遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



 

新 日本の黒い霧 ⇒ こちら に 興味深い 連絡用メッセがありました。

 プロジェクト「ノアの箱舟」は完全に終了した。

ノアの方舟プロジェクトとは...

 ⇒ こちら

現代版「ノアの方舟建設計画」プロジェクト

  年々、「固定種」は急速に消滅していて、「我々は毎日のように作物生物の多様性を失いつつある。将来の農業のため、そして気候変動や伝染病などの危機から人類を守るため、あらゆる環境に適用する種子を保存する必要がある。いわば、あらゆる危機に生き残る種子を集めたフエール・セーフの金庫が必要だ」ビル・ゲイツ財団が資金面の提供をして、現代版「ノアの方舟建設計画」プロジェクトと称し、ノルウエーの氷河の下に建造された「あらゆる危機に耐えうるように設計された終末の日に備える北極種子貯蔵庫」が、2008年にオープンした。全世界から300万種類の植物の元の種を保存しているそうだ。

 しかも、ロックフェラー財団、モンサント、シンジェンタ財団、CGIAR(国際農業調査コンサルグループ)なども、資金提供をしているそうで、独占ビジネスで巨万の冨を稼いだビル・ゲイツといい、緑の革命を推進してきたロックフェラー財団、GMO・バイオメジャーが名を連ねているのも何だかなぁー、その目的は見え透いているような感じである。

   日本でも、1980年に農林水産省が茨城県のつくば市にジーンバンクを作って、植物、微生物、動物などの多様な遺伝資源を国内外から広く収集し、日本中の種屋からも在来種の種を集め、植物では約22万点の種を保存し、形質的な特徴や耐病虫性、品質などの特性が調査され、利用しやすいようにデータベース化が進められているそうだ。

  「北極種子貯蔵庫」がやっているのと同じ方法で、零下18度か20度で保存しておけば、理論上は1000年でも2000年でも保存ができて、少しずつ温度を上げて貯蔵庫から出せば、種は発芽するらしい。ところが、数年前、ある種苗会社が、そのジーンバンクから、温度を徐々に上げて常温に戻した菜っ葉のタネを10数種購入して、撒いたところ、1種類しか発芽せず、あとは全て芽が出なかった。1980年に日本中から集めた菜っ葉の種がたかだか30年でほとんどが死んでいたというのだ。

 予算が無くなって、日本中から集めた種をただ保存しているだけという状況になってしまっているそうで、10年、20年単位で外に出して、種を撒いて、もう一度作物を育てることを繰り返えすことも必要だという。

⇒ こちら

地球滅亡の危機に備えた実験

 地球滅亡の危機に備え、人類を含めた生物種の宇宙への脱出を――という将来の「ノアの箱舟」計画の可能性を見極める実験が、今年8月から国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」で行われている。マウスの精子を凍結乾燥させた“フリーズドライ精子”を使って宇宙放射線などの影響を調べるもので、精子は宇宙に最長で2年間保管し、地上に戻って来たら卵子と人工授精させるという。

抜粋ここまで

 

終了したの意味は....

新 日本の黒い霧さんは なにかとソースをお持ちのようなんですが ちかごろ 謎かけ 思わせぶりが多くて もっとはっきり書いてよね が 本音です。

lucaの感度のわるいおつむで読み解くと もう準備はできちゃったよ このさき なにが起こるかわからないよ.....みたいな.... それとも もう終わったからね 悪い人には罰が下るよなのか

♪ 世界のおわーりはちかいー 見過ごすのか たちあがれよ  ミュージカル エリザベート 死神トートの歌です。

 

 



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デフレ脱却 といいますが デフレで国民が困っているわけではない。

物価の値上がり 大企業優先の円高 で 困っている。オールジャパンの中小企業が困っている 年金減額に困っている。

目をあけてしっかり見よう。この内閣がしたことで 国民のためになったことがいくつあるか.....

