遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



 

感覚 というのは だれでも 持っている。六番目の感覚も 持っているはずだ。

 

先日 わたしは 夜 友人の家をおとずれた。

およそ 2時間 ....ほんとうは 1時間のつもりだった。

だが なぜか 腰が立たなかった。

数回 ラップ音を聴いた。ピシッ バシッ かなりおおきな音だった。

そこに なにかが いた。友人はなにも気づかないようすだった。

 

ようやく よろよろ たちあがって 家に帰ったが 頭痛が襲ってきた。

激しい頭痛... わたしは 憑いてきたなにかを はずす ノリを唱えた。

 

ここで気持ちがわるくなった。これ以上は書けない。

わたしに求めないで わたしは その任ではない。あなたが 気づかせてあげて。

 

 



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http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=313040&g=131207

 

ひき肉も買わないで 自分で叩いたほうがいいようです。

SFのように 貧乏人は 人造肉やタブレットしか 食べられなくなりそうです。

すでにそうなってるかもしれませんね。

野菜が高いからと 野菜ジュース..というもの で 代用しないほうがいいですよ。

食べ物は 即 細胞になる からだになる。

一年で 98パーセントの細胞がいれかわる。

食の質は ボディの質。



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一昨日 電話をもらって 夜会って 食事して その夜は 母の家に泊めてもらった。

たくさん 語り合った。

昨年 もはや遠い昔に思われるが わたしは北海道をたずね ひとりで車を駆って 荒れ野 北の海を見た。

そこで蝦夷のまぼろしを見た。山が呼ぶのを聴いた。なにか恐ろしいモノの呼び声も聴いた。

わたしは恐れおののきながら かろうじて立っていった。

とても 応えられないと思った。

でも それは 8月 奈良さんとのコラボ 日高見国記 アテルイ王の宝に結実したのだと

今 わかった。

北海道を旅した終わりにコタンの絵美ちゃんのアトリエに泊まった。

連れて行ってもらったオンネトウは美しかった。

 

絵美さんは 高木さんと「山笑み」のコラボのあと .....新国立の舞台に立ち 

今秋 スペイン公演に行った。

なにか おおきな ものが 絵美さんを呼んでいる。呼ぶ声に 絵美さんも こたえているのだと思う。

 

ただ それには いくつもの障がい 鍛えを 絵美さんは 乗り越えなくてはならない。

鍛えは 乗り越えられる魂にあたえられる。

 

そうわかってはいても 親子ほど 年のちがう絵美ちゃんに おとずれるであろう津波

を思うと 駅で別れのとき 涙をおさえかねた。

 

 

 

 

 



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若い樋口さんには浅田真央さんを抜きたいではなくて 自分を越えたい と言ってほしいと思います。

わたしにとっては 鐘を超えるプログラムは存在しない。

地を這うような安定したジャンプを見たいのではなく

高々と飛ぶ華麗なジャンプを見たいのではなく

セクシーさを見たいのではなく

つくった 表情やドラマを見たいのではなく

音楽とひとつになった 音楽そのものの氷上の舞を見たい。

祈りのような ... 光ふるような ・・・

それが見たい。

NHK杯を 見て 不在を強く 感じました。



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