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「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

介護 STOP破壊① 現場から(下) 増える自己負担 利用の抑制ますます

2019-11-30 09:26:56 | 医療・福祉・介護問題について
介護 STOP破壊① 現場から(下) 増える自己負担 利用の抑制ますます
ケアマネジャーの藤井裕子さん(46)は「利用者に対して、自分の価値観でなく相手本位の接し方をしないといけない。それがボランティアにできるかは疑問」と話します。盗難や器物損壊が起こった際、責任ある対応が取れるかも問われます。
「何よりボランティアを担う人がいない」と藤井さん。ボランティアに携わるには生活や収入に余裕が必要です。定年後も暮らしを支えるために働いている人は多く、「人が集まらないという地元の声も聞く」といいます。
安倍政権はケアプランの有料化や、利用料2割・3割負担対象者の拡大など国民の負担増を狙っています。



ケアマネジャーの藤井さんと話す附木すみゑさん(左)=千葉県船橋市

年金で足りず
糖尿病やリウマチなどの持病を持ち、要介護2の認定を受けている附木(つけぎ)すみゑさん(83)=千葉県=。足に痛みがあり、室内でも杖(つえ)を使い歩行しています。
1人暮らしの附木さん宅には、生活支援として隔週1回、ヘルパーが掃除をしています。「足が痛くて、立っていられない。転んだら危なくて」と話します。
「窓やカーテンも掃除できずに真っ黒」という附木さん。ヘルパーに依頼することもできますが、保険適用外のため依頼はしていません。「1回いくらってかかっちゃう。年金じゃ足りないものね」
90代の親を70代の子が介護する場合、自身も年金生活者のケースが多くあります。藤井さんは「親にお金を使ってあげたくても、貯金を使い切ってしまうのではという不安から、利用を制限する人はいます」と話します。
安倍政権は2015年に、一定収入以上の人に利用料2割負担を、18年に3割負担を導入。そして、来年の通常国会で2割、3割負担の対象者拡大を狙っています。
週1回のデイサービスだけでも利用料は、1割負担だと1回1500円ほど(食事代含む)ですが、3割負担では1回3300円(食事代含む)に上ります。月4回利用すれば、月額は1万3200円です。ケアプランが有料化されれば、さらに4回の作成につき1400円ほどの負担がのしかかります。
「2割、3割負担の人になると、どうしても利用を控える傾向は強くなります」(藤井さん)

未納者に罰則
介護保険料未納者に対する厳しい罰則規定も問題です。
千葉県船橋市にある八木が谷在宅介護支援センターの泉水玲子センター長は81歳の女性のケースを話します。
女性は認知症を患い、息子と同居。「同じ話を何度も繰り返すなど、家族の介護負担が重く、家庭環境が険悪な雰囲気になり、支援に入りました」
泉水さんはデイサービスの利用を勧めたいと考えましたが、本人は無年金者。介護保険料や国民健康保険料を2年以上滞納していました。介護保険は2年以上滞納があれば、利用料が3割負担になってしまいます。
「世帯収入は息子さんの月20万円ほど」と泉水さん。「無年金で保険料を払えなかった人が、1回3000円前後の利用料を払えるはずがありません」
厚生労働省が9月に発表した17年の介護保険の滞納処分者は全国で1万5998人。過去最多に上ります。
日本共産党は罰則規定の見直しを国会で追及しています。
(おわり)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年11月28日付掲載


今でも介護度がアップして、利用回数が増えると負担が増えるのに、1割負担を2割3割にアップするって。
高齢者から必要な介護を取り上げる無慈悲な行為。
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介護 STOP破壊① 現場から(上) 要介護1の支援 生活維持支えるプロ

2019-11-29 11:43:35 | 医療・福祉・介護問題について
介護 STOP破壊① 現場から(上) 要介護1の支援 生活維持支えるプロ
来年の介護保険改定に向け、安倍政権は議論をすすめています。そのなかみは、負担増・給付減など利用者や家族の暮らしを“破壊”させるもののオンパレード。利用者・家族の生活はどうなるのか。現場を見ました。
(和田育美)

「ヘルパーさんは本当にいろいろやってくれた」。そう感謝を口にする女性(94)は、千葉県船橋市で1人暮らしをしています。要介護1の認定を受け、週3回、ヘルパーが来ています。
総菜などの簡単な買い物や入浴は自分で行います。女性が自分でできる範囲を尊重しつつ、体の負担の大きい日常の調理や、水の購入、トイレ・お風呂の掃除、布団を干す、冬物のカーペットを出すなどの家事は生活援助としてヘルパーが行います。1割負担で利用しており、月の負担額は6000円前後です。
今まで認知症の症状はなかったのですが、ここ2~3カ月で「お金が無くなった」「貸金庫のカギがない」と訴えることが多くなりました。




