きんちゃんのぷらっとドライブ&写真撮影

「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

変貌する経済 自動車⑤ 海を超える連帯の横断幕

2014-07-31 21:07:58 | 経済・産業・中小企業対策など
変貌する経済 自動車⑤ 海を超える連帯の横断幕

日本の自動車産業が国内から海外へと生産拠点を移した結果、2007年には海外生産が国内生産を上回り、その差は毎年拡大し続けています。(グラフ)
 
全労連の布施恵輔(ふせ・けいすけ)国際局長は、スズキのインド・マネサール工場での暴力事件を契機とした労働組合に対する弾圧は、特殊な事例ではないと指摘します。
「労働者に対する非常に厳しい弾圧や組合つぶし、人権侵害の事例は少なくなく、むしろ、そうした流れが強まる傾向にある」




トヨタ工場でも
今年3月には、インド・カルナタカ州にあるトヨタ子会社が、昇給をめぐる労働組合との交渉の最中に工場をロックアウト(閉鎖)。会社は「労組幹部に扇動された一部の労働者」が、繰り返し意図的に生産ラインを停止し、労働者の扇動や現場監督を脅迫したと主張しています。組合側は、生産ライン停止の原因は大部分が技術的なトラブルで、残りは正当なストライキだと反論。扇動や脅迫は「事実無根」と批判しています。
10年には、中国広東省のホンダ子会社の部品工場でストライキが発生。いったん収束したものの、会社がストライキを呼びかけた2人の労働者を解雇したことから、工場全体にストライキが広がる事態になりました。
布施さんは、多国籍企業による労働者に対する攻撃が強まる一方、労働者からの反撃も強まっていると指摘します。米国南部のトヨタの労働者や、メキシコのホンダの労働者からも、労働組合結成について椙談が来たことがあると語ります。
スズキのインド・マネサール工場では4月、労働組合の新執行部を選出する選挙が行われました。経営側が息のかかった人物を推すなか、選挙された組合役員12人中11人で、事件以前の組合の流れを引き継いだ労働組合派が勝利しました。
「職場から組合幹部を根こそぎ取り除いたと思っていたのに、いまも労働組合が支持されていることが明白になった。スズキにとって大きな痛手のはずだ」(布施さん)



「インド・マルチスズキ人権侵害事件支援連帯する会」の結成集会で訴える太田さん=7月6日、浜松市

支援する会結成
今月6日、事件の現地調査に参加した太田泰久さんが中心となり、浜松市で「インド・マルチスズキ人権侵害事件支援連帯する会」の結成集会が開かれました。
集会には、マルチ・スズキ労働組合(MSWU)を支援しているインドの労働組合の全国組織「インド新労働組合イニシアチブ」のゴタム・モディ書記長から、最新の情勢メモとメッセージが寄せられました。
ゴタム氏は、警察による逮捕と嫌がらせを避けるため地下に潜っていたMSWU暫定委員会のオム・パラカシュ・ジャット氏が、栄養失調と結核で4月以降に命を落としたことを報告。解雇された労働者の多くが困窮状態に陥っていることを伝えました。
メッセージは次の言葉で結ばれています。
「わたしたちは、多国籍企業に対しては、企業の本拠地のある国と、たたかいが起こっている国双方でたたかいの横断幕が掲げられることなしには、たたかえないと考えています」「みなさんが決意をもって立ち上がってくださったことが、全世界のスズキの労働者のためだけでなく、わたしたちの連帯をさらに強化するでしょう」
(つづく)(次回から日産自動車)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2014年7月31日付掲載


労働組合の幹部を根こそぎ取り除いたとしても、その後を継ぐ人たちが次々と出てくる。国境の枠を超えて労働者が連帯・団結する。
頼もしい限りですね。
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変貌する経済 自動車④ もの言う労働者を排除

