J-Blueの雑記帳(近場を歩く)

此のBlogを雑記帳代わりにと始めました。最近はハイキング・旅行等の写真を中心に記録性を高めた内容と編集にして居ます。

足摺岬から松山へ

2009年03月24日 | ツアー旅行
「金剛福寺」は足摺岬の先端に近いところに有る、近くには「ジョン万次郎」の大きな
銅像がそびえ、矢張り太平洋を望むように建てられている。
足摺灯台を見学したが、この日は天気が大荒れで写真を撮る所では無く、撮影する
気分が一辺に萎えてしまった。

それでも、1時間程すると、雨もやみ「竜串」の海岸に着いた頃は安定して来た。
写真はその海岸沿いにある、奇岩群の一枚で近くには「海中展望塔」が有り、海底の
珊瑚礁などを見る事が出来る。


此処から国道321号線を戻り「四万十川」に向かう。
写真は「土佐くろしお鉄道宿毛線、中村駅」近くを通り過ぎ「安並水車の里」の水車群
です。
観光用に在るだけのようで、実際に動力として使用されては居ないようだ。
忽然と田園地帯に出現するので、何処か違和感が在る。


更に国道441号線を四万十川に沿って遡り、「佐田の沈下橋」に向かい、観光遊覧船
で四万十川のごく一部の船旅だ。流れは緩く沈下橋から上流へと25分ほど遡り第二
の沈下橋を見てから、今度は船の向きを変え元に戻る。
生憎天候が悪く、光の加減から四万十川の清流も今一つ感じられない・・・・・・・


此処から、今度は国道441号線を戻り、同56線に入り、内子町へ向かう。
此処は昔の家並みが売りの観光地、途中「宇和島城」をバスの車窓からチラッと見る
だけで真珠会館なる所に案内されたが、誰が真珠など買うものか・・・・・・・
内子町は「和蝋燭」の原料の木蝋(もくろう)の生産地でその収益で街が潤ったとか。
今では殆ど和蝋燭を使う事もないが、和蝋燭はすすも余り出ず、風にも強く昔の照明
としては可成りの優れものの様だ。


かくて四国ツアーも後半となり、この日の宿泊は「奥道後温泉」となる・・・・・・・








土佐・高知城と桂浜

2009年03月06日 | ツアー旅行
徳島空港から徳島自動車道を通り、川之江東Jctから今度は高知自動車道へ入る
高知インターを降り、高知市内でバスの車窓から、「高知城」と「はりまや橋」をほん
の一瞬見ましたが、バスの窓越しから撮影した、にしては上手く撮れました。


      (上)高知城と(下)はりまや橋(昭和になってから作られた)

      
更に高知市内から一般道を走り、桂浜へ。
冬の桂浜は人気が無く、静かでした。

      
           桂浜と「坂本龍馬」像


駐車場から、桂浜に降りる途中に「坂本龍馬」の大きな銅像があり、土佐湾を見下ろ
す位置にあります。この銅像は遙か遠く外国を眺めるように、建てられています。
この銅像の高さは、台座の下から頭のてっぺんまで16m程の高さがあり、銅像として
は珍しく、大きな物です。
「坂本龍馬」は幕末の政治をリードし、元々土佐藩士であったが脱藩し、海援隊を結成
したり、薩長連合の重要な立役者となり、大政奉還成立に重要な役割を果たした。
しかし若くして、「中岡慎太郎」と共に暗殺で倒されたが、この銅像にも彼の先進的な一
面として、ブーツを履いている姿となっている。

この浜辺には荒波にもまれ、削られた色とりどりの小石が、彼方此方にあり、近辺の
「土産物屋」で、幸せを呼ぶ「五色石」として売っていましたが、私は自分で拾いました。

この後、高知自動車道を須崎東まで走り、今度は一般道を足摺岬までひたすら走る
事になります。途中「四万十川」を越えて、足摺半島の先端まで行く事になります。
「四万十川」は翌日に来た道を再び戻り、上流へ向かい川下りを楽しみます。