なにがいったいよくなったのか アベノミクスはもういらない。



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11月15日 ご縁があり 法蔵寺さんの本堂 お十夜法要で 檀家のみなさまとお数珠をまわしたあと  語らせていただきました。

先代のご住職は100人以上の孤児たちの面倒を見られ 吉川英治文化賞を受けられた方です。今のご住職もおだやかな透明感のある素敵な方です。

語る前にご本尊さまに南無阿弥陀仏を唱えました。その日 語ったのは みのわの嘆き 若い妻が夫に先立たれ 病気のおっかさまと乳飲み子を抱え 生活に窮したとき どちらかひとりだけなら養っていけると悩んだすえ おっかさまをとり わが子を泣く泣く お寺の門前に棄てます。おっかさまが寿命をまっとうし あの世にいったあと 母親はひとこと 棄てたわが子に詫びたいと旅にでます。そして 棄てたわが子にめぐりあうというおはなしです。息子もまた母をさがしていたのです。「 ゆるしておくれ ゆるしておくれ」と 泣く母にりっぱなお坊さまになっていた息子は 「おかあさん 泣かないでください。あなたのなさったことはまちがってはいなかったのですよ。その証拠に ふたりこうしてめぐりあうことができたではありませんか」 といって老いた母を抱きしめるのでした。

次に語ったのは 金沢山の鬼 です。きのことりがあまりやさしいので ついそばにいたくて女房になった鬼は しだいにわらわなくなります。

「おめ なして わらわね なして赤子のかおばみて 切なげな顔するなや こげな暮らし やになっただか」

「あんつぁ あんつぁ おら おら 金沢山の鬼だ。 おめさまが 山からひろってきた長い糸のようなもんはよ おらの髪の毛だ そればとりもどそうとこの家にきたが おめさまがあんまり やさしいから おら 女房になって おめさまのそばにいだくなったなや だども... 赤子の顔ば見ると 鬼の心がもどってきてよ はぁーっといぎかけて 食いたくなるだや こげなことでは とても ひとの子のおやにはなれねぇ 山へかえしてくだされ この子ば 食ってしまわぬうちに..... 」

もうひとつ わるさばかりしていた伝助じさが あの世にいってどうなったかというおはなし でした。なんといいますか ピンとはりつめた空気でした。いつもとどうも違う ... お十夜が終わったあもと 呆然と話からはなれられずにおりました。今朝 やっとわかりました。語りのときはいつも神さまにお祈りします。それが仏さまだったから.... 仏さまのほうが厳しい感じがします。

カタリカタリの公演も 個人の語りも わたしの心の中では奉納演芸なのです。ほかの芸能でもおおもとはそうですね。それで いつも 舞台にお神酒を捧げます。13日の感想をメンバーにレポートとして送ってもらったら ふしぎなことがふたりから寄せられました。ひとりは 自分がかたっているとき 最前列の一番左に座っていたわたしのとなりに見えないだれかがいたといいます。思わず目をそらしてしまったそうです。そしてもうひとりは 客席から青いひとすじのひかりが伸びてきたといいます。そのひとは 空席に満州で亡くなった方が座っているのだと思って 語っていたそうです。語りはほんとうにふしぎです。

レポートを読みますと ほとんどのひとが カタリカタリにいることがしあわせだ...と書いています。みんながだいすきだと。 それはほんとうにうれしいけれど もっと切磋琢磨して もっともっと神さまにもよろこんでいただき 聴き手のみなさまにもあぁ きてよかった と思っていただけるようになりたいですね。.....戦争の話となると 敬遠なさる方も多くいらっしゃいます。今回の二部 満州国の洛陽は 満州で亡くなられた方々の供養として語らせていただきました。平和についてはひとことも言及しなかったのですが こんな感想をいただきました。

・どっしりと重い内容も多かったけど「語り」っていう伝え方って真剣さとか、語りをする人の心がすごく伝わってやっぱりすてきだなって思ったよ。学校で語りを聞いたことをキッカケに参加した青年も素敵でした。そして、一つ一つの物語からいろんな事を想像したり考えられるようになっていた自分にも驚いたというか、日々成長しているのね。みんなが平和を願う、大切な、素敵な時間をありがとうございました。 

・何だか最後の里の秋を歌ってたら泣けてきちゃったわ。 Yさんのやさしいカタリ癒されたわ。ツライ話だったけど、いい時間を過ごせました。ありがとう。

・真面目に生きなきゃな、真剣に生きなきゃなと考えさせられたよ。

・たくさんの人が来てましたね。若い人から、お年寄りまでいてびっくり!語りって花さき山など物語しか聞いたことがなかったから、戦争体験の聞き書きや自分の家族のものがたり、第二部のような語りがあることを初めて知りました。 本人から聞いているみたいでドキドキしましたよ。満州の語りは本当に辛くなりました。

 

