波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 オショロコマのように生きた男   第89回

2012-04-13 09:29:08 | Weblog
宏の病気は一般的には「脳血管障害」と言われるものであった。その中には「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」などがあるが、急激に発症した経緯からもそれは「脳卒中」と言われるものであった。これは手当てが早ければ命に関わることにはならず、宏の場合も傍に順子がいて、すぐ救急車を呼び病院での手当てができたこともあり、意識も回復し早い手当てが出来たことは幸いであった。しかし、身体の麻痺は残り元のようにはならない。そしてこの治療は基本的にはリハビリになるのだが、これには磁気を利用した治療と日常生活において行うリハビリとの併用になるらしい。そしてこれを続けることで必ず治るという保証はないらしいが適応する患者によってはその成果がだいぶ変わって来ることもあるらしい。
宏の場合も利き手であった右手は僅かに指先が動く程度で、本人も覚悟しているとはいえ「右手も右足も全く動かない、仕方がないとは思いつつも悔しい」と愚痴をこぼしていたと言う。久子はそのことについて医者に色々と相談もし話も聞いていた。
その話によると「脳出血や脳梗塞などによる麻痺は発症から半年たつと殆ど改善されることは少ない。」宏はせめて字が書ける程度には治したいといって、その為に利き手を代える努力もしたらしい。この事が効果があるのか、更に医者の話は続いた。
「大脳半球は左右でバランスを取って機能しているため、片方が損傷を受けると正常な側の活動が活発化して、損傷を受けた側の働きを抑えすぎてしまうことになる。このため磁気刺激によって正常側を抑えると損傷を受けた側が活性化して病巣周辺で失われた機能を代償しようとする働きが起こることになる。」というものだった。
この説明で宏も磁気刺激による治療法と作業療法を組み合わせたリハビリをしてもらいながら、脳のバランスを正常に近づけた上で、作業療法士の指導で指の曲げ伸ばしや物を掴むこと、ペンを握ることなどの訓練をしているのだという。
この方法で半月ぐらい続けると全体の70%から80%ぐらいの麻痺の改善が図れるという統計もあるそうである。
宏は何としても今までと同じようにならないまでも、少しでも身体を治し、事務所で家族と一緒に仕事が続けられるようになりたいと強く思うし、そのためにつらい訓練を続けるより他になかった。それまでは家族以外の誰にも会う気もないし、プライドが許さなかったのだ。