続・原発の源流と日米関係④&⑤
福島原発事故 ホワイトハウス直結&撤退に米が圧力
福島原発事故対処 ホワイトハウス直結
6月3日、福島原発事故の政府・東京電力統合対策室の合同記者会見―。事故対処での「日米協力」について報告した細野豪志首椙補佐官(現原発事故担当相)は「同盟関係としてさまざまな協力が信頼関係の下で前向きに進んだ」と語りました。
いらだちの声
米政府は3月11日の事故発生の直後から、被害状況の評価や日本政府の対応を支援するため米原子力規制委員会(NRC)の専門家らを派遣。米国民に対し福島第1原発から半径50マイル(約80キロメートル)圏外への避難勧告を出すなど、独自の対応を進めました。
この勧告は、「20キロ圏内は避難」という当時の日本側の措置と大きく乖離し、日米の認識のギャップを浮き彫りにしました。さらに、米政府内では、支援を申し出たにもかかわらず、日本側が当初、受け入れに消極的にみえたことから、菅政権の危機管理能力への不信が噴出したといいます。
こうした「いらだちの声」は日本の首相官邸にも届き、菅直人首相は3月17日、オバマ米大統領との電話会談で、申し出のあった支援について米側と今後よく協議することを約束。米国が派遣した原子力専門家との連携を緊密にしていくと表明しました。
冒頭の細野氏の会見によると、この電話会談に「端を発し」て、原発事故の対応について「日米両国の関係者が一堂に会して協議する枠組み」がつくられ、3月22日以降、「当初は毎日」開催されました。
日本側からは細野氏や福山哲郎官房副長官をはじめ関係省庁や東京電力関係者、米側はエネルギー省、NRC、軍、在日大使館関係者らが出席。原子炉や使用済み核燃料棒の安定化、放射性物質の拡散防止、放射能汚染水への対応など「あらゆることについて議論」し、「(米側から)いろいろなアドバイスをいただいた」(細野氏)といいます。
舞台裏に海軍
菅首相に日米協議を進言したという民主党の長島昭久衆院議員は、この協議を「日本の官邸からホワイトハウスをつなぐ、日米の意思決定にとって非常に重要なもの」だと強調しています。(『Voice』7月号)
文字通り、米政府は、事故対処の意思決定過程に組織的かつ全面的に関与できるホワイトハウス直結の仕組みをつくったのです。
加えて、こうした「日米協力」で「当初から、原子力推進とその安全性の監督責任を負う米海軍組織である海軍原子炉の防衛専門家が、おもに舞台裏での役割を果たした」と指摘されています(パトリック・クローニン新米国安全保障センター上級顧問らの論文、『外交』第7号)。それは、日本の原発がもともと、米海軍が潜水艦用に開発し、商業用に転用した原子炉をそのまま輸入したり、ライセンス生産したものだからです。
細野氏は会見で、「日米協力」が「独立国同士」の協力であることを繰り返し強調しました。しかし、原発の重大事故で米国の援助が必要なこと自体、日本の原発技術が米国発であり、自立していないことを示しているといえます。(つづく)
【福島原発事故対応のため米から派遣された関係者】
○米エネルギー省…(3月15日までに)34人
○米原子力規制委員会(NRC)…(3月16日までに)11人
○米パシフィック・ノースウエスト国立研究所…(3月30日に)2人
○米保健福祉省…(3月13日に)1人
○米海兵隊放射能等対応専門部隊(CBIRF)…約150人(4月2日~5月4日)
○米海軍艦艇システムコマンドから原子力技術部長
○米原子力発電運転協会から技術者
○米ゼネラル・エレクトリック社から技術者など
(※)日米協議には、NRCのヤツコ委員長、ウォルシュ米太平洋艦隊司令官らが出席したとも報じられています。(赤嶺政賢衆院議員への政府答弁書などから作成)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年7月28日付掲載
福島事故とオバマ政権 撤退発言に米が圧力
「(福島)原発事故が起こって多くの人が死んだわけではない。むしろ地震、津波で命を落としている」「確かに汚染は深刻だが、日本のほんの一部が汚染されているだけで、チェルノブイリ(原発事故)の10分の1だ」
6月16日、都内の講演会で、福島原発事故の影響をことさら小さくみせようと、こんな暴言を吐いた人物がいます。新米国安全保障センター(CNAS)のパトリック・クローニン上級顧問です。
CNASは、オバマ米政権で東アジア・太平洋政策を担当するキャンベル国務次官補が創立したシンクタンク。クローニン氏は、キャンベル氏の懐刀と言われています。
しかし実際は、今回の原発事故での米政府の対応は、クローニン氏の発言とは正反対の対応でした。
フィールド在日米軍司令官のスピーチを聞くCBlRFと陸上自衛隊の隊員ら=4月23日、東京・米軍横田基地(米海兵隊ホームページから)
あべこべ対応
