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ROSSさんの大阪ハクナマタタ



近鉄難波から普通電車で15分、八戸ノ里駅から歩いて10分の住宅街に2001年にオープンした司馬遼太郎記念館がある。



1923年生まれの司馬遼太郎氏は、亡くなるまでこの地で20年余り生活していたらしい。

入り口にはボランティアの男性が2名いて、司馬遼太郎記念館ですと案内してくれているが、大の男が入り口に二人もいるとどうも入り難い。



中には自動入場券販売機が置いてあったので、この二人は何のために入り口にいるのか良く判らない。

中に入ると野草と雑木が生えている庭があり、その向こうに明かりの点いた書斎が見えた。



この庭は司馬氏が自然の佇まいを好んだために、雑草を抜かずにそのままにしておいた庭という。

そのためかやぶ蚊が多く、入り口では黙っていても、やぶ蚊よけの団扇を貸してくれる程である。



庭から見えるこの書斎は、司馬氏が亡くなるまで執筆活動をしていた場所で、司馬氏が使っていた時のままということらしい。

その前を奥に進むと雑木林の中に半円形のコンクリート打ち放しの壁と、平行するガラスの壁でできた記念館のエントランス通路が見えてきた。



設計した安藤忠雄氏は、来館者に司馬作品を通じて来館者自身が自分自身と対話ができる空間を設計したという。

館の入り口には丁度「竜馬がゆく」展をしているポスターが掲示されている。



1階は喫茶コーナー、みやげ物売り場、司馬作品を紹介するビデオコーナーがあり、吹き抜けになった地下を覗けるようになっている。

その地下から2階までの3フロア分高さ11mの壁は司馬氏の作品と蔵書がぎっしりと収納展示されていて、2万冊もあるこの壁の本は司馬記念館の見所となっている。



ビデオの解説によれば、母屋の玄関、廊下、書斎、書庫の壁には6万冊の蔵書がこういう状態で収納されていて、その雰囲気を表現したという。



母屋の蔵書には司馬氏のメモ書きや付箋などが付けられているために、司馬氏の頭脳の延長線としてそのまま保存することとしたらしい。


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