2014-07-30 23:23:20 | 経済・産業・中小企業対策など
変貌する経済 自動車④ もの言う労働者を排除

「有給休暇は死んでから嫌というほどとれる」「ストのひとつやふたつで腰砕けになるようでは経営者失格」。開けっ広げに経営哲学を語った著書『俺は、中小企業のおやじ』で、スズキの鈴木修会長はそう語ります。
同社では、こうした哲学のもと業界一低い賃金や有給休暇取得に対する嫌がらせが横行。労働者の切実な要求が実現できる労働組合づくりをめざした職場の日本共産党員に対しては、30年以上にわたり差別を続けてきました。

屈辱と隔離政策
スズキで働く日本共産党員7人が原告となったスズキ賃金差別裁判(2000年に第1次、01年に第2次提訴。地裁勝訴、高裁不当判決)の意見陳述は、同社の手口を生々しく記録しています

―溶接作業中に骨折すると、2カ月にわたって床掃除を命じられた。拭いても拭いてもフォークリフトのブレーキ痕が次々発生する。腕はぱんぱんに張り、足や腰はしびれてくる。外来者がくると組長の指示で急いで機械の物陰に隠れなければならない。こんなみじめな思いをしたのは生まれて初めてだった。(久保田修治さん)
―窓一つない実験室に隔離され、朝から晩まで1人で仕事をする。訪れる人は全くなく、事故や急病で倒れても誰も気付かない。死んだ状態で発見されれば差別の実態が社会に明らかになると思い、本気でそうなればいいと何回思ったかしれない。(久米信雄さん)

職場の労働者と共産党員を分断するみせしめのなかでも最大の攻撃が「賃金差別」でした。勤続30年超でも手取りは20万円に届かず、娘の賃金より少ない。子どもの高校の授業料が払えず、近所の人が亡くなっても香典を持っていけない。
自身も現役時代にスズキから差別待遇を受けてきた太田泰久さんは、日本での共産党員差別とインド・マネサール工場で起きた暴力事件は、まともな労働組合づくりを排除するという点で共通していると語ります。
「スズキの職場をよくしようと運動してきたが、インドの労働者がここまで劣悪な状態に置かれているとは知らなかった。会社に加え国家や州政府からの弾圧まである」



マネサール工場前でこぶしを突き上げる労働者たち=4月11日(MSWUホームページより)
鈴木修会長の著書『俺は、中小企業のおやじ』


国家・州からも
マネサール工場の事件で逮捕された147人の労働者のうち、これまでに釈放されたのは1人だけです。なかには、事件当日は工場から300キロ離れた村にいたという人や、事件時には既に退社していた人もいます。
マルチ・スズキ労働組合(MSWU)暫定委員会によれば、逮捕された労働者の多くが留置場内で拷問を受け、組合をやめるよう迫られたといいます。
13年1月には、暫定委員会の委員が、記者会見を始めようとした矢先、ジャーナリストになりすましていた警官によって逮捕。3月には、抗議集会に参加していた労働者と家族が警察隊に襲われ、数十人が負傷し、11人が逮捕されました。
「スズキにはインドの自動車産業を育てたという自負がある」
自動車業界に詳しいジャーナリストは、マネサール工場で起きた事件は、スズキがインドの政財界に持つ影響力抜きには語れないといいます。同時に、この事件は自動車業界全体にとっても画期になると指摘します。
「スズキのインド進出は、途上国の低賃金労働者を使って車をつくるモデルになってきた。それが通用しない時代に入ったのかもしれない」
(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2014年7月29日付掲載


スズキの車は他の軽自動車と比べて安いと思っていましたが、労働者を低賃金で使う、労働組合運動を弾圧する…。
そういった背景もあったのですね。
これって、車の安全性にも影響しそうですね。
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変貌する経済 自動車③ 「減収増益」のカラクリは

