J-Blueの雑記帳(近場を歩く)

此のBlogを雑記帳代わりにと始めました。最近はハイキング・旅行等の写真を中心に記録性を高めた内容と編集にして居ます。

井戸尻遺跡(長野県)

2009年07月27日 | 見学様々(屋内・屋外)
ここ長野県井戸尻遺跡はJR中央東線信濃境駅近くにあり、上記写真の
右手奥は南アルプス南部甲斐駒ヶ岳が眼前にそびえる。
下の谷は国道20号線が走り釜無川が流れ、下蔦木宿となっている。
手前は、井戸尻考古館の蓮畑で、蓮の他、アヤメ、カキツバタなど水生植物や
稲作などが行われ、太古の昔を彷彿とさせる景色が展開される。

「井戸尻考古館」
又、考古館のすぐ隣には「富士見町歴史民族史料館」も併設されていて、此の
土地の先人達の、自給自足生活の日々の暮らしぶりが判り、農業を中心とした
生活用具、古美術品、古文書が展示されている。
尚、井戸尻考古館と共通のチケットが使える。


この写真は考古館駐車場から見える、水車小屋左手に「竪穴住居復元遺跡」
が在り、そこから眺める風景は「なぜ古代人がこの地を住居としたのか?」判る
気がする。
近くには八ヶ岳の伏流水が流れ出て、山間部にも関わらず、なだらかな斜面が
広がり起伏の少ない土地となっている。

八ヶ岳山塊には沢山の遺跡群があり、有名な遺跡も可成りある。
その内の1つ「尖石遺跡」も、その場所に立ってみると、古代人がなぜこの地に
と・・・・・・何となく理解できる気がする。


「尖石遺跡」(長野県 茅野市ホームページよりリンク)

           
写真は、井戸尻遺跡を囲む植栽畑に在る植物。
写真上は「蓮の葉」、左下は「ヒツジ草」右は「コウホネ」


         
今時分は、蓮の花が満開となっているだろう・・・・・・
古代蓮の「大賀蓮」は開花時期が早く、既に終わっていると思うが、その他の
種類が色々ある。


なお井戸尻考古館のHPをご覧になれば判りますが、現在「人面香炉形土器」
がイギリス大英博物館に貸し出され残念ながら此を見る事が出来ません。
又同じく「尖石遺跡」でも「縄文の仮面のビーナス」が貸し出されて居ます。
丁度私が井戸尻遺跡を訪問した時、次の日に「人面香炉形土器」は運び出さ
れる時で幸運でした。







書写山圓教寺(姫路市)

2009年07月01日 | ドライブ・旅行
姫路市の北西部に位置する古刹。
西の比叡山とも言われ一千年の昔「性空上人」が開いた天台仏教の道場で境内は
国の史跡地に指定されている。
山門をくぐると、其処は静かな自然と森の聖域、幾本か在る参道脇には信者方が
奉納した数多くの観音立像が出迎えてくれる。

県道67号線から少し入った所から、書写山ロープウェーで山頂駅に降り立ち
少し歩くと参道となる、足腰の弱い人は此処からマイクロバスで途中まで行く
と良いかも知れないが、私は歩いた。
全山が修行道場となっているだろうから、此処は徒歩で登った方が良いと
思われる。



参道を少し歩くと「仁王門」に着く、ここからが圓教寺散策の始まりの様なものだ。



摩尼殿回廊の写真、ここ摩尼殿は本尊の「如意輪観音像」が在り、摩尼殿も
創建当初は「如意輪堂」と言われていたようです。
また「四天王」も在り、「持国天」「増長天」「広目天」「毘沙門天」とそれぞれ仏法
の守護神として睨みを利かせています。



境内の参道を各建造物を見ながら坂を更に進むと「大講堂」「食堂」(じきどう)
「常行堂」の建つ広場に出ます。
ここが中心の様な所でしょう「食堂」は修行僧が寝食をする所で「大講堂」は
お経の講義、論議が行われ、学問の修業の場でもあります。
本尊は「釈迦三尊像」。左手の「常行堂」は室町時代の建物らしく本尊は釈迦如来像で
ひたすらお経を唱え本尊の周りを回り修行する場で在るそうな、時には舞楽を奉納
する為の舞台も在る。


下の写真は左上摩尼殿掛造(舞台造)、右大講堂、左下食堂から見た大講堂
右下摩尼殿への参道及び階段方向。



更に食堂裏を見ると1174年(承安四年)に創建されたこの建物の立派さ
が判る。国の重要文化財にも指定されている。



大講堂から更に奥(奥の院)に進むと「開山堂」に出る、しかしこの時は大修理中
で解体修理をして居る所だった。
大方、ここら当たりが一番奥まった所で、更に上の方にも建物が在りますが全部
を見て回るのは大変です。
此処から下山道にを辿ります。木の種類や植物、コケ類などの種類も沢山あり
参道には奉納された「桜」などが沢山植栽されています。