尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

横綱・日馬富士を送別する

2017年12月01日 23時18分09秒 | 社会(世の中の出来事)
 大相撲の第70代横綱・日馬富士(はるまふじ、伊勢ケ浜部屋)が引退した。九州場所が始まって少し経って、休場していた平幕・貴ノ岩が日馬富士にケガさせられていたと報道され、以来マスコミはこの問題で大騒ぎである。警察に被害届が出され、鳥取県警で捜査が進められているから、僕がここで書くべきことは特にない。相撲協会の内部抗争のような報道もされているが、そういうことに関心が全然ないわけじゃないけど、特に書きたいとも思わない。

 日馬富士という力士は、この問題が起こらなくても、そう遠くない時点で引退を避けられなかったと思う。幕内最軽量ながら闘志あふれる相撲を取ってきて、ケガが多く満身創痍というのが実情ではないか。2016年はすべて出場したものの(名古屋場所で優勝)、2017年は初場所を途中休場していた。その後も春場所が10勝、その後3場所が11勝だった。全部10勝以上はしているんだから、横綱失格とは言えないけれど、優勝にはちょっと遠い場所が多かった。秋場所は終盤で大関豪栄道が失速し、11勝4敗で優勝決定戦を制して9回目の優勝となった。

 最後に優勝できたのは良かったけど、他の横綱、あるいは大関が元気なら、11勝では優勝に届かないのが普通だろう。それでも序盤に3敗しながらも、よく付いていったもんだと思う。いま星取表を調べてみると、3日目に琴奨菊、4日目に北勝富士(ほくとふじ)、5日目に阿武咲(おうのしょう)と3連敗した。その後、10日目に貴景勝(たかけいしょう)に負けた。横綱が3連敗したら、日馬富士も休場してもおかしくない。その後優勝までする精神力はすごいと思う。

 僕は特に日馬富士が好きなわけじゃない。今じゃもう相撲にも、野球にもサッカーにも…、特に誰か好きなスポーツ選手がいるわけじゃない。ただ、「注目すべき存在」と思う人はいて、そういう人を見ていきたいとは思う。(スポーツに限らず、俳優や映画監督、政治家なんかでも似たようなもので、自分の生きている「熱」そのものが下がっているのかと思う。)日馬富士という人は、そういう意味で「注目すべき」人だった。何しろ横綱でありながら、日本で大学院へ通うとか、絵の個展を開くというんだから、ただものではない。単なる力士という枠に収まらない「」を持っている。

 その「熱」、つまり「熱い生き方」がここぞという時の素晴らしい速攻相撲にもなるし、悪い方に出れば今回のような事件を起こすのかもしれない。横綱在位31場所で、優勝5回、休場が今場所を含め6場所、9勝6敗が3回。調べてみるとそういう数字になる。大関時代にはかなりあった8勝7敗はなかったけれど、多くの場所は10勝とか11勝である。(15場所。)やはり軽量を突かれて序盤に失速して優勝に絡めない場所が多かったような印象がある。

 だけど、それだけならここで書く意味はない。横綱昇進を決めた、2012年の名古屋場所、秋場所の連続全勝優勝、この文句なしの横綱昇進は見事だった。今回も秋場所の白鵬との相撲をテレビでやってたけど、名勝負だった。横綱になって活躍できるのかと心配したけれど、全勝優勝を2回続ければ、誰も文句を言えない。(連続全勝優勝はかつての貴乃花の昇進と同じだった。)

 そして今年で言えば、三月の春場所、全勝を続けていた新横綱稀勢の里に、13日目に横綱としての初黒星を付けたあの相撲、驚くほどの速攻が思い出される。その場所は白鵬が途中で休場していたので、ほぼ稀勢の里が連続優勝かというムードだった。しかし、この取り組みで稀勢の里は負傷することになった。翌日は鶴竜に負け、千秋楽に1敗だった大関照ノ富士に勝って、決定戦に持ち込んで優勝したのだった。だが、この無理がたたって翌場所から休場が続くことになる。照ノ富士もその後大関から陥落する。この場所の日馬富士を調べると、10勝5敗ではないか。でも「記憶に残る」相撲を取った。そういう決定機に見せる「熱」は捨てがたいものがあったなあと思って書いた次第。
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