【平成の大仏師・松本明慶さんが想いを込めて】
久しぶりに高野山を訪ねた。お目当ての1つが昨年、高野山開創1200年の記念事業として172年ぶりに再建された壇上伽藍の中門(ちゅうもん)。高さ16m、東西25mで、威容を誇る根本大塔と同じような朱色。壮麗な門構えに目を瞠るが、より目を奪われたのは新しく安置された広目天と増長天の胸元だった。そこにはブローチのように「セミ」と「トンボ」が止まっていた!
標高が800mを超える高地にある壇上伽藍は度々落雷による火災に遭い、焼失と再建が繰り返されてきた。伽藍の正面入り口に当たる中門も1843年(天保14年)の大火で焼失し、その後は礎石だけが残っていた。再建された中門は819年(弘仁10年)完成の初代から数えて8代目に当たる。火災の際、焼失を免れた持国天と多聞天は修復後、西塔に仮安置され、その後は根本大塔に移されていた。
広目天と増長天は中門再建に合わせて新たに造られた。作者は京都・大原野に工房を持つ〝平成の大仏師〟松本明慶師。ヒバ製で高さは持国天・多聞天と同じく約4.3m。これで中門に四天王がそろった。持国天・多聞天は伽藍の外側に向かって、広目天と増長天は内側に向かって安置されている。四天王といえば仏教界の四方を守る守護神だが、それにしてもその胸元にセミとトンボとは実に独創的な意匠。もちろん他に例を見ない。
「あれ、セミ!」「なぜ、そこに?」広目天と増長天の二天王を見上げていた参拝者、観光客の関心ももっぱら胸元の昆虫に集まっていた。セミはアブラゼミのように見える。トンボはオニヤンマか。そこに明慶師はどんな想いを込めたのだろうか。セミのオスは大きな鳴き声を遠くまで届ける。それは周囲を圧倒するほどの大音響。トンボはスイスイまっすぐ前に飛ぶ。ただ前進あるのみ。そこから広目天のセミは「威嚇」の姿勢を、増長天のトンボは「後ろにしりぞかない」という強い姿勢を表しているそうだ。高野山はいま爽やかな春風が吹き抜け、モミジなど木々の若葉も色鮮やか。トンボは目にしなかったが、ハルゼミらしきものが鳴いていた。(下の写真は㊧持国天、㊨多聞天)