く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<高野山「お化粧地蔵」> 訪日のアメリカ姉妹、地蔵を前に涙・涙!

2017年10月31日 | メモ

【テレビ番組「YOUは何しに日本へ」の中で】

 30日放映のテレビ大阪(テレビ東京)の人気番組「YOUは何しに日本へ」に、米国で中古着物販売会社を営む姉妹が登場した。2人は東京・日暮里の問屋街で着物や帯、反物などを仕入れた翌日、真言密教の霊場・和歌山県の高野山へ。聖地に足を踏み入れるや姉が感激の涙を流し、さらに奥の院参道の「お化粧地蔵」の前では2人とも涙が止まらなかった。そのワケとは?

 7年前、妹が奥の院に立ち寄ったとき、参道脇の地蔵に目が留まった。その地蔵から「着物を扱う商売をするよう」お告げを受けたという。早速、米国の姉に相談し4年前に着物の販売会社を立ち上げた。すると、その会社の売り上げは順調に伸び続け、中古着物の取り扱いで米最大手になるまでに成長した……。今回の訪日はそのお礼参りを兼ねていた。妹がお化粧地蔵に巡りあったとき、ちょうどミカンを食べていたとのことで、2人はお地蔵さんの前で、「かんぱ~い」とミカンを口にしていた。

  

 奥の院には一の橋から弘法大師空海が眠る御廟までの約2キロの間、樹齢数百年の杉木立の中に戦国武将たちの墓石や供養塔、慰霊碑などが延々と並ぶ。その数、ざっと約20万基とも。参道では多くのお地蔵さんも参拝者を温かく迎えてくれる。愛らしい2体の仲良し地蔵や数取地蔵、お助け地蔵、汗かき地蔵、爪彫り地蔵、安産地蔵、わらじ地蔵……。

 その中でも笑顔と濃いめのメイクでひときわ目を引くのがお化粧地蔵だ。このお地蔵さんにお化粧をしてあげた人は美人になるという言い伝えもあって、参拝者の人気を集めている。着物の商売で成功したアメリカ人女性たちが遠路はるばるお礼参りに来てくれたことで、テレビに映るお化粧地蔵の笑顔もより一層にこやかに見えた。

  

  

写真の墓石・供養塔は【上段】㊧から織田信長、明智光秀、石田三成【下段】㊧から多田(源)満仲、武田信玄・勝頼、徳川吉宗(いずれも2016年5月27日撮影) 

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<ヒメツルソバ(姫蔓蕎麦)> ヒマラヤ地方原産の帰化植物

2017年10月30日 | 花の四季

【別名「ポリゴナム」、金平糖のような愛らしいピンクの小花】

 タデ科イヌタデ属(ペルシカリア属)の多年草。原産地はヒマラヤ地方~インド北部で、日本には明治時代に渡来した。草丈は10~15cmと低いが、繁殖力は旺盛。茎が地面を這うように伸びて着地した節々から発根しマット状に広がるため、グランドカバーとしてよく利用される。園芸界では旧属名から「ポリゴナム」の名前で流通することが多い。

 主な花期は真夏を除く5~6月と9~11月で、小花が集まった径1cmほどのピンク色の集合花を付ける。ツブツブ状のその花姿はまるで金平糖のよう。葉は先が尖った卵形で、真ん中に暗紫色の「V」模様が入るのが特徴。秋になると紅葉し、冬には地上部が枯れるが、根は生きていて冬越しする。葉に白い斑が入る園芸品種もある。

 和名はツル状に茎を伸ばしソバのような白花を付ける多年草ツルソバに似て、草姿が全体的に小型なことから。各地の道端や空き地などで野生化しており、雑草として扱われることもしばしば。ネット検索していると、「家の前の雑草がホームセンターで売られていた『ポリゴナム』」という投稿があった。玄関口でこの写真を撮らせてもらった奈良県桜井市のご主人も「取っても取っても毎年はびこるので勝手に『ハビコリ』と呼んでいる」と話していた。

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<西陣美術織工房> 若冲「動植綵絵」の西陣織作品展

2017年10月29日 | 美術

【桜井市まほろばセンターで30日まで】

 奈良県桜井市のJR桜井駅前にある市まほろばセンターで、西陣美術織工房(京都市)による「西陣美術織 動植綵絵(さいえ)展」が開かれている(30日まで)。「動植綵絵」は江戸中期の絵師伊藤若冲の代表作。所蔵していた京都・相国寺から明治天皇に献上され、現在は宮内庁が管理している。同工房は昨年の若冲生誕300年を記念して全30幅の作品を西陣織で再現し、全国各地で巡回展を開催中。全国100カ所の開催を予定しており、桜井は55カ所目という。

 「動植綵絵」シリーズの実物は横79cm、縦142cm前後の大きさだが、西陣織の作品は横幅が着物の帯幅とほぼ同じ30cm強で、縦は60cmほど。1作品につき縦糸2700本、横糸1万5000本を使って色鮮やかに織り上げた。掛け軸に仕立て小さな実物写真と並べて展示しているが、鶏の羽や魚のうろこなど細部まで忠実に再現しており、その精巧さにただ驚くばかり。会場で貸し出しているルーペで覗くと、金や銀、赤など様々な色の糸が縦横に織り込まれてきらびやかに輝いていた。遠目では分からなかった宝石のような美しい世界にまた驚嘆した。

