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「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

日韓の歴史をたどる㉘ 在日朝鮮人 帰還後の生活難を恐れ、とどまる

2020-09-16 07:55:15 | 日韓の歴史をたどる
日韓の歴史をたどる㉘ 在日朝鮮人 帰還後の生活難を恐れ、とどまる
鄭栄桓
チョン・ヨンファン 1980年生まれ。明治学院大学教授(在日朝鮮人史、朝鮮近現代史)。『朝鮮独立への隆路在日朝鮮人の解放5年史』『忘却のための「和解」』ほか

在日朝鮮人とは、植民地支配の結果として日本へと渡らざるをえなくなり、解放(日本の敗戦)後も日本に残ることになった人々を指します。
第1次世界大戦での好況を機に渡日者は増えはじめ、朝鮮農村の経済的疲弊を背景に、その人口は1935年には60万人を超えます。さらに1937年に日中全面戦争が始まったあとは、戦時強制連行により多くの人々が連れてこられ、1944年現在で約193万7千人を数えました。

持ち出し財産に制限を付けられ
日本の敗戦後、強制連行された労働者を中心に多くの人々は母国へと帰りましたが、それでも1946年3月の時点で約64万8千人が日本に暮らしていました。この人々が解放後の在日朝鮮人の母体となります。
この人々はなぜ朝鮮が解放された後も、日本へ残ったのでしょうか。日本政府による調査によれば、残った約64万人のうち約51万4千人が帰還を希望したといいます。植民地時代を通して、母国と日本の朝鮮人たちのあいだには「国境をまたぐ生活圏」(朝鮮史研究者・梶村秀樹の表現)がつくられており、人々は故郷との強い結びつきをもっていたからでしょう。
しかし、帰還に際して持ち出せる財産には制限があり、なにより日本で生活の基盤を築かざるを得なかった人々にとって、生業を整理しただちに帰ることは容易ではありませんでした。同じ調査の「帰国忌避理由」の圧倒的多数は、朝鮮の劣悪な経済状況や頼るべき親類の不在など、帰還後の生存への憂慮でした。
当時の朝鮮は東アジア全域からの帰還者であふれかえっており、深刻な経済難・食糧難・住宅難にあえいでいました。1946年にはむしろ日本へ戻ってくる者も増えはじめます。



故郷に帰るため博多港に押し寄せた朝鮮の人たち=1945年10月、木村秀明編『進駐軍が写したフクオカ戦後写真集』より(在日韓人歴史資料館提供)

日本での生活と権利まもるために
朝鮮人たちはこうしたなか、日本での生活と権利を守ると同時に、また海外にありながらも朝鮮の独立に関わるための団体をつくることになります。さまざまな団体がありましたが、なかでも1945年10月に結成された在日本朝鮮人連盟(朝連)は全国に組織を持つ最大規模の団体でした。
とりわけ急を要したのは朝鮮人たちの生命と財産を守ることでした。そもそも人々が急いで母国へと帰った理由のひとつに「終戦直後、関東大震災のような虐殺事件が起こるかもしれないという恐怖心」があったと朝連では理解していました。
虐殺事件後に政府が真相調査や責任者追及を行わなかったため、その後も「朝鮮人が爆弾を投げた」などのデマを事実だと考えていた日本人は少なくありませんでした。同種の流言は空襲や敗戦の混乱のなかでも広まり、朝鮮人たちに恐怖心を抱かせたのです。
朝連はこのため、保安隊や自治隊を組織して、日本人とのトラブルを未然に防ごうとしました。また、炭坑・事業所での帰国や退職慰労金・死傷者への特別慰謝料支払いなどを求める労働争議の支援にも携わりました。朝連は1946年10月で340件・関係人員4万3314名の争議を解決し、解決金額は約2687万円にのぼったといわれます。
しかし、人々が中長期的に日本で暮らさざるをえなくなることが明らかになるにつれ、朝連の活動は帰国や争議の支援から、生活や教育へと重点を移していきます。特にいずれ母国へ帰ろうとする人々にとっては、子どもの教育の問題も重要な課題でした。
朝鮮人たちが各地につくった国語講習所を基盤に、朝連は学校を設立し、教科書もいちはやく出版して体系的な民族教育を実施していきます。また児童のみならず青年のための学校や成人のための識字教育をおこなう学校も開かれました。
こうして、1948年の時点で全国に550を超える初等学校がつくられ、約5万人の児童が学ぶことになったほか、中学校、高校もつくられていきます。在日朝鮮人の解放後の歴史は、こうして新たな一歩を踏み出すことになったのです。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2020年9月2日付掲載


太平洋戦争が終了して、朝鮮が解放された後も、朝鮮の人々の暮しを守る闘いは続きます。
いわゆる在日朝鮮人の組織が作られていったのです。

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