尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「岬の兄妹」、最末端のリアルを描く

2019年04月02日 22時39分20秒 | 映画 (新作日本映画)
 「岬の兄妹」という映画を見た。片山慎三(1981~)監督・脚本・製作、松浦祐也和田光沙主演って誰も知らない。突然出てきたこの作品がなかなか評判がいい。上映時間が合わなくて見てなかったが、今週ヒューマントラストシネマ有楽町で昼間の上映があるので見てきた。「破格の大傑作」(朝日新聞映画評)とまでは思わなかったけど、よく出来ている。映像も素晴らしいし、物語の進展も目が離せない。日本社会の底辺を見る思いがする。ユーモアもたっぷりで、面白く見られる。

 どんな話かというと、紹介をコピーすると「港町、仕事を干され生活に困った兄は、自閉症の妹が町の男に体を許し金銭を受け取っていたことを知る。罪の意識を持ちつつも互いの生活のため妹へ売春の斡旋をし始める兄だったが、今まで理解のしようもなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れ、戸惑う日々を送る。そんな時、妹の心と体にも変化が起き始めていた...。ふたりぼっちになった障碍を持つ兄妹が、犯罪に手を染めたことから人生が動きだす。地方都市の暗部に切り込み、家族の本質を問う、心震わす衝撃作。」

 「自閉症」とあるけど、僕の見るところでは妹の症状は「知的障害」の方が大きいと思う。小さなこだわりが強いので確かに「発達障害」も入っているかと思うけど、ベースは知的だろう。母親がいなくなって(死んで?)から、兄が戻ってきた。兄にも足に身体障害があり、仕事場で真っ先にリストラされる。そこでまあいろいろあって、結局「売春」に至る。そして売春業で「一定の成功」を納める。障害の様子を見て「チェンジ」と言われることもあるが、個人ビジネスだからそれは無理。そのうちなんとなく「なじみ客」も出てきたみたい。そこら辺の描き方がすごく面白い。
 (兄と妹の暮らし)
 家はメチャクチャで、兄が解雇されると電気も止められる。幼なじみの警察官がいて、いつも妹が行方不明になると一緒に探し回る。でも、お金を借りに行ってもそれは無理。そんな追い詰められた生活ぶりがすごい。だからこそ、「売春」に至る道が映画内では自然に見えてくる。兄の道原良夫役は松浦裕也。「ローリング」(富永昌敬監督)で教え子の一人をやってたと出ている。妹の道原真理子役の和田光沙は圧倒的な熱演で、ホントの障害者かと思うほど。「菊とギロチン」で女力士の一人だったと出ているが記憶にない。熱演ぶりは、イ・チャンドン監督「オアシス」のムン・ソリやラッセ・ハルストレム監督「ギルバート・グレイプ」のレオナルド・ディカプリオに匹敵するんじゃないか。

 「岬」ってどこだろうと調べると神奈川県の三浦半島。ものすごい僻地かなと思うと、町があってヤクザもいるし、「売春」業が成立しそうな感じだから、ある程度人口がある。どこか遠くで撮影された感じを出してるのは、物語成立の工夫だろう。僕はこの手の映画を見ると、いつも「福祉はどうなってるんだろう」と思う。どう見ても生活保護が認められるだろうし、妹には障害者年金が出るだろう。兄の足の障害も明らかに障害者手帳が取得出来るレベルで、会社にとっても障害者雇用率達成に有利になるはず。(そこまでの大企業じゃないのかもしれないが。)福祉制度を利用せよと誰もアドバイスしないし、主人公もそういう発想がない。その発想が映画内に全くないことが、「真の日本の貧困」だ。

 監督の片山慎三は韓国のポン・ジュノ監督の「母なる証明」や山下敦弘監督の「苦役列車」「味園ユニバース」の助監督をした人。「貧困、障害、性、犯罪、暴力…そういったものを包み隠さず描きました。観た方の価値観が変わるような映画になればと思いながら一切の妥協なしで二年間かけて作りました。」とコメントしている。その言葉通りに力作に間違いない。またもう一人新しい才能が登場した。
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