波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

         白百合を愛した男   第28回

2010-09-24 08:45:43 | Weblog
会社の後継者がいなくなるという不測の事態が起きて、一時は社内にも動揺があったが次第に落ち着いてきた。山内氏と美継の無言の連係プレーが功を奏し大きな影響を押さえる事が出来た。朝礼に始まり、工場視察、そして執務に入る。そのうち色々な来客が訪れる。村の役場関係者に始まり、病院、学校、そして備品、用品に関する業者、それらの人を各担当者が応対している。電話が鳴る。そんな中、静かに一人美継は仕事をしていた。
彼の来客は銀行関係者との打ち合わせが主である。手形を始め、資金の運用、出入は全ての責任を負っていた。終業のサイレンがなり、ホッとする間もなく整理と翌日の準備にかかる。終日事務所にいることは少なく、出かけることも多い。
そんな毎日であったが美継には誰にも話せない大きな問題を抱えていた。まだ東京で営業活動に専念していた時のことである。ある日、ひとりの紳士が何の予告も無く店に入ってきた。「こちらでは弁柄を扱っておられるのですか。ちょっとお話したいことがあるのですが、責任者の方はお出ででしょうか。」見ると身なりもきちんとした紳士である。しかしどう見ても商売人にも見えない。どちらかというと、医者か、教師か、学者かそんな雰囲気である。偶々居合わせた美継は「私がこの店の責任者ですが、」と挨拶をして椅子を勧めた
「突然お邪魔して申し訳ありません。私は福島に住んでいる、野田と申します。実は市内から少しはなれたところに小さな会社を持っていまして、仕事をしています。その仕事は
近くの山から採掘した顔料を製品にして販売するものですが、たいした量でもありません。
ここのところ、身体の調子も悪く、倅に譲って後を託そうと思い、話したところ誰もその仕事をやろうといいません。自分の好きなことをしたくて、そんな仕事は真っ平だというのです。その山の採掘を含む鉱業権も所有しているのですが、この山を買っていただけないですか。」突然、藪から棒のような話だった。きょとんとして話を聞いていたが、「買って下さい」ということを聞いた途端、正気に返った気持ちになった。「ちょっと待ってください。
突然そんなことを言われても、返事のしようもありません。もう少しゆっくり詳しい話を聞かせてください。」それから二人はお茶を飲みながら、話を聞いているうちに少しづつその内容を理解することが出来てきたのである。それは美継には荷の重いものとなっていった。