

 

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