家族の責任に
女性は「毎日どう生活しようかと思っている自分を助けてもらえた。長生きができるし、家族にも迷惑をかけずに生活できるのは介護保険のおかげ。減らしたら日本が泣く」と話します。
「この年まで母が1人で生活してこれたのはヘルパーが支えてくれたから。介護保険ができたときは、すごく画期的だと思ったのに」。東京都内に住む、女性の長女(63)はこう話し、肩を落とします。
“介護の社会化”を掲げて始まった同制度を“家族の責任”に変質させようとする安倍政権に怒りをぶつけます。「消費税だって上がって、介護保険料だってずっと払ってきた。時代に逆行しているよう。いいかげんにしてほしい」
安倍政権は要介護1、2の生活援助の介護給付外しを狙っています。実施されるとヘルパー以外に、研修を受けた無資格者や、ボランティアでも生活援助を行えるようになります。
調理や掃除を行う生活援助といっても、家事をこなすだけではありません。専門職として認知症の人とのかかわりが多いヘルパーは、援助に入った家の様子や利用者の言動から認知症の症状に気づき、早期の対応につながるケースがあります。また、利用者との接し方にも専門的技能が必要です。

声かけが上手
ケアマネジャーの米山留美子さん(52)は、「プロのヘルパーさんは声かけが上手」と言います。要介護1、2で認知症を患う利用者が「お金がない」と訴えた際、「共感して安心できる声かけをしないといけない」と話します。
日常生活が以前のようにできなくなった高齢者の気持ちを理解しないまま接すると、興奮して強い口調になり会話にならなくなることがあります。当事者に嫌な印象が残ると、次に援助に入ろうとしたとき、介入が難しくなります。「知識がない人だと逆効果になってしまう」と米山さんは話します。
同市にある八木ケ谷在宅介護支援センターの泉水玲子センター長は「介護度の軽い人というのは介護状態になる予備軍」と指摘します。
手厚い援助があれば介護予防状態が長く維持できる一方、支援を受けられなくなれば、自立した生活維持が困.難になり、できないことが増え、様態悪化は目に見えるといいます。「給付外しを“制度を維持するため”と政府はいいますけど、このままでは国民一人ひとりの健康で文化的な生活がままならなくなる。現場からはすごくそう感じます」
(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年11月27日付掲載


要介護1。買い物や掃除などの生活の支援。「単純作業だから、ヘルパーの資格がなくっても、無資格者やボランティアでもできるんじゃないか」。
違うんです。専門職のヘルパーは、家の様子や言動から認知症などの早期発見、治療につなげることができるんです。
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日韓の歴史をたどる⑭ 土地の収奪 強引な国有地化で強力な地主制

2019-11-27 11:42:33 | 日韓の歴史をたどる
日韓の歴史をたどる⑭ 土地の収奪 強引な国有地化で強力な地主制
洪昌極
ホン・チャングク
 1987年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程(朝鮮近代史・農業史)。主な論文に「植民地期における朝鮮内農業移民政策と干拓事業」「植民地朝鮮における水利秩序と植民地権力」

日本帝国主義は、朝鮮植民地支配を通じて、米の生産に特化した経済体制を朝鮮社会に強いていきました。

日本に大量の安い米を送る
植民地から大量の安い米を日本本国に送ることで食糧価格を安く保ち、それを通じて自国の労働賃金が高くなるのを極力抑えようとしたのです。急速に工業化を推進したい日本国家と、なるべく人件費を削減したい日本の財閥・企業、双方の利益に合致するものでした。
日本が植民地経済の制度的基盤を確立する上で、まずおこなったのは、〈米〉生産の源となる〈土地〉を掌握することでした。日本は、1905年(明治38)に第2次日韓協約で韓国の外交権を奪い、ソウルに統監府を置いて朝鮮を間接統治下に置いた後、朝鮮に新たな土地制度を確立するために本格的に動き始めます。
帝室有及国有財産整理局という統監府の直轄機関を通じて、1907年から、「韓国併合」の年である1910年までに、全国に散在していた「国有地」を調査し、国有地台帳と国有地実測図を作成しました。この際に「国有」と判断された土地の中には、さまざまな経緯から国・民有の区分が曖昧な性格を持っていた土地や、元々宮家や国有地であったものが耕作権の成長に伴って事実上民有地となっていた土地が多く含まれていました。
土地所有権に関する調査が、民有地の調査に先んじて「国有地」の調査から着手されたこと自体が重要な意味を持っています。
同時に日本は、「国有未墾地利用法」(1907年)を通じて、民有地であることが証明できない「原野、荒蕪地(雑草の茂った荒地)、草生地、沼沢地及干潟地」などの土地が国有地であると宣言します。
その上で「韓国併合」と同時に土地調査事業(1910~1918年)を開始して、全ての土地の所有権を最終的に確定していきます。この事業では、民有地の所有権の申告が義務づけられましたが、それ以前に「国有地」と判定された土地は大半がそのまま「国有地」として処理されました。申告者本人はもちろん、地域住民全てが民有地であると訴えた場合でもこれが覆ることはありませんでした。
民有地と判定された土地でも、「誰の土地か」をめぐって紛争が起きました。日本人・朝鮮人の間で所有権紛争が起きた場合、多くは日本人の所有権が認定されました。
「韓国併合」以前には、日本人の土地所有に法的な制限が課せられていましたが、ひそかに朝鮮人名義で土地を買い占める悪弊が横行していました。そうして手にした日本人の所有権が、この事業によって合法的な権利として法認されたのです。
朝鮮人同士で所有権紛争が起きた場合、それまで実質的な所有権を行使していた耕作者たちの権利は否定され、地主の所有権が一方的に認定されました。耕作権がことごとく否定されることで、耕作者は単なる土地の貸借人に転落し、地主の立場は一層強化されることになりました。



