尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

入江悠監督「ビジランテ」

2017年12月30日 21時11分23秒 | 映画 (新作日本映画)
 年末になって映画の新作旧作を見て回っているが、入江悠監督の「ビジランテ」は迫力があって見どころも多い。日本の地方都市に根強い暴力と腐敗を背景に、三兄弟の相克をここまでやるかと暴き出す。血と暴力描写が嫌な人には向かないけど、入江監督の才気を存分に味わえる出来だ。

 入江悠(1979~)は映画ロケによく使う埼玉県深谷市に育ち、日大芸術学部卒業後に個人で映画を作って来た。2009年の「SR サイタマノラッパー」が面白いと評判になり各地で上映され、日本映画監督協会新人賞も受賞した。その後、「SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム」「SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」と作られたけど、僕のこのシリーズをごく最近になってようやく見た。こんな面白い映画をどうしてもっと早く見なかったのかと後悔したけど、題名で敬遠していた。(東京東部と埼玉県は圓丈の落語にあるようにビミョーな関係にあるので。)

 2015年の「ジョーカーゲーム」、2016年の「太陽」とだんだん話題の映画を手掛けるようになり、2017年には「22年目の告白 -私が殺人犯です-」を大ヒットさせた。このように今ではメジャーの商業映画でも成功しているんだけど、「ビジランテ」はどっちかというと監督の作品性を打ち出した映画である。好き嫌い、訳が判る判らないを見るものに問うけど、全編力強い緊張感があって忘れがたい。

 冒頭に真夜中の月明かりの下、幼い三兄弟が川を渡って逃げていく。追いかけるのは父親で、子どもたちは母の死後に父の暴力を逃れようとしている。しかし、父は追いつき、下の二人は連れ戻されるが、長男は振り切って逃げていく。そこで30年後になると、葬式の場面。その父が死んだらしい。父は有力者だったらしく、次男が市議会議員になっている。その市ではアウトレットモール計画が進行中で、そのためには父が持っていた土地が絶対に必要。市の有力者は次男に対し、あの土地はお前が必ず相続せよと命じる。というとこに、30年ぶりに長男が戻ってくる。

 その長男が大森南朋、次男の市議会議員が鈴木浩介、三男は桐谷健太で暴力団の下でデリヘル店長をしている。長男はなぜか遺産独り占めの公正証書を持っているが、多額の借金を背負っているらしく、得体が知れない。こうして肝心の土地が長男出現で入手できなくなり、市政の裏側で暴力装置が動き出す。そんな設定で、市の暗部にうごめく欲望が噴出する。

 題名の「ビジランテ」とは何だろうか。Vigilanteとは「自警団」のことで、作品中ではその町の伝統を受け継ぐ自警団組織が出てくる。今は市議会議員の次男が会長をしている。「最近は外国人犯罪が増えている」として自警団に入る若者もいる。モール予定地付近には中国人が集住していて、あつれきもあるようだ。自警団が巡回していて、中国人ともめ大きな衝突になっていく。

 こういう風に、排外意識と暴力、腐敗が交錯する地方都市の中で、三兄弟はどう生きていくか。粗暴なようで謎めいた長男、自分を殺して生きていく次男、下請けの汚れ仕事をしながらも心優しい三男。これが地方都市の実態だというわけではないだろう。韓国映画に「アシュラ」という傑作犯罪映画があったが、そこでも市長と暴力が結びついている。でも、まあ実態というよりも映画的な設定だろう。それでも「閉塞感」が伝わり、なんとなく「いやな予感」がする。

 そりゃまあ、面白く見てりゃいいとも言えるけど、最近こういう「暴力」を描く映画が多いような気がする。若い監督には日本社会がそう見えているのか。映画の出来としては、とてもよく出来ていると思う。入江監督は「物語る才能」があるんじゃないか。一度見始めると止められない面白さがある。それは前作「22年目の告白」にも言えるが、僕は「ビジランテ」の作家性にひかれるものがある。東京ではテアトル新宿で上映中。
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