在日米軍を含め日本国内の米政府機関の職員の家族に対して国外退避を許可。米軍は国防長官の承認を得て、放射能の検知・除染、医療支援などを行う海兵隊の“虎の子”部隊(CBIRF)を派遣するなど、「危機感」(北沢俊美防衛椙)を持って対応しました。
なぜクローニン氏は、事故の影響を小さくみせようとしたのか。
同氏は講演で「将来の日本の経済成長は健全なエネルギー政策に基づくのであり、それは米国にとっても、世界にとっても極めて重要だ」と主張。エネルギーには「多様な手段が必要」であり、「原子力はその手段の一つにならなければならない」と強調しました。
その上で、「(原発の)安全度を高めてリスク(危険)を最小限に抑える新しい原子力技術のイノベーション(革新)を進めることが必要だ」と語りました。
これは、オバマ米大統領が3月30日に発表した新しいエネルギー政策で、「次世代原子炉の設計・建設にあたり、原子力規制委員会による既存炉の安全点検と日本の教訓を組み入れる」と表明したことと符合します。
オバマ政権は「地球温暖化対策」を理由に原発推進路線を取っています。しかし、1978年のスリーマイル島原発事故以来、原発の“安全性”への疑問は米国でも少なくありません。そのため、日本に何としても「安全な原発」を実現するよう求めているのです。
菅発言を追及
菅直人首相は5月下旬にフランスで開かれた主要8力国首脳会議(G8サミット)で「原子力の安全性を最高水準に高める」と表明しました。
首相はその後、内閣支持率の低迷を打開するため、7月13日に「原発に依存しない社会を目指す」と表明。その2日後には「私個人の考え方」と後退しましたが、ナイズ米国務副長官は7月20日、高橋千秋外務副大臣との会談で、「近い将来とかなり先を見た将来、(日本の)エネルギー(政策)をどうしていくのか」と問いただしました。
日本が「原発撤退」に向かわないよう、神経質になっていることがうかがえます。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年7月29日付掲載
日本の原発で使われている原子炉は潜水艦から陸揚げしたもので、基本的には危険なものって認識のあるアメリカやアメリカ海軍。
今回の福島原発事故をうけて、アメリカは「安全神話」に侵されている日本政府に危機感を覚えたようです。
だからといって、日本政府が「原発から撤退」してもらっては自分たちの利権が失われてします。
危険なものって分かっていながら、福島原発事故後も日本に原発を押し付けてくるアメリカのしつこさに、「死の商人」の影を見ます。
福島原発事故 ホワイトハウス直結&撤退に米が圧力
福島原発事故対処 ホワイトハウス直結
6月3日、福島原発事故の政府・東京電力統合対策室の合同記者会見―。事故対処での「日米協力」について報告した細野豪志首椙補佐官(現原発事故担当相)は「同盟関係としてさまざまな協力が信頼関係の下で前向きに進んだ」と語りました。
いらだちの声
米政府は3月11日の事故発生の直後から、被害状況の評価や日本政府の対応を支援するため米原子力規制委員会(NRC)の専門家らを派遣。米国民に対し福島第1原発から半径50マイル(約80キロメートル)圏外への避難勧告を出すなど、独自の対応を進めました。
この勧告は、「20キロ圏内は避難」という当時の日本側の措置と大きく乖離し、日米の認識のギャップを浮き彫りにしました。さらに、米政府内では、支援を申し出たにもかかわらず、日本側が当初、受け入れに消極的にみえたことから、菅政権の危機管理能力への不信が噴出したといいます。
こうした「いらだちの声」は日本の首相官邸にも届き、菅直人首相は3月17日、オバマ米大統領との電話会談で、申し出のあった支援について米側と今後よく協議することを約束。米国が派遣した原子力専門家との連携を緊密にしていくと表明しました。
冒頭の細野氏の会見によると、この電話会談に「端を発し」て、原発事故の対応について「日米両国の関係者が一堂に会して協議する枠組み」がつくられ、3月22日以降、「当初は毎日」開催されました。
日本側からは細野氏や福山哲郎官房副長官をはじめ関係省庁や東京電力関係者、米側はエネルギー省、NRC、軍、在日大使館関係者らが出席。原子炉や使用済み核燃料棒の安定化、放射性物質の拡散防止、放射能汚染水への対応など「あらゆることについて議論」し、「(米側から)いろいろなアドバイスをいただいた」(細野氏)といいます。
舞台裏に海軍
菅首相に日米協議を進言したという民主党の長島昭久衆院議員は、この協議を「日本の官邸からホワイトハウスをつなぐ、日米の意思決定にとって非常に重要なもの」だと強調しています。(『Voice』7月号)
文字通り、米政府は、事故対処の意思決定過程に組織的かつ全面的に関与できるホワイトハウス直結の仕組みをつくったのです。
