尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「否定と肯定」、歴史修正主義と戦う

2017年12月21日 21時25分29秒 |  〃  (新作外国映画)
 「否定と肯定」という映画が公開されている。(東京では日比谷のシャンテ・シネのみ。)名前だけじゃ何の映画だかよく判らないけど、これはホロコースト否定論者(歴史修正主義者)との裁判闘争を描いた法廷ドラマなのである。「フェイクニュース」などという言葉が流行る今の時代、まさに見るべき映画だ。見始めると面白くて画面にくぎ付けになる。とてもウェルメイドな傑作だ。

 アメリカ、アトランタのエモリー大学に勤めるデボラ・E・リップシュタットは、ホロコーストに関する著作「ホロコーストの真実」で、歴史修正主義者のデイヴィッド・アーヴィングを厳しく批判した。彼女の講演会にアーヴィングが現れ、聴衆の前で挑発したこともある。そして、アーヴィングは彼女を名誉棄損でイギリス王立裁判所に訴えた。ユダヤ系の女性歴史学者であるリップシュタットは、示談を勧める声もあったけれど、敢然と受けて立つことにした。完全な実話の映画化。

 ところで、この映画で判るのは英米の裁判の大きな差。イギリスの名誉棄損裁判では「被告側の挙証責任がある」というのだ。デボラは思わず「推定無罪はないの」と聞くが、ないと言われる。彼女が頼んだ弁護士は有能と言われ、ダイアナ妃の離婚裁判を担当したという。法廷に立ってくれるのかと思うと、「事務弁護士だから法廷には出ない」という。代わりにまた別の法廷弁護士がいるのである。その複雑な制度には戸惑う。そして訴訟戦術上、デボラ本人やホロコーストの生存者は法廷に立たない方がいいと言う。その戦術に反発し、戸惑いながら、裁判は進行していく。

 リップシュタット役は、「ナイロビの蜂」でアカデミー賞助演女優賞のレイチェル・ワイズ。熱情的で使命感に燃えた若い学者が、法廷戦術でただ黙って座っていなければならないという難役を見事に演じている。敵役のアーヴィングは、ティモシー・スポールで、マイク・リー監督作品によく出ている。有名な画家を描く「ターナー」でタイトルロールを演じてカンヌ映画祭で男優賞を取った。監督はミック・ジョンソンで、誰だという感じだけど「ボディガード」の監督で、その後はテレビのドキュメンタリーでも活躍してきたという。脚本のデヴィッド・ヘアは「愛を読む人」(原作「朗読者」)を書いた人。

 今の日本にも歴史修正主義者がたくさんいる。他人事ではない映画だ。ここで判ることは、ホロコースト否定が「歴史研究」を装いながら見、実は「差別主義者」だという事実である。非常に細かなことを取り上げて、間違いだ間違いだと事挙げする。そして「否定論」というものと「肯定論」というものがあり、それは「考え方の相違」だという相対論に持ち込む。しかし、実は事実をねつ造し、史料を改ざんする。その背景に差別感情が潜んでいる。そのことをまざまざと証明している。

 アーヴィングも法廷で差別主義者と非難され、その後インタビューされた時、自分は差別主義者じゃない、事務所ではジャマイカ系なんかも雇っていると答えている。そして「みんないい胸しているよ」と付け加えたシーンが印象に残る。レイシスト(人種差別主義者)じゃないことを言いたくて、セクシスト(性差別主義者)であることを自ら暴露してしまった。そして、裁判で敗訴した後でも、「判決をよく読むと、自分は負けていない」と言い張っている。そこらへんも日本の歴史修正主義者と同じだ。

 何度批判され、論破されても、自分たちの小サークル内では、自分が正しいと言い張る。実証研究を読まない人の中には信じてしまう人もいる。そういう思考回路も世界共通なんだなあと判る。そういう意味で、この映画は非常に興味深い。でも難しい映画では全然なくって、非常によく出来た面白い映画を見たなという思いが残る。この映画ではアウシュヴィッツでもロケされているが、中の場面はセットを作っている。ぜひ多くの人に見て欲しい映画だ。
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