2014-07-29 19:09:20 | 経済・産業・中小企業対策など
変貌する経済 自動車③ 「減収増益」のカラクリは

2007年度に3・5兆円を超えたスズキの連結売上高は、世界的不況で落ち込み、13年度も3兆円に届きませんでした。ところが、経常利益はこの間26%も増えています。

業界一の低賃金
減収増益のカラクリはなにか。自動車業界に詳しいジャーナリストは「これまでの薄利多売から付加価値をつけた車へと戦略を変更したのも一因だが、業界一低い賃金と徹底した合理化、下請けたたきの影響が大きい」と解説します。
今年の春闘でスズキは、トヨタやホンダが2千円超のべースアップをするなか、「大手並みにはできない」(鈴木修会長)として800円の回答。しかも、全労働者一律の賃上げではありません。
労働者は成果主義賃金で競わされ、役職につかなければ何年働いても賃金が全く上がらず、家族手当もありません。
「かつて、事務所のトイレが少なく我慢して腹痛になったとの訴えがあり、調べると便器の数が労働安全衛生規則の基準の半分しかなかった。会社に言って是正させたが、こういう話はいくらでもある」
スズキの元労働者の太田泰久さんは苦笑します。残業代が払われないことを労働基準監督署に訴え、改めさせたこともあります。
長時間労働はいまも深刻です。日本共産党スズキ支部が1980年代から発行している職場新聞「わっぱ」の編集委員会は5月、本社の退社時間を調べました。夜8時から12時に1855人が退社し、そのうち10時から12時の退社が590人に上りました。
太田さんは、インドのマネサール工場では、資本の論理がさらに凶暴に労働者に加えられていたと指摘します。



マネサール工場で起きた暴力事件を現地調査し、記者会見する「労働者の権利をめざす国際委員会」の国際調査団。右から3人目が太田さん=2013年5月

【スズキの労働者の声(職場しんぶん「わっぱ」から)】
磐田工場

子どもの学費に一番お金がかかるときなのに、私の賃上げは100円だけ。鈴木修会長は400万円アップの1億5500万円。社員のことを考えてほしい

本社技術
午後11時半ごろ退社した社員が本社を出たところで恐喝に遭った。会社は「夜遅くは複数で退社を」というが、そんなに遅くまで仕事をしなければいけないことを改めるべきだ

大須賀工場
去年は会長の工場監査が3回ドタキャン。来るというたびに掃除とペンキ塗りに明け暮れた。今年も9月に来るというが、去年の繰り返しは勘弁してほしい


日本では1分に1台の割合で生産ラインに自動車が流れてくるのに対し、マネサールでは45秒に1台の割合で流れてくる。15秒も短い過密労働。
勤務途中の休憩時間は、日本が10分程度なのに対し、マネサールは7分間しかない。
1日の生産台数の目標が決められ、目標に到達するまで時間外労働を強いられる。平均2時間のただ働き残業になっている。
理由にかかわらず1カ月に1日休むと「生産性」連動部分の賃金(賃金全体の50%)の25%が削られ、3日休むとすべて無くなる。
工場労働者のうち約75%が不安定雇用で、賃金は正規労働者の4分の1程度しかない。

労組結成の直後
マネサール工場で12年7月に起きた暴力事件について、スズキは一貫して労働問題が背景にあると認めません。しかし事件は、工場の労働者がさまざまな妨害をはねのけ、自主的な労働組合を結成した直後に起きました。
自主的な労働組合がハリヤナ州労働部に登録されたのが12年3月。組合は翌月、すべての契約労働者を正規化することなどを求めた「要求憲章」を発表します。その後十数回に及ぶ交渉をへて、経営側は7月中旬にこれ以上の交渉拒否を表明。これに対抗し、組合は不払い残業拒否を表明しました。
そして7月18日に事件が起き、多くの労働組合幹部が逮捕され、2300人余の労働者が解雇されたのです。背景に労働組合をつぶす意図がなかったのか。太田さんは、日本共産党員を30年以上差別し続けた、スズキの労務政策を思い起こしました。(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2014年7月26日付掲載


トヨタの看板方式、ジャストインタイム。また下請単価たたきはよく問題にされますが、スズキでも同じようなことが行われているのですね。それも正規労働者の賃金まで低く抑えて。
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変貌する経済 自動車② 工場内に見慣れぬ男たち

