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以下抜粋

「私は埼玉県にある陸上自衛隊化学学校でサリンなどの毒ガスの製造に関わっていました。1970年代のことです」自衛隊による東京都内のある喫茶店の一角で、「元自衛官」と名乗る60

代の男性はそう切り出した。白髪交じりの短髪。口調は柔らかだ。

世界を揺るがした地下鉄サリン事件より数十年も前から、陸上自衛隊がサリンの製造をしていたことが複数の資料と証言で明らかになった。サリンだけではない。VX、タブンといった猛毒の殺人ガスも……。

非核三原則と同様、日本政府は毒ガスについても「持たず、作らず、持ち込ませず」などと表明していたが、サリン製造が事実なら、毒ガスをめぐる戦後の歴史が塗り替えられる可能性がある。

男性(仮に「Aさん」という)は1970年代初めに大宮駐屯地に配属され、70年代半ばから80年にかけて化学学校の研究部装備研究課に所属。Aさんはそこでサリンなどの毒ガス製造に関わったという。

「これが当時の内部文書です」。Aさんは数枚の紙をバッグから取り出した。
ワードプロセッサー(ワープロ)さえ普及していなかった70年代。手書きで記された文書には、「サリン」や「VX」の文字が並ぶ。「秘」と大書きされた文書には「サリン」とあり、数枚にわたり段階別の製造法が記されている。

「VX」と書かれた文書は「昭和52年つまり1977年の文書です」とAさんは言う。文書には「5月23日(月)」から「27日(金)」までの五日間で、「準備」から始まり、いくつか製造工程を経て、「除染」までの工程表が記されている。

「毒ガスの性状」と題する一覧表になった資料文書もある。左欄には、窒息ガス(ホスゲンなど)から始まり、神経ガス(タブン、サリンなど)、血液中毒ガス(青酸、塩化シアンなど)の順に計二五の毒ガスの化学式・記号が

列記され、上の欄にそれらの分子量や凝固点、沸騰点、揮発度、分解温度、解毒の速度、安定度などが記されている。きわめて専門的な記述内容だ。

「これは発行元も日付もありませんが、米軍の資料ではないかと思います」と、Aさんは推測する。

自衛隊専用用紙に複雑な化学式

地下鉄サリン事件の起きた翌月(九五年四月)に施行された「化学兵器禁止法」(化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律)では、「何人も、化学兵器を製造してはならない」(第三条)とされるが、第三四条

によって「特定施設についての特例」が定められている。

 特定施設とは、「特定物質の毒性から人の身体を守る方法に関する研究のために特定物質の製造をする施設」を言う。その特定施設に指定されているのが「陸上自衛隊化学学校」であり、そこで製造される「特定物質」の

量は「年間十キログラムとする」と定められている(同法施行令第六条)。

しかし、男性の証言によれば、その法律ができる20年以上も前から、陸上自衛隊化学学校でサリンが製造されていたことになる。

サリンを、地下鉄サリン事件より20年以上も前に陸上自衛隊で製造していた!!?

 以上



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