全羅南道務安郡の土地を測量する日本人土木技師(米昇右『日帝 農林牧奪相 写真証言』、緑苑出版社)

耕作地の半分3%の地主が
このようにして日本は、朝鮮総督府と日本人大地主を頂点とする強力な地主制を朝鮮に打ち立てたのです。土地調査事業が終了した1918年(大正7)時点で、わずか3%の地主が耕作地の約半分を所有することとなりました。
朝鮮最大地主となったのは、朝鮮総督府を除けば、「国有地」を譲り受けた東洋拓殖株式会社(陸軍中将が初代総裁を務めた国策会社)でした。事業が始まる前の1909年時点で約5万2千ヘクタールであった日本人の土地所有面積は、1915年時点で4倍の約21万ヘクタールへと増大しています。
言うまでもなく、こうした土地収奪の過程は日本帝国主義の武力を背景としていました。土地調査事業がおこなわれた1910年代が「武断政治」と言われる憲兵警察制度下にあったことを忘れてはなりません。
例えば全羅南道のある地域では、1912年、李回春という老女性が東洋拓殖会社に対して「どうして人様の土地を無法に強奪するのか」と抗議すると、「憲兵上等兵の中島という者が李回春の首を絞め、軍刀と棍棒(こんぼう)で狂犬のように乱打」し、その結果「李回春は水田に血を流して即死」しています。(「東亜日報」1926年7月12日付)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年11月19日付掲載


日本は、韓国併合を機に農民の土地をかたっぱしから国有化、そして日本の企業や大地主に払い下げ。
小作料を絞り上げ、生産された米を安く買いたたき、日本に送った。
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「ベルリンの壁」崩壊30年 極右台頭の旧東独の歴史 「東の視点」で批判的に 東独出身の歴史家 コワルチュク氏に聞く

2019-11-25 09:20:24 | 国際政治
「ベルリンの壁」崩壊30年 極右台頭の旧東独の歴史 「東の視点」で批判的に
東独出身の歴史家 コワルチュク氏に聞く


旧東ドイツ出身の歴史家イルコサーシャ・コワルチュク氏(52)は、東独の反体制運動や一党独裁体制下の抑圧などを研究してきました。今年、新著『吸収合併-東独はいかにして連邦共和国の一部になったか』を発表。極右勢力の台頭などが起こっている旧東独部の歴史を「東からの視点」で批判的に振り返りました。同氏に書面でインタビューしました。(ベルリン=伊藤寿庸)


イルコサーシュ・コワルチュク氏(©Ekko von Schwichow)

イルコサーシャ・コワルチュク氏 1967年東ベルリン生まれ。フンボルト大学で歴史を学び、ポツダム大学で博士号取得。連邦議会や連邦政府で、統一後の東独の問題に関する調査委員会などの委員を歴任。

―新著には「東独の経済的吸収合併とその受益者」「東独文化の無価値化」などの章があります。なぜこの本を書こうと思ったのですか。
東西ドイツ統一について、東からの視点で批判的に書く必要を感じたからです。今も東と西の間には大きな溝があります。旧東独地域は人種差別とネオファシズムという大きな問題を抱えています。積極的な側面とともに、何が間違っていたのかを説明したかったのです。
―この30年間、東独の人々はどういう体験をしたのでしょうか。
東独の人々には、1990年に突然すべてが変わりました。西独の人々には、何の変化もありませんでした。統一は東独の人々が望んだことでしたが、その結果を予想していなかった。

「二級市民」
問題は経済的、物質的というより、文化的なものです。東独の多くの人々は、人生の思想的意味を失いました。(「ベルリンの壁」崩壊の)89年以前のものがすべて無価値になり、「二級市民」となり、文化的な立ち位置を失った。この影響は巨大で、今後何世代もの問続くでしょう。
―旧東独で極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が台頭しています。どう立ち向かうべきでしょうか。
東独社会の多くの人々が、「他者」とらく印を押せる人々を求めています。その人たちより上にいると感じることで、自らの失望を軽くするためです。AfDの台頭と、それが他の地域に広がることへの恐怖が、東独部への関心をもたらしています。

