尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

台湾映画『流麻溝十五号』、50年代の政治犯収容所を描く

2024年08月09日 22時25分07秒 |  〃  (新作外国映画)
 『流麻溝十五号』という台湾映画をやっている。台湾映画といえば以前は巨匠の問題作が多かったが、最近はエンタメ系青春映画なんかの方が多い気がする。そんな中でこの映画は50年代の「白色テロ」時代の政治犯収容所を正面から扱っているので、見てみたかった。監督は女性の周美玲(ゼロ・チョウ)という人で、映画も主に女性の「政治犯」を扱っている。描き方は主要な3人を中心に男性「政治犯」や看守側、地元の人々なども出て来る。ちょっと感傷的な作りになっていて完成度的には不満も残るが、かつて描かれなかった暗黒の現代史をテーマにした作品だ。

 題名の「流麻溝」というのは地名だという。「新生訓導処」(思想改造及び再教育のための収容所)があった場所である。それは台湾島東南の「緑島」に1951年から1965年まで置かれていた。一時期には2000人もの人々が収容されていたという。また「緑州山荘国防部緑島感訓監獄」(政治犯の監獄)も同島に1972年から1989年まで存在した。今は島は観光地として開発され、施設の跡は「人権記念公園」になっている。このように「過去」を忘却しないところに台湾の姿勢がうかがえる。
(緑島の位置)
 日本の植民地だった台湾は日本の敗戦後、「中華民国」に返還され国民党が権力を握った。しかし、強権的統治が民衆の反感を買い、1947年2月28日に軍が民衆デモに発砲した「二・二八事件」が起きた。その時代を描いたのがホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』(1991)である。1947年から1987年まで40年間に及んで戒厳令が布かれ、その間3000~4000名の人々が理由なく殺害されたとされる。また多くの人が「思想改造」のために収容所に送られ「反共」教育を強制された。この映画を見ても、多くの人々は「政治犯」というような実態はほとんどなく、自分でも何が問題になったか理解出来ない「冤罪」だった。
(女性収容者の人々)
 収容所の中でも、人々は情報を求めて新聞を回し読みしている。また不当な措置には団結して闘ったりもする。しかし、大部分は所側の要求に応じるか、拒否するかを問われる苦痛の日々だった。当局の求めに応じないと家族とのやり取りも不可能になる。一方、大陸に家族を残している人も多く、「反共の闘士」と宣伝材料になるのは危険が大きい。収容者は時には看守の理解出来ない日本語で意思疏通を図っている。(そこは現代の俳優なので、日本語の発音はたどたどしいが。)男女で惹かれ合うこともあれば、収容所のトップから性的関係を要求されている人もいる。島そのものの風景は美しいのだが、そこには恐怖の日々がある。
(収容所内部)
 そこへ蒋経国(蒋介石の長男で、1978年から1988年に総統)が視察にやってくることになった。収容所では有志を募って反共の舞踊劇を作ることになった。皆一生懸命取り組んだのだが、その結果は? この時代は「密告」で多くの人が囚われたが、その収容所の中でも密告は付きものだった。リーダー格の看護師、絵がうまい高校生、そして自ら「共産党」と自首したダンスが上手な女性の真意と運命は…。自由な思想を持つことすら許されなかった時代に、囚われの島で起きた悲劇。拷問なども出て来るが、割と見やすく作られている。台湾では「過去」となり、「忘れてはいけない」対象になっているということなんだろう。
(周美玲)
 台湾の負った複雑な現代史を知る意味で、この映画の存在を是非心に留めておいて欲しいと思う。ただ台湾内外で映画賞などには縁がなく、それはやむを得ないと思う。別に悪いわけじゃないんだけど、重厚感に乏しい。テーマ的にも現代台湾では危険性がなくなったということかと思う。しかし、この映画は中国で上映出来ないだろう。国共内戦の相手側(蒋介石政権)の非人道性を暴く映画なんだから、本来は中国が歓迎しても良いはずだ。でも、この映画の眼目は「思想の自由」であり、中国で上映するには危険である。登場人物は「台湾に自治があれば」と言っていて、中国からすれば「台湾独立派」の宣伝と見えるだろう。それにしても、蒋介石も毛沢東に勝るとも劣らぬ残虐な独裁者だったことがよく判る映画だった。

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