2014-07-28 22:37:01 | 経済・産業・中小企業対策など
変貌する経済 自動車② 工場内に見慣れぬ男たち

スズキ自動車の株主総会で質問をした株主は、大抵の場合、会社の回答を2度聞くことになります。担当役員が答えた後で、ワンマンを自認する鈴木修会長(84)が改めて“補足”するからです。
6月末にグランドホテル浜松で開かれた今年の株主総会。2012年にインド・マネサール工場で起きた「暴動」事件についての質問に、鈴木会長はマルチ・スズキ・インディアの鮎川堅一社長からマイクを引き継ぐと、こう言い放ちました。
「暴徒は鉄パイプを持って行動した。これは計画的だ。先頭に立って収めようとした人事部長は足を折られ、そして(建物に)火をつけられた。誰がどう考えたって殺人だ。これは組合運動じゃなく暴動だ」


【カースト】 インド社会で歴史的に形成された身分制度。階層数は2千種とも。各階層ことに職業・交際・結婚・慣習などを厳格に規制。1950年の憲法はカーストに基づく差別を否定し差別解消に取り組むも一部に残存。

マッチ箱一つも
昨年、「労働者の権利をめざす国際委員会」(ICLR)の現地調査に参加した太田泰久さんは、「労働者が鉄パイプを工場内に持ち込むことは不可能だ」と強調します。会社の規則で、労働者はマッチ箱一つ工場内には持ち込めず、工場の門を通過するときは警備員の厳重な持ち物検査を受けなければならないからです。
12年7月18日の事件当日、実際には何が起こっていたのか。ICLRの調査報告書は、同日の異様な状況を生々しく再現します。

午前8時半、ある現場監督が1人の労働者にカーストの差別的な言葉を投げつけ、口答えをしたその労働者が停職処分になる事件が発生した。
停職処分の撤回を求め、労働組合が経営側と数度にわたる話し合いを持っているさなか、経営側は警察に警官隊の配備を要求。午後2時、大量の警官が工場の門前に集結した。
この日、工場内には多くの見慣れない男たちの姿があった。作業服は着ているものの名札はなく、「自分たちは新入りだ」と名乗った。
午後7時、組合と経営側が討議を再開。ちょうどそのころ「新入り」と名乗る男たちが労働者を挑発し、次第にエスカレートしていった。ついには乱闘騒ぎとなり完全な混乱状態に陥った。
交渉のテーブルに着いていた組合幹部は騒ぎに気付き、部屋を飛び出した。その直後、いままで交渉をしていた部屋から火の手が上がった。
工場内の三つのプラントのうち暴力ざたが起きていたのは一つだけだったが、火の手が広がるなか、騒ぎに気付いた他のプラントの労働者がプラント外に飛び出しはじめた。それと同時に警官隊が工場内に突入し、労働者を手当たりしだいに捕まえだした。



スズキの株主総会。前列右が鈴木修会長=6月27日、浜松市グランドホテル浜松

労組支援者の死
火災が起きた事務所内ではアバニッシュ・デヴ人事部副部長(スズキは部長と発表)が死亡していました。監察医によるとデヴ氏の死因は煙を吸いこんだことによる窒息死で、両足には鈍器による外傷が残っていました。
当時、マルチ・スズキでは、労働者の待遇改善を求める労働組合と、それをかたくなに拒否する経営側とが厳しく対立していました。デヴ氏は経営側の人物でありながら労働組合設立に積極的に関与するなど、組合の強力な支援者とみられていた人物でした。
(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2014年7月25日付掲載


ストライキにしても非暴力的で、要求をアピールするのが原則。けっして挑発には乗ってはけない。
労働運動が未熟なところを、うまく利用して警察権力を使って組合運動を弾圧したのですね。
労働者側が挑発に乗ることは間違っていますが、いかにも卑劣な手段です。
その犠牲になった組合支援の中間管理職は可愛そうです。

