尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

素晴らしきチェコ映画の世界

2017年12月17日 22時39分48秒 |  〃  (旧作外国映画)
 今年は「日本におけるチェコ文化年」ということで、フィルムセンターで「チェコ映画の全貌」が開かれている。初期の無声映画から、60年代の「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」まで多くの映画を上映している。(24日まで。)「全貌」というには、89年のビロード革命以後の作品がないのは残念だけど、かつてない規模の上映企画である。11月にはシアター・イメージフォーラムで「チェコスロヴァキア・ヌーヴェルヴァーグ」特集上映も行われた。すでに相当数を見たのでまとめておきたい。

 チェコ映画といえば、なんといってもまずはアニメ映画だろう。人形劇の世界的巨匠イジー・トルンカ、特撮を使って冒険と郷愁の世界を作り出すカレル・ゼマンなど今も日本ではよく上映されている。(カレル・ゼマンの「悪魔の発明」は1959年のキネ旬ベストテンで10位に入っている。チェコ映画唯一のベストテン入選映画。)近年でもヤン・シュヴァンクマイエルという巨匠がいる。チェコ・アニメは時々どこかで特集上映が行われるほど日本で人気だけど、今回は劇映画が中心なので除外。

 チェコ映画が世界的に一番注目されたのは、1960年代半ばごろである。後にそれが「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」と呼ばれるようになった。アメリカのアカデミー賞外国語映画賞では、65年「大通りの商店」、66年に「ブロンドの恋」、67年に「厳重に監視された列車」、68年に「火事だよ!カワイ子ちゃん」と4年連続でノミネートされ、65年と67年には受賞している。受賞できなかった2作はいずれもミロシュ・フォアマン監督。後にアメリカで「カッコーの巣の上で」や「アマデウス」を撮った。

 僕はチェコ映画を今までかなり見てきた。もともと「プラハの春」やヴェラ・チャスラフスカ以来の関心があって、機会があれば見逃さないようにしてきた。日本でも公開された巨匠としては、イジー・メンツェル(1938~)がいる。チェコ事件後も国を離れず、85年に作った「スイート・スイート・ビレッジ」はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。シャンテ・シネで公開され、僕は大変に感動したものだ。アカデミー賞を取った「厳重に監視された列車」がメンツェル作品。一度見てるけど、フィルムセンターで見直した。ナチス時代の田舎の駅を舞台に、性に悩む青年を描く傑作。他に、89年以前は公開できなかった「つながれたヒバリ」や、フラバル原作の「英国王給仕人に乾杯!」(2007)がある。
 (厳重に監視された列車)
 チェコ・ヌーヴェルヴァーグ作品で、当時の日本で唯一公開されたのが、ヤン・ニェメツ(1936~2016)の「夜のダイヤモンド」(1964)だろう。68年にATGで公開されている。これは今回フィルムセンターで上映されるので、24日に見たいと思っている。イメージフォーラムでは「パーティーと招待客」「愛の殉教者たち」が上映された。特に「パーティーと招待客」(1966)は、「チェコの恐るべき子供」と呼ばれたニェメツの面目躍如たる傑作だった。田舎のピクニックが、いつのまにか訳の分からない全体主義の恐怖に変わっていく。まさにカフカ的な世界。当局ににらまれた作品だ。
 (パーティーと招待客」) 
 この時代のチェコ映画を見ると、60年代半ばから68年の「プラハの春」につながる文化革命が起こっていたと判る。自由な精神が脱ソ連式社会主義へ結びつき、ソ連によって押しつぶされた。その後外国へ逃れた映画関係者が多いが、国内で沈黙せざるを得なくなった人も多い。今日見た「新入りの死刑執行人のための事件」(1970)の監督パヴェル・ユラーチェク(1935~1989)も映画人としてのキャリアが閉ざされたという。これは「ガリヴァー旅行記」に材を取った大傑作だった。バルニバービとラピュタという二つの国に紛れこんだ不条理体験を描くが、映像的にもシャープで、素晴らしかった。何が何だか判らない映画とも言えるけど、当局ににらまれたんだから風刺は通じたのである。

 もう一本「アデルハイト」(1970)も興味深い。ズテーテン地方と言えば、ミュンヘン協定でドイツに割譲された辺境地方である。歴史の教員なら誰もが名前は知ってるが、じゃあ、どんなところかと言われれば知らないだろう。この映画はそのズテーテン地方を舞台に、ドイツ敗北後に逆にチェコスロヴァキアに戻った時代を描いている。戦時中はイギリスのチェコ軍にいた中尉が戻ってきて、ドイツ人の邸宅を管理する。ドイツ人がユダヤ人から取り上げた屋敷は、ナチ戦犯が住んでいた。その娘が今は家政婦となり、閉鎖された環境の中で言葉の通じない二人に何が起きるか。当時の世相や雰囲気を巧みに描いている。ズテーテンはものすごい山の中だった。

 今後の上映も期待大。チェコ映画史上の最重要作に選ばれたという中世の史劇「マルケータ・ラザロヴァー」(1967、フランチシェク・ヴラーチル監督、ヴラーチクは「鳩」「アデルハイト」と3本選ばれている。)ヴォイチェフ・ヤスニーがカンヌ映画祭監督賞を得ながら「国内永久上映禁止」になった「すべての善良なる同胞」など見逃せない映画が残っている。すでに見た「厳重に監視された列車」や「新入りの死刑執行人のための事件」も2回目の上映がある。ハシェク原作の兵士シュベイクものも上映された。チャペック原作の「クラカチット」は原爆を扱っている。そのようなチェコ映画は長い歴史を通じて、抵抗と諧謔を描いてきた。真正面から反逆するよりも風刺や不条理劇が多いのも面白い。
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