波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

     白百合を愛した男   第82回  

2011-04-04 11:07:20 | Weblog
食事が終わる頃、女将がやって来て「いかがだったかしら、美味しく召し上がってもらえたかしら」と聞いている。えらいさんの前で緊張と頭の中で考えながらの食事では何を食べたかも良く分らなかったが、「とても美味しかったです」と言うと、「良かったわ」と言いながらえらいさんに「ちょっと」と声をかける。立ち上がって二人はこそこそと話をしていたが
「ではごゆっくり」と又お愛想を振りまいて下りてゆく。
「君はどう思うかね。」と今度は自分の部下に同じようなことを聞いている。この時とばかり若いエリートは自分の意見を話し始めた。自分の責任にならない評論家的意見は、自由に話が出来る。その責任が自分に及ばないのだから勝手なことが言える、そんなことを思いながら聞いていると「この市場は現状ではもう限界かもしれません。あるとすれば
同業者のシエアの分捕りあいかもしれませんが、これは危険が伴いますし、価格のたたきあいになって、得策ではありません。将来的には新しい市場の開拓だと思いますが、これには時間がかかることでしょう。しかし、この事業を続けるには時間がかかっても、この点に目を向けて調査を開始すべきでしょう。」さすがに上場会社のエリートだけあって、壷を心得た答えであった。「そうだなあ。君の言う通りかも知らない。どうだ、二人で
これからの市場を中心とした営業戦略を検討してみたまえ」結局は、又大きな宿題を背負わされた形になってしまった。本来なら、自社内で検討し立案しなければならない問題であったが、親会社の介入である。しかし、関係会社の中でも有望とされ、資本も投下してもらっているとすれば、これも致し方ないし、ありがたいと思わなくてはいけないかと、聞きながら納得させられていた。「おい、車を呼びなさい」と言われ、若い部下はあたふたと階段を下りた。これから何処へ行こうとしているのか、まだ当分帰れないのかと気分が重くなる。妻の病気の事も気になり、帰りたいと思いながらそれを言い出すことは出来なかった。若いときの病気の後遺症の所為か、えらいさんは歩行がやや不自由でよたよたする。やがて三人は迎えの車に乗った。「銀座だ」「銀座はどちらへ」「八丁目当りだ」そんな会話を聞きながら、暫くお腹の張った気分を味わっていた。
何処へ連れて行かれるのか。何時帰れるのか、しかしここでは黙って付いていくしかないのだ。ラッシュを過ぎて少し道の空いてきた赤坂見附を回り、車は静かに走り、程なく
ネオンの看板がイッセイについている雑居ビルの角に止まった。