満州で多くの方々がどんなに懸命に生き 死んでいったか 聴いていただき うけとめていただくことで 救われた方々もおいでになったと思います。おいでいただいてほんとうにありがとうございました。

 



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とうとう 本番がきました。夢のように過ぎた2時間でした。涙と笑いの2時間でした。

なつかしいお客さま あたらしいお客さまがつぎつぎとおみえになりました。

もとのメンバー中田さん 小学校中学校の読み聞かせの方たち デイケアのみなさん お隣の方 母 娘 幼稚園の園長 副園長さん 絵本作家 後路好章さん ぬくい山の原作者 最上一平さん 市議会議員岸のぶともさん.....

わたしはあいさつも 時代背景も即興なので きのうとはまた ちがったものになりました。語りもかなりかわっていました。語りは生き物だからそれでいいのだと想います。卒業の5人も、新人も ゲストのみなさんも15人の語り手たちはなかなか壮観でした。みな素晴らしかった。それぞれの方と さいごのさいごまで むきあえたことはわたしのささやかな誇りです。メンバーの語りもゲストの語りも きのうがもっともよかったです。 さぁ これで わたしは家族のもとへ帰ります。

あした お寺ライブ 来週 幼稚園ライブ 12/4 小学校の語り継ぐ戦争と平和 今日よりはあした あしたよりはあさって .... 

 

カタリカタリのみなさま
 
きのうはありがとう。そしてお花をありがとう。みなさんとてもすてきでした。それぞれが今まででいちばん心に響く語りでした。みなさん きのう とても
やすらかなしあわせな気持ではありませんでしたか?みなさまは 見えないところで とてもおおきなことをなさったのです。
一部はみなそれぞれ 鎮魂の語りでした。五頭竜の 八百比丘尼の 戦争で苦しい想いをした女性たちへの 母への姉への 消え去ってゆく山村への鎮魂でした。
 
二部は満州で土になった方々 日本に戻って苦しみを伝えるすべなく亡くなった方々への鎮魂でした。とどうじに あの場にいた方々の魂の浄化もさせていた
いていました。
 
すばらしい聴き手に恵まれました。お客さまたち なにか とても深い旅をしたようなお顔で帰られましたね。みなさまの心の安寧は みなさまがなさったこと
へご褒美をいただいたのでしょう。語りは ふしぎな作用をします。その一端にふれていただけたなら わたしはこれほどうれしいことはありません。
今回も 写真におおきなオーブがたくさん写っていましたね。 ゆっくりやすんでください。また 旅ははじまります。
 
 
 
 
 


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朝 中学校で 金沢山の鬼 を語った。 そのおとこ きのことりでしたと.....で 中学生はわらう。

今 きのこは工場で生産されるものであろう。

しだいに モノガタリ世界にはいってゆく ザンと逆立つ銀色の髪 青い目 耳まで裂けた真っ赤な口

おら おめさまだけには このつら みせだくなかった....

 

国学院栃木で満員のほぼ女子大生....

雨の女神さま......それから 特攻のはなし  ただいま を語った。

先生をわが町にお連れするとき まちがえて ふくしま方面に向って 高速を走らせていた。

このまま いっちゃおうかな 一瞬 かんがえた。

 

あした オープンリハーサル

江ノ島 若狭 東日本 山形 福岡 東京 山形

日本の原風景を いとおしく うつくしく  つらねます。 日本の風土への賛歌です。



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共鳴  


 

書くことは そうむつかしいことではないけれど 行動することは むつかしいです。

満州国の洛陽 .... は 語りとブログのコラボのような.....

力は尽くしましたが もともとのちから不足もあり 数々の制約もありました。

語りは 共鳴 聴き手のみなさまとともに場が生まれる。だから そのときにならない

とわかりません。

その場がひとつになって 満州で 土になられた方々への ご供養になればと願って

おります。祈りつつ 二日間を迎えます。

どきどきします。 この年になって どきどきできることが しあわせです。

 

たくさんの発見がありました。

ことたまの  思っていたのとはちがう側面からの発見が ほんとうに欣喜雀躍でした。

わかいひとの成長のはやさに驚かされました。もっとうれしいのは若くなくても気づい

てゆけること 手放し 受け入れてゆけること。

いのちや魂 が ひびきとなってゆく。 刻々とかわってゆく その不思議さ ......

有り難さ .....

 

 

 

 



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