加えて、こうした「日米協力」で「当初から、原子力推進とその安全性の監督責任を負う米海軍組織である海軍原子炉の防衛専門家が、おもに舞台裏での役割を果たした」と指摘されています(パトリック・クローニン新米国安全保障センター上級顧問らの論文、『外交』第7号)。それは、日本の原発がもともと、米海軍が潜水艦用に開発し、商業用に転用した原子炉をそのまま輸入したり、ライセンス生産したものだからです。
細野氏は会見で、「日米協力」が「独立国同士」の協力であることを繰り返し強調しました。しかし、原発の重大事故で米国の援助が必要なこと自体、日本の原発技術が米国発であり、自立していないことを示しているといえます。(つづく)
【福島原発事故対応のため米から派遣された関係者】
○米エネルギー省…(3月15日までに)34人
○米原子力規制委員会(NRC)…(3月16日までに)11人
○米パシフィック・ノースウエスト国立研究所…(3月30日に)2人
○米保健福祉省…(3月13日に)1人
○米海兵隊放射能等対応専門部隊(CBIRF)…約150人(4月2日~5月4日)
○米海軍艦艇システムコマンドから原子力技術部長
○米原子力発電運転協会から技術者
○米ゼネラル・エレクトリック社から技術者など
(※)日米協議には、NRCのヤツコ委員長、ウォルシュ米太平洋艦隊司令官らが出席したとも報じられています。(赤嶺政賢衆院議員への政府答弁書などから作成)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年7月28日付掲載
福島事故とオバマ政権 撤退発言に米が圧力
「(福島)原発事故が起こって多くの人が死んだわけではない。むしろ地震、津波で命を落としている」「確かに汚染は深刻だが、日本のほんの一部が汚染されているだけで、チェルノブイリ(原発事故)の10分の1だ」
6月16日、都内の講演会で、福島原発事故の影響をことさら小さくみせようと、こんな暴言を吐いた人物がいます。新米国安全保障センター(CNAS)のパトリック・クローニン上級顧問です。
CNASは、オバマ米政権で東アジア・太平洋政策を担当するキャンベル国務次官補が創立したシンクタンク。クローニン氏は、キャンベル氏の懐刀と言われています。
しかし実際は、今回の原発事故での米政府の対応は、クローニン氏の発言とは正反対の対応でした。
フィールド在日米軍司令官のスピーチを聞くCBlRFと陸上自衛隊の隊員ら=4月23日、東京・米軍横田基地(米海兵隊ホームページから)
あべこべ対応
在日米軍を含め日本国内の米政府機関の職員の家族に対して国外退避を許可。米軍は国防長官の承認を得て、放射能の検知・除染、医療支援などを行う海兵隊の“虎の子”部隊(CBIRF)を派遣するなど、「危機感」(北沢俊美防衛椙)を持って対応しました。
なぜクローニン氏は、事故の影響を小さくみせようとしたのか。
同氏は講演で「将来の日本の経済成長は健全なエネルギー政策に基づくのであり、それは米国にとっても、世界にとっても極めて重要だ」と主張。エネルギーには「多様な手段が必要」であり、「原子力はその手段の一つにならなければならない」と強調しました。
その上で、「(原発の)安全度を高めてリスク(危険)を最小限に抑える新しい原子力技術のイノベーション(革新)を進めることが必要だ」と語りました。
これは、オバマ米大統領が3月30日に発表した新しいエネルギー政策で、「次世代原子炉の設計・建設にあたり、原子力規制委員会による既存炉の安全点検と日本の教訓を組み入れる」と表明したことと符合します。
オバマ政権は「地球温暖化対策」を理由に原発推進路線を取っています。しかし、1978年のスリーマイル島原発事故以来、原発の“安全性”への疑問は米国でも少なくありません。そのため、日本に何としても「安全な原発」を実現するよう求めているのです。
菅発言を追及
菅直人首相は5月下旬にフランスで開かれた主要8力国首脳会議(G8サミット)で「原子力の安全性を最高水準に高める」と表明しました。
首相はその後、内閣支持率の低迷を打開するため、7月13日に「原発に依存しない社会を目指す」と表明。その2日後には「私個人の考え方」と後退しましたが、ナイズ米国務副長官は7月20日、高橋千秋外務副大臣との会談で、「近い将来とかなり先を見た将来、(日本の)エネルギー(政策)をどうしていくのか」と問いただしました。
日本が「原発撤退」に向かわないよう、神経質になっていることがうかがえます。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年7月29日付掲載
日本の原発で使われている原子炉は潜水艦から陸揚げしたもので、基本的には危険なものって認識のあるアメリカやアメリカ海軍。
今回の福島原発事故をうけて、アメリカは「安全神話」に侵されている日本政府に危機感を覚えたようです。
だからといって、日本政府が「原発から撤退」してもらっては自分たちの利権が失われてします。
危険なものって分かっていながら、福島原発事故後も日本に原発を押し付けてくるアメリカのしつこさに、「死の商人」の影を見ます。