自由に敵対
しかしこのような政治的潮流は、欧州の他の地域でも長らく強まってきていました。さらに、米国のトランプ大統領やブラジルなど世界的な現象です。これは反グローバリズム・反ヒューマニズム・反西欧・人種差別・民族主義・ファシズムの運動です。
それは抗議ではなく、民主主義と自由に敵対する運動だと明確に認識しなければなりません。民主主義者のすべてが団結して立ち向かわなければ、深刻な事態になります。
―「壁」崩壊は欧州にとってどのような意味があると考えますか。
「壁」の崩壊は正しく、必要な事でした。ただそのあとの政治が、常に正しかったとは言えません。路線の転換が必要です。何よりグローバル化や世界のデジタル化は、自由市場の力にゆだねるのではなく、規制が必要です。人類を支配する手段ではなく、われわれの道具としていくための哲学が必要となっています。
(おわり)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年11月24日付掲載


東独の市民は、ベルリンの壁崩の89年以前のものがすべて無価値になり、「二級市民」となり、文化的な立ち位置を失った。
それが30年経過した今、極右の思想を生み出している。
でもそれは、民主主義と自由に敵対する運動。許されるものではない。
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「ベルリンの壁」崩壊30年③ 東西格差と極右台頭 世代を超えて続く怒り

2019-11-24 11:51:14 | 国際政治
「ベルリンの壁」崩壊30年③ 東西格差と極右台頭 世代を超えて続く怒り
ドイツ統一後、ベルリンの旧帝国議会議事堂を改修して作られた連邦議会。ここで8日、ベルリンの壁崩壊30年の討論が行われました。


ベルリンの壁崩壊30年を記念し、壁を訪れたメルケル首相ら=11月9日、ベルリン(ロイター)

統一過程の誤り
与党キリスト教民主同盟(CDU)のブリンクハウス議員団長(51)は「西ドイツは、金やインフラよりも、東ドイツの人々の人生の断絶にもっと目を向けるべきだった。それが統一の過程の大きな誤りだった」と指摘しました。
CDUは、東西ドイツ統一当時のコール首相を輩出した政党です。
そのコール氏との間で東西統一などを交渉した旧東独最後の首相ロタール・デメジエール氏は、保守系有力紙フランクフルター・アルゲマイネで、「多くの東ドイツ人の胸に屈辱は深く刻まれている」と語りました。
同氏は「コール(首相)は東ドイツの人間は彼に従うべきだと考えていた」と述懐。
コール氏に「(東ドイツ国民は)文字の読めない国から来ているわけではない。彼らの職歴を奪うことはできない」と反論したと振り返っています。
同氏によると、ドイツの80以上の大学の学長に東独出身者は一人もおらず、200人以上の大使の中でもほぼ皆無です。
討論で左翼党のグレゴール・ギジ議員(前党首)は、「人ロ17%の東独人で、政府の要職についているのは1・7%だけだ」と発言。人口比に応じた配分と、東西間の平等な賃金、労働時間、年金を要求しました。
旧東独では統一後、「信託公社」による東独企業の清算・売却で、大量の失業者が生まれました。西独のライバル企業に格安で売却されて、閉鎖された鉱山会社もありました。
南ドイツ新聞9日付は、統一の過程で生まれた怒りが、親から若者へと世代を超えて受け継がれていると指摘。喪一失感や、自分たちの声が届かないという気持ちが、東の有権者を極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に追いやっている、と分析しました。
AfDの連邦議会議員(東部ザクセン州選出)は8日の討論で、「信託公社による未曽有の略奪」などと語る一方で、「私の夢は、伝統に根ざし、(移民・難民に)ナイン(ノー)と言える、国境によって守られる統一ドイツ民族」と主張。ナチスを思わせる移民排斥と自国民中心主義を、他党は厳しく批判しました。

新しいチャンス
シュタージ博物館前の展示でガイドを務めたアイゼンロールさんは、「私は楽観的だ」と語ります。
「今日若者たちは、(議会で唯一、気候変動を否定する)極右の強まりに対抗して、気候変動の課題に取り組もうとしている。危険の高まりが、逆に若者が活発になる新しいチャンスを作り出している」
(ベルリン=伊藤寿庸)
(インタビューにつづく)

「しんぶん赤旗」日刊 2019年11月22日付掲載


東西統一の過程で、経済的な格差だけでなく、政治や社会的な分野でも格差があったのですね。
しかし今、若者たちは、極右の強まりに対抗して、気候変動の課題に取り組もうとしている。
希望があると。
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