波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

白百合を愛した男    第27回

2010-09-20 09:04:49 | Weblog
素封家にはありがちな養子縁組だった。学卒で見栄えが良く容姿端麗であることが条件であれば人柄はあまり重要視されていなかったかもしれない。どんな環境と生活から迎えられたか等もあまり関係なかったようである。子供が生まれ跡継ぎが出来たことで山内氏も安心し会社も落ち着いたかと思われていた。
お米がなかなか手に入らず、妻は東京から持ち帰った自分の着物や衣類を近くの農家に持ち込んではお米や野菜など食料に換えていた。主人の給料だけでは子供三人を育てるには到底不足だったのである。鍬など持ったことも無かったが、少しの空き地を見つけると其処に野菜(主に芋、かぼちゃ)を植えて、其処からも足しにしながら空腹をしのいだ。
そんなある日、突然事件が起きた。いつもの朝礼の時間に若社長の姿が無かった。最初は寝坊でもして遅れているのだろうと誰もが何も気付かなかったのだが、美継は会長に奥座敷に呼ばれた。「其処の戸を閉めるように」と言われて坐ると、「困ったことが起きた。実は金庫の金がすっかり無くなっている。どうやら社長が持ち出したらしい。身の回りのものも無くなっている。計画的だったかもしれない。しかし、ここではあまり騒ぎ立てると会社の名誉にかかわり良くないので、内緒にしたい。ついては後任の責任を君に頼む。」
美継は突然のことで驚いたが、会長の苦しみを思い、共にその責任を負わなければならないと覚悟を決めた。当面の資金について早速銀行と内々に相談をし、融資を仰がねばならず、その他の支払いの都合も調整しなければならなかった。
何があったのか、どこへ行ったのか、何が原因なのか。不可解なことが重なっているが、それらは会長に任せて一切関与しなかった。会社の中でも噂が立ったが、公けにしていなかったので、そのうちその噂も消えていった。その頃、少しはなれた町でこんな話が聞かれるようになっていた。その町に来てよく飲んでいたどこかの社長さんとその店の女性がどうやら駆け落ちをしたらしい。二人で居なくなっていた。
その話は会長に耳にも入っていた。しかしそのことでどうすることも出来ず、その事件はうやむやに終わってしまった。ただ、残された子供二人は父親の居ない子供として淋しい生活を強いられることになった。美継はこの事件を通じて人生は本当に不思議であり、金があって何の不自由も無いようでも、悩み苦しみ、不満は消えないものであることを教えられたのである。