 同展では「動植綵絵」と並んで若冲の代表作でもある「釈迦三蔵像」三幅を再現した作品や、西陣呼称550年記念作として若冲の「菜蟲譜(さいちゅうふ)」と「動植綵絵」をそれぞれ全通帯として再現した〝織絵巻〟も展示中。さらに聖林寺(桜井市)の国宝十一面観音菩薩立像や瀬戸内寂聴さんが描いた「百歳観音」の西陣織作品、若冲晩年の傑作である襖絵「仙人掌(さぼてん)群鶏図」(大阪府豊中市の西福寺所蔵)を日本画家小野喜象氏が実物大で模写した墨彩画なども並ぶ。西陣織の匠の技を堪能させてくれる作品展だった。

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<アベリア> 夏から晩秋まで咲き続け道路脇を彩る低木

2017年10月27日 | 花の四季

【大正時代に渡来、和名はハナゾノツクバネウツギ】

 スイカズラ科アベリア属(ツクバネウツギ属)の半落葉低木。同属の植物はアジアやメキシコなどに30種ほど分布するが、わが国で単にアベリアというときは「ハナゾノツクバネウツギ」(別名ハナツクバネウツギ)を指すことが多い。アベリアの名は1810年代に中国で植物の種子や標本を収集したイギリスの医師・植物学者クラーク・エーベル(1789~1826)に因む。

 ハナゾノツクバネウツギの学名は「アベリア×グランディフローラ」。交配種を示す「×」が入っているように、この植物は中国原産で落葉性のキネンシス種(和名シナツクバネウツギ)と常緑性のウニフローラ種の交配によって、19世紀中頃イタリアで作り出された。種小名は「大きい花の」を意味する。日本には100年ほど前の大正時代に渡ってきた。

 花期が6~11月とほぼ半年に及ぶのが大きな特徴。樹勢が旺盛で強い刈り込みに耐え、暑さ寒さや大気汚染にも強いことから、道路沿いや公園の花壇、生け垣などによく植えられる。花は少しピンクがかった白で、プロペラのように先が5つに裂けた形。ハナゾノツクバネウツギのハナゾノの名前も無数の小花が次々に咲き続け、まるで花園のような様子から。ツクバナウツギは花が落ちた後の萼片が羽根つきのツクバネに、枝葉がウツギ(ウノハナ)に似ていることに由来する。花色が紅色のものや葉に斑が入った園芸品種などもある。

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<大神神社> 実りに感謝し、にぎやかに「秋の大神祭」

2017年10月25日 | 祭り

【拝殿前の石段を猛スピードで駆け上がる太鼓台】

 わが国最古の神社の一つ、奈良県桜井市の大神(おおみわ)神社で24日「秋の大神祭」が行われた。秋の実りに感謝するとともに地域の平安を祈る秋祭り。午前中の神事に続き、午後には街を練り歩いた大美和青年会のメンバーが担ぐ太鼓台・神輿や子供会の太鼓台が拝殿前に集まった。

 大神神社には本殿がなく、拝殿から御神体の三輪山を望む。その拝殿前の両脇にはこの日、赤・白・黄・緑・紫の五色絹の幟で彩られた真榊(まさかき)が飾られた。この真榊は例大祭のときにだけ飾られる。右側の真榊の上部には鏡と勾玉、左側には草薙剣(くさなぎのつるぎ)。いずれも〝三種の神器〟をあしらったものだ。拝殿では午前中、4人の巫女による神楽「うま酒みわの舞」の奉納などがあった。

  

 昼すぎから繰り出したのは大美和青年会の男性陣が担ぐ太鼓台と女性陣が担ぐ華やかな酒樽神輿。それにフレッシュ、薬師堂、金屋エンゼル、松之本、西三輪の5つの子供会の太鼓台もパッピ姿の子供たちに曳かれ街を巡った。午後3時頃になると、各太鼓台と神輿は次々と神社前に到着し、子供会の太鼓台は二の鳥居脇の裏参道の坂道を通って境内に入っていった。

 

 一方、大美和青年会の太鼓台と神輿は二の鳥居から長い直線の参道を経て拝殿前へ。まず女性陣の神輿、しばらくして男性陣の太鼓台が続いた。そのスピードの速いこと。途中、太鼓橋と拝殿前の石段下の2カ所で小休止し息を整えた後、急な石段を一気に駆け上った。参拝者から拍手が沸き起こる中、すぐさま太鼓台を3回続けて差し上げると祭りムードも最高潮に。この後、宮司から各太鼓台の関係者に紅白の御供餅などが渡され、一般の参拝者にも1人4個の紅白餅が配られた。

 

