く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<BOOK> 「歌は季につれ」(三田完著、幻戯書房発行)

2013年10月30日 | BOOK

【懐かしの唱歌や歌謡曲全36曲の誕生秘話、俳句も織り交ぜながら】

 筆者は慶応大学卒業後、NHKでディレクター、プロデューサーとして主に音楽番組を担当し、退職後もテレビ・ラジオ番組の制作などに携わる傍ら、執筆活動にも力を注いできた。2000年に「櫻川イワンの恋」でオール讀物新人賞、07年に「俳風三麗花」で直木賞候補。ペンネームの三田完の「三田」は母校慶応の所在地、「完」は松本清張作品の挿絵を描いた風間完画伯の名前から拝借したという。

   

 本書は俳誌「夏潮」の2010年1月号から12年12月号まで丸3年36カ月にわたって連載したものを訂正・加筆したもの。「ネタはおよそ四半世紀のあいだ歌謡曲を飯のタネにしていた時代の記憶が中心」で、ヒット曲の誕生秘話や歌手の苦労話など豊富な話題を歯切れのいい文章で綴っている。祖母は近代女流俳人の草分け、長谷川かな女(1887~1969年)。その影響もあってか、著者も40代半ばになって「俳句にハマッた」という。本書にも歌ごとに著名な俳人の句を添えている。

 取り上げた歌は戦前・戦中の「美しき天然」や「野崎小唄」「天竜下れば」「満州娘」などから、戦後の「津軽海峡・冬景色」「ペッパー警部」「黄色いさくらんぼ」「天城越え」「ひばりの佐渡情話」「春一番」など、さらに「冬の星座」「蛍の光」「蝶々」「赤とんぼ」などの唱歌まで幅広い。「ラジオ体操の歌」も入っている。

 「雪の降る街を」は1951年12月のNHKラジオ連続放送劇「えり子と共に」の中で生まれた。台本通りにやると放送時間が余ることがリハーサルで判明。そのためにドラマの作者・内村直也がその場で歌詞を書き、音楽担当の中田喜直が即座にメロディーをつけたという。とても即興でできた曲とは思えない名曲だ。

 美樹克彦のヒット曲「花はおそかった」は最後に入る「バカヤロー」という絶叫が物議を醸した。作詞したのは星野哲郎。その「バカヤロー」は太平洋ビキニ環礁での米国の水爆実験による第5福竜丸の被爆につながっているという。亡くなった久保山愛吉さんの遺骨が故郷焼津に戻った際、遺族が集まった小学校の黒板に誰が書いたのか「バカヤロー」という文字が大書されていた。それが作詞家になったばかりの星野の胸にずっと残っていて、「直接反核の歌にするのは生々しいので、恋人を喪った男の歌にしたのだという」。

 「青い山脈」は西条八十作詞、服部良一作曲。もともとは1947年に石坂洋次郎が書いた戦後初のベストセラー小説で、その2年後、今井正監督、原節子、池部良の主演で映画化された。主題歌を歌ったのは藤山一郎と奈良光枝。溌剌とした青春歌だが、作曲した服部は「大阪から京都に向かう京阪電車のなかで思いついたという」。車内が買い出しの人で超満員だったため、五線譜に書くことができず「とっさにハーモニカの譜面で用いる数字を書き留めた」そうだ。

 「野崎小唄」を歌った東海林太郎はいつも燕尾服と直立不動だったことで知られる。東京音楽学校(現東京芸大)を目指したが、望みかなわず早稲田大学に進学し、卒業後は南満州鉄道に就職した。だが音楽への道をあきらめきれず、30歳を過ぎて「赤城の子守唄」がヒット、流行歌手としての地位を不動のものにした。「燕尾服という時代がかったステージ衣裳には、クラシックを目指した東海林太郎の矜持と哀しみが込められていたのだと思われてならない」。

 スポーツジャーナリスト増田明美さんのカラオケの十八番は石川さゆりの「天城越え」。1989年の東京国際女子マラソンで増田さんは35キロ過ぎの苦しい上り坂に差し掛かったとき、「寝乱れて隠れ宿 九十九折り 浄蓮の滝……」という歌に合わせ、腕を大きく振って頑張ったそうだ。2008年にはこの「天城越え」が、大リーグ・マリナーズのイチロー選手が打席に立つときの登場曲にもなった。その年の1月、イチロー選手は兵庫県尼崎市で行われた石川さゆりコンサートを、自らチケットを買って聴きに行っていたという。

 山口百恵のヒット曲「秋桜(コスモス)」はさだまさしが作った名曲だが、もともとの原題は「小春日和」だった。これをレコード会社のプロデューサーが歌い手のイメージに合わせて改題したそうだ。山口百恵には他にも「横須賀ストーリー」や「イミテーション・ゴールド」をはじめ大ヒット曲が多い。だが、この「秋桜」を紹介した文中でレコード大賞を一度も獲得していなかったことを初めて知った。「北の宿から」や「UFO」といったヒット曲とことごとくバッティングしたようだ。

 最後に各歌に添えられた俳句の一部を――。「他郷にてのびし髭剃る桜桃忌」(寺山修司)、「生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉」(夏目漱石)、「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)、「鳥の恋峰より落つるこそ恋し」(清水径子)、「春一番武蔵野の池波あげて」(水原秋櫻子)、「こちら俳人蟹と並んで体操せん」(村井和一)。

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