尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「麻雀放浪記2020」、キッチュの効用

2019年04月15日 23時02分31秒 | 映画 (新作日本映画)
 すっかり売れっ子で公開が相次ぐ白石和彌監督の話題作、「麻雀放浪記2020」を見た。この映画の話題性は内容にもあるが、公開間近に出演しているピエール瀧が麻薬使用で逮捕されてしまったということも大きい。映画の主人公、斎藤工演じる「坊や哲」も映画内で逮捕され「謝罪の記者会見」をするシーンがある。現実と映画がピタリとはまりすぎて、笑うに笑えない。映画の最初にも、ホームページの最初にも、その問題に対するお断りが出るが、どっちも「ピエール瀧容疑者」と書かれている。今では「ピエール瀧被告」が正しいわけで、ホームページだけでも直した方がいいんじゃないか。 

 その問題はまあ大した問題じゃない。ピエール瀧は脇役だし、正直言えば全部カットしても大きな影響はないだろう。「東京ゴリンピック」なる催しの責任者の「」(もり)という役名には風刺もあるんだろうけど、あまり効いてない。むしろ僕が気になったのは、今回「作品には罪がない」などと言ってる人がいることだ。確かに集団製作の映画で、一人が問題を起こしたらお蔵入りというんじゃ、怖くて誰も出資できない。でも「罪がない映画」って何だろう。毒にも薬にもならないハリウッド製コメディ映画じゃあるまいし。見れば判るけど、これはかつて和田誠監督によって作られた「人間の毒」を見つめた前作とは風味が異なり、キッチュ(まがい物)を売り物にする映画だった。

 「麻雀放浪記」は阿佐田哲也色川武大)の大河小説である。それを映画化したのが和田誠監督の「麻雀放浪記」(1984、キネ旬4位)。今回は阿佐田哲也「原案」で登場人物の名前は共通するが、設定は全然違う。そもそも1945年の浅草にいた「坊や哲」が雷鳴の後になぜかタイムスリップして2020年の浅草にいた。まあヒトラーだって「帰ってきた」んだし、イタリア映画でもムッソリーニが「帰ってきた」らしい。(イタリア映画祭で上映され、その後公開予定。)日本でもタイムスリップして不思議じゃない。

 2020年、再びの敗戦によって東京ゴリンピックが中止となり、AI(人工知能)を世界に売りたい日本政府は麻雀五輪を企画する。よみがえった「坊や哲」はネット麻雀で人気を得ていたが、チンチロリンで賭博罪で逮捕。謝罪会見をさせられ五輪に出場せざるを得ない。「坊や哲」は「オックスのママ」と住んでいたが、そのママがなぜかAIとそっくりで、それをベッキーがやってる。このキャスティングで判るように、ピエール瀧の逮捕は予想外だったかもしれないけど、企画そのものが悪ふざけ的であり、スキャンダラスを売りにしている。映像の作り、セットや人物像も皆チープで、その企まれたキッチュさを楽しめる人向けの作品だろう。だから薄味なのは仕方ないと楽しむしかない。

 原作にはあるが、和田誠映画には出ていない「クソ丸」(竹中直人)と「ドサ子」(もも)が大きな役になっている。麻雀シーンも当然多いけど、もはや敗戦直後の焦燥感はなく、やっぱりゲームだという感じ。だからAIが出てきても、別に誰が勝ってもいいじゃんという気になる。人生を賭けて博打をやってるわけじゃない。そこの軽さが現代で、どうしてもゲーム的な映画になってしまう。そこがこの映画の評価の分かれ目で、それなりに面白いからいいとも言えれば、これじゃ物足りないとも言える。こういう軽みが現代なんだという自覚は作り手にあるとは思うが、僕は前作、あるいは色川武大(阿佐田哲也)に濃い「無頼」の感触が少ないのが物足りない。
 (和田誠「麻雀放浪記」)
 和田誠監督の映画のキャスティングを思い出せば(カッコ内が「2020」)では、「出目徳」が高品格(小松政夫)、「ドサ健」が鹿賀丈史(的場浩司)、「坊や哲」が真田広之(斎藤工)、「オックスクラブのママ」が加賀まりこ(ベッキー)、今回は出てこない「女衒の達」が加藤健一、その女まゆみ大竹しのぶ。これだけ見ても、役者が違うという思いを強くする。それにモノクロで綴られた虚無と無頼の匂いが素晴らしい。「賭博」に潜む深淵をのぞき見る映画だった。
 (和田誠(麻雀放浪記」)
 もともと「成長小説」(ビルドゥングスロマン)の要素が強かったが、今回はそういう面が少ないのも残念。白石監督も作りすぎではないか。和田誠監督というのは、もちろんあの和田誠である。イラストレーターの。84年は伊丹十三の「お葬式」がベストワンで、新人監督作品、異業種からの参入として話題になった。どっちの映画も麻雀を知らなくても楽しめる。僕は麻雀を知らないので、「麻雀放浪記」は読んでないんだけど、色川武大の小説、芸能や映画を巡るエッセイはすごく読んだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする