尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「彼女がその名を知らない鳥たち」とイヤミス映画

2017年12月15日 22時45分35秒 | 映画 (新作日本映画)
 昨日見た沼田まほかる原作の映画「彼女がその名を知らない鳥たち」がロングランされている。今年度の映画賞が早くも発表され始めたが、報知映画賞や横浜映画祭の主演女優賞はこの映画で蒼井優が獲得した。去年の「オーバーフェンス」もそうだったけど、蒼井優は「危ない女」を演じるときの方が輝いている。この映画も一体この女は何者なのかというサスペンスが素晴らしい。

 沼田まほかるは今年「ユリゴコロ」も映画化された。そっちは原作を読んでるので映画は見てない。「彼女がその名を知らない鳥たち」は読んでないので、筋書きは知らないで見た。後半で基本的構図は見えてくるけど、それでもラストは意表を突く。ストーリーよりも、主人公の「痛さ」を描く映画だから、最後まで目を離せない。冒頭から「クレーマー」めいた行為を続ける十和子蒼井優)が実に嫌な感じで出てくる。部屋は散らかり放題だし。そこに「同居人」の陣治阿部サダヲ)が出てきて、風采も上がらない感じなのに十和子に甲斐甲斐しく尽くしている。

 このカップルは一体どうなっているんだ? と映画は謎を出しておいて、現在と過去をパズルのように行き来しながら二人をめぐる人々を追っていく。十和子は壊れた時計にクレームを付けて、デパートの店員水島松坂桃李)と知り合う。十和子は水島に夢中になり帰りも遅くなるので、陣治は心配して探し回る。翌日、心配した姉が現れ、昔の交際相手黒崎(竹野内豊)とまた会っているんじゃないかと追及する。陣治と違って黒崎はいい男だったといつも思い出す十和子だったが、陣治はなぜか黒崎と会ってることは絶対にないという。

 この黒崎とは何者かという謎が出てくるとともに、水島の周りにも奇怪な出来事が相次ぐようになり…。一体何が起こっているのか。ホントはもっと書いてしまいたいけど、これ以上のストーリーはもちろん書けない。この映画はかなりよく出来ているけど、それは登場人物を細かく的確に描き分けた白石和彌監督の手腕だろう。「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」など犯罪映画に才能を見せてきたが、今回もシャープな映像で謎めいた女と男を印象的に見つめている。来年の「孤狼の血」も期待大。

 沼田まほかるは、ちょっと「イヤミス」とは違う作風だと思うが、この映画に関しては主人公の「十和子」が「嫌な女」「イタイ女」として造形されているから、「イヤミス」に近いだろう。その意味では後味もよろしくはない。人間の複雑な心理を描写していくと同時に、複数の人物をモザイク状に積み上げていく。その結果、社会のひずみを一心で背負うかのような、解決しようもない悩みに直面する人物が描かれる。最近はどうもそういう映画がかなり多いように思う。

 大森立嗣監督の「」は三浦しをん原作で、普通の意味のミステリーじゃないけど、25年の時を隔てた犯罪を描いている。井浦新と瑛太の関係性は後味が悪いとしか言いようがない。面白くはあるんだけど、ここで書く気にならなかった。同様に相当の力作だとは思うけど、三島有紀子監督「幼な子われらに生まれ」も見ていてつらくなる。僕は暗い映画は好きな方なんだけど、嫌な人間関係は正直見たくないなあと思う。「幼な子われらに生まれ」は別に悪い人が出てくるというんじゃなく、人間それぞれのすれ違いが見事に描かれていた。

 嫌な映画、嫌な小説が何故存在するのか。誰も読みたくないだろう。と思うと、世の中には相当ある。というか、ミステリーは大体殺人などの犯罪が出てくる。後味がいいわけがないはずで、人は嫌な話が好きなんだろうと思う。離婚騒動などをテレビが追い回すのもそのため。相撲協会の騒動も同様だろう。その奥には金銭欲、性欲、名誉欲、権力欲など「欲望」が潜んでいる。この「欲望」のギラギラに人は引き付けられる。そして日本には、イヤミスの帝王、松本清張がいた。

 松本清張(1909~1992)は没後四半世紀が経つが、今も読まれている。そのかなりが、今で言う「イヤミス」だ。何度も映画化、テレビドラマ化されたし、近年になってもドラマ化される。その魅力は日本の底辺に潜む「悪意」のすごさ、面白さだろう。僕が思うに、世界最凶のイヤミス映画は山田洋次監督の「霧の旗」だと思う。冤罪で獄中死した兄の仇を打とうと、ちゃんと弁護してくれなかった有力弁護士に妹の倍賞千恵子が付きまとう。実に怖い。弁護士も良くなかったかもしれないけど、弁護士だけでは冤罪は成立しない。熱心に弁護しても有罪になった冤罪事件の方がずっと多い。恨むなら、警察、検察、裁判官が先ではないか。その筋違いが怖いし、見るものを嫌にさせるわけである。
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