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変貌する経済 自動車① スズキの印工場 火の手

2014-07-27 22:23:59 | 経済・産業・中小企業対策など
変貌する経済 自動車① スズキの印工場 火の手

1979年の発売以来、 スズキ自動車(本社・浜松市)の主力製品としてモデルチェンジを続けている「アルト」は、インドでは「マルチ800」と名前を変え、今年1月の生産終了まで長く“国民車”の地位を保ってきました。
2代目アルトをベースに日本国内の規格より排気量を一回り増やしたマルチ800は、83年の発売と同時にインドの小型車市場を席巻。累計販売台数は260万台を超えます。




労組幹部を逮捕
2012年7月18日午後7時すぎ、同車を製造していたマルチ・スズキ・インディア(スズキが株の56・2%保有)のハリヤナ州マネサール工場に突如火の手が上がり、瞬く間に工場内は混乱と喧騒に包まれました。
「約100人の暴徒化したインド人ワーカーが事務所に乱入し、その場にいたスタッフに暴力を加えた。死亡1人、41人が入院、46人が病院で治療した。事務所と守衛所が放火された」
スズキの翌日付の報道機関向け声明は、事件を一部労働者による「暴動」と発表しました。同社は安全確保を理由に工場を1カ月にわたってロックアウト(閉鎖)。警察は147人の労働者を逮捕し、会社は546人の常用労働者と1800人の契約労働者を即刻解雇しました。逮捕された労働者の多くが、労働組合の中心的な活動家でした。
マルチ・スズキのインドの自動車市場占有率は42%です。日本では軽自動車に特化し、トヨタ、ホンダ、日産の後塵(こうじん)を拝するスズキも、インドでは立場が逆転します。鈴木修会長は同国政財界に太いパイプを持ち、07年には自動車産業を通じて経済の発展に寄与したとして同国政府から「インド国勲章」を贈られています。
スズキにとってもインドは、13年度の売上額全体の24%、四輪販売台数の約4割を占める、最大の生産・販売拠点です。
海外投資の模範として05年に経済産業省から「日本ブランド創造貢献企業」に選ばれたこともあるマルチ・スズキ(当時の企業名はマルチ・ウドヨグ)で、なにが起きたのか。



マネサール工場に駐留する警官=2012年7月19日(ICLRの調査報告書から)

マルチ・スズキ・インディア
インド政府が打ち出した「国民車構想」にスズキが応じ、82年に「マルチ・ウドヨグ」として発足。当初の出資額はインド政府74%、スズキ26%。スズキは次第に出資比率を上げ、02年に子会社化。07年に社名を現社名に変更。


日本方式を輸出
スズキの元労働者の太田泰久さん(「スズキの職場を働きやすくする会革新懇」会長)は昨年5月、ニューヨークに本部を置く非営利団体「労働者の権利をめざす国際委員会」(ICLR)の国際調査団の一員として、約1週間、インドに入り現地の労働者らから聞き取りをしました。
現役時代、日本共産党員であることを理由とした差別を40年近くにわたって体験し、スズキの手口をつぶさに見てきた太田さんにとっても、マルチ・スズキの実態は衝撃の連続でした。
マネサール工場では、月額賃金の50%が出勤率などの「生産性」と連動しており、事前に申請していても1日休暇をとっただけで「生産性」部分の25%が削られ、3日休むと全てなくなります。
「日本でわたしたちにやられたことが海外に輸出され、輪をかけた形でインドの労働者に押し付けられていた。彼らの話を聞きながら涙がこらえきれず、声を上げて泣いてしまった」(太田さん)
「暴動」の実態も会社の発表とは異なるものでした。



海外での生産へと傾斜を続ける自動車業界でなにが起きているのか、その実態を追います。
(つづく)(9回連載の予定です)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2014年7月24日付掲載


日本式の労務管理がインドへも輸出され、インドの労働者が苦しんでいる。それも作られた暴徒による「襲撃」が労働者の責任にされ、処罰を受ける。
ひどいやり方です。

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