尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

高石ともや年忘れコンサート2017

2017年12月16日 22時22分20秒 |  〃 (美術・音楽等)
 今年も高石ともや年忘れコンサートの時期になった。書いてない年もあるけれど、僕は毎年夫婦で通っている。もう30年以上。昔は有楽町のよみうりホールだったけど、10年ぐらい前から亀戸カメリアホール。東京での山手線の東だから外れの方になるけど、僕にはかえって便利になった。

 周りを見渡すと、同じように毎年来ているような老夫婦がいっぱい。僕は若い方だろう。60年代末からフォークシンガーとして活躍している高石ともやだけど、もう76歳。いまだにホノルルマラソンを完走してから、年忘れコンサートである。もう41年目になるという。高石ともやは立教大学中退で、70年代後半には毎年立教大学のクリスマス行事でコンサートをやっていた。その頃からよく聞いていたけど、こうして年忘れコンサートに来るのが恒例になるとは想像できなかった。

 今年は大きな変化があったわけじゃない。去年は長年京都の宵々山コンサートを一緒に作って来た永六輔さんが亡くなった。一方、甲子園に高石ともやが校歌を作ったクラーク国際高校が北海道北代表で出場したとか、ホノルルマラソン40年皆走の話など、話題が豊富だった。今年はそこまで大きな話題はないけど、芥川賞作家玄侑宗久さんと語り合った話が面白かった。玄侑宗久師とはなぜか話題があう。それも道理、高田渡の家に泊まり込んだ間柄なんだという。そこで教えられたのが、肩に力が入っている歌はよくない、「鼻歌気分でHappyフォーク」がこれからの歌手活動のテーマ。

 僕が特に今年書こうかと思ったのは、毎年歌っている一年のまとめ。一年を振り返って思ったことを歌に乗せて語る。特にプロテストソングじゃないわけだけど、どうも毎年毎年時代のきな臭さへの風刺が多くなる。今年はどうしても10月に突然行われた選挙の話が出る。小池都知事が「排除します」といって自分が「排除」された。ここで思い出すのは、といって鶴見俊輔さんの思い出。「排除」しないで「思想の科学研究会」を続けてきた、フォークソングも続けるのが大事と励まされた話。

 安倍首相のことは、茨木のり子さんの詩を引用。「言葉が多すぎる というより 言葉らしきものが多すぎる というより 言葉と言えるほどのものが無い」(「賑々しきなかの」という詩の一部。)しかし、「言葉らしきものが多すぎる」とは安倍首相の発言を評するに最もふさわしい表現じゃないか。「女性が輝く社会」「一億総活躍」「人づくり革命」と挙げて、まさにこの表現以外にあり得ない感じ。特に「人づくり」は長い年月をかかるもので、「革命」で突然変えるもんじゃないという言葉に共感した。

 いつも珍しい曲と定番ソングを織り交ぜている。今年の最後は「陽気に行こう」。かつてのナターシャー・セブンの「107ソングブック」の一枚目のLPの題名だった。アメリカの伝統ソング「Keep On The Sunny Side」に日本語訳詞を付けた。「喜びの朝もある 涙の夜もある 長い人生なら さあ陽気に行こう」と歌って終わる。(まあアンコール曲があったけど。)いろいろ絶望的にもなる時代だけど、しぶとくやって行こうと年末に毎年気持ちを切り替える「年忘れコンサート」。高石さんも妻に先立たれて一人暮らし6年目。観客層も含めて、いつまであるのか、行けるのかと思いつつ、まだまだ続けば自分たちも頑張っていきたいなと思う。
コメント