 男性が担ぐ太鼓台では小休止中も含めずっと太鼓が鳴り響いていた。その太鼓を豪快に打ち続け、担ぎ手を鼓舞していたのはなんと笑顔の印象的な若い女性だった。子供会の太鼓台でも太鼓を力いっぱい打ち続けたり、太鼓に合わせ大きな掛け声で綱を曳いたりするちびっ子たちの笑顔が輝いていた。

 

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<アンゲロニア> 直立した茎に優しい色合いの小花を穂状に

2017年10月22日 | 花の四季

【中南米原産の春まき1年草、初夏から秋まで長く開花】

 オオバコ科(旧ゴマノハグサ科)アンゲロニア属で、仲間の植物は中南米の熱帯~亜熱帯に30種ほど分布する。そのうち園芸品種として多く栽培され出回っているのは主にアングスティフォリア系(メキシコ、西インド諸島原産)とサリカリフォリア系(ブラジル原産)の2種類。もともとは多年草だが、日本では冬越しが難しいことから春まき1年草として扱われることが多い。

 アンゲロニア属の和名は「アンゲロンソウ属」で、アングスティフォリア系とサリカリフォリア系の和名はそれぞれ「ホソバアンゲロンソウ」「ヤナギバアンゲロンソウ」とのこと。ただ、こうした和名で呼ばれることはほとんどなく、種類を問わず「アンゲロニア」の名前が広く浸透している。アンゲロニアはラテン語で天使を意味する「アンゲルス」が語源という。そのためか「エンジェルラベンダー」などエンジェルを冠した商品名でも流通している。

 花期は6月頃から10月頃までと長く、直立した茎の上部に径2cm前後の小花をたくさん横向きに付ける。花色は品種改良によって青紫やピンク、白、白と青の混色など多彩になってきた。草丈は30cm前後から1m近くになるものまである。日本に入ってきたのはまだ比較的新しいが、暑さに強くて花期が長く、花色が淡く優しげなことから花壇などを彩ることが増えてきた。

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<平城宮跡資料館> 「地下の正倉院展―国宝平城宮跡出土木簡」

2017年10月21日 | 考古・歴史

【初の国宝指定を受けた貴重な木簡類を特別展示】

 奈良文化財研究所平城宮跡資料館(奈良市)で秋期特別展「地下の正倉院展」が始まった。2007年に始まったこの特別展も今年で11年目を迎え、考古ファンにとって待ち遠しい秋の恒例催事としてすっかり定着した。今年は平城宮跡出土木簡が国宝に指定されたことを受け、「平城宮第1号木簡」など貴重な実物を中心に95-点(一部レプリカ)が3期に分けて展示される。会期は11月26日まで。(写真㊨は20日開かれた研究員によるギャラリートークの一場面)

 

 平城宮跡から初めて木簡が見つかったのは半世紀以上前の1961年1月24日。以来、井戸や溝、ごみ捨て土坑などから大量の木簡が出土した。これまでに大膳職推定地や造酒司などから出土した木簡計4件2875点が重要文化財に指定されていたが、新たに309件を加えた3184点が今年3月、国の文化審議会から「平城宮出土木簡」として一括して国宝に指定するよう答申があった。そして9月15日付官報告示で晴れて国宝となった。約1300年前にごみとして捨てられた木簡が国の宝として文化財的価値を認められた意義は大きい。

     

 最初に発見された木簡(上の写真㊧=部分)は全体的に腐食が著しく読みづらいが、書き出し部分が残画から「謹啓 請…」と判読できるため何らかの依頼文とみられる。見つけた二十代の若手調査員は木片に字が書かれていることに仰天し、大慌てで水を張ったバケツに入れ自転車で報告に向かったという。ただ名誉ある「第1号」の番号を与えられたのはこの木簡ではなく、後に大膳職と推定される同じ場所から出土した39点の木簡の中の一つ。

 その第1号木簡(上の写真㊥=部分)は表に「寺請 小豆一斗 醤一…」、裏に「右四種物竹波命婦御所」などと書かれ、ある寺が4種の食材を請求したもの。竹波命婦(つくばのみょうぶ)は常陸国出身の采女で、孝謙天皇の側近だった女官とみられる。一緒に出土した木簡の年紀から、冒頭の「寺」は孝謙上皇が淳仁天皇と対立した時期に仮住まいしていた法華寺ではないかと推測されている。上の写真㊨の木簡(部分)は長さが65cmで、過所(パスポート)として用いられたとみられる。表の書き出しに「関々司前解…」(各関所のお役人に申し上げます)とあり、裏面に人名や地名が記されている。それにしても大きすぎ。当時の旅人は本当にこんなものを持ち歩いていたのだろうか。

   

 平城宮跡からは平安時代のものとみられる木簡も出土している。上の写真㊧の木簡(部分)は一度放棄された井戸の枠板を組み直し再建した井戸から見つかった。井戸が再建されたのは同時に出土した土器類などから、平安遷都後、平城上皇が嵯峨天皇との抗争に敗れ平城の旧都に戻って西宮を営んだためとみられる。木簡に記された「津守貞成」は9世紀前半に活躍した人物とみられる。木簡には「御厘殿」(みくしげどの)とも書かれているが、これは天皇の装束の裁縫などを担当