波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

  パンドラ事務所 第四話  その1

2013-10-17 09:16:09 | Weblog
静かで穏やかな日が戻ってきた。秋葉原の事務所の雰囲気も依然と同じように戻り、青山もここの所あれこれ気を使って落ち着かない時間から解放されていた。
杉山夫人への報告も充分とは言えなかったが、出来ることはしたつもりだった。「いつか墓参に伺いたいと思っています。」と別れ際に言った時の夫人の涙が印象的であった。
昼時静かな事務所から外へ出ると現実に戻されたかのような賑わいの中に入ることになる。ビルの1Fはファーストフードの店で、その隣は和食食堂、そして中華と並んでいる。若い時は「ラーメン、ライス」が定番でよく食べていたが、さすがに年とともに食も細くなり、バランスを考えるようになっていた。そんな中で彼が気に入って足を運んでいるのはお客が5,6人も入ればいっぱいになる小さな「飯屋」である。暖簾には「たけのこ」と書かれていて主なメニューは焼き魚である。(少し遅くなると満席で断られることが多い。)店は右側がカウンターで左にテーブルが二つほどある。(夕方から飲み屋になる)焼き魚は鮭をはじめその日仕入れた生きのよい食材を亭主が吟味して出すのだが、
丁寧な仕上げと言うこともあって、高級料亭の料理の味がしたものだ。カウンター越しにおかみと軽い会話を楽しみながらゆっくりと味を味わいながら食べる昼食はほかの店で
ばたばたと済ますものでは味わえないものがあった。
「今日は午後からお客さんなんだ。ごめんね。ご馳走様」とお茶をすすりながら腰を上げると「あら、青山さんいつもゆっくりしていくのに珍しいわね」と冷やかされる。
何時もなら爪楊枝をいじりながらのんびりしているのだが、二三日前に知人の娘から電話があり、訪問の約束をしていたことを思い出したのだ。長い友人だったががんを患って亡くなった事は知っていたが、その友人に二人の娘が残されていた。
エレベーターの前まで来ると、葬儀の時に挨拶をした娘が立っていた。上の娘のようだった。詳しくは知らないが、秋田の方へ嫁に行き、姑をはじめ家族5人で暮らしているようだが、古い家風の中で苦労も多いらしい。
「青山さんですよね。その節はありがとうございました。今日は又お忙しいところをありがとうございます。」とあいさつを受ける。
「どうぞゆっくりしていってください。誰もいませんから」二人は事務所でお茶を飲み
暫くは死んだその知人の様子や近況を聞くことになった。
話を聞いているうちに幸せそうな秋田の家の様子が想像されて、青山も秋田へ行ってみたくなっていた。「実は今日の話は妹のことなんです。」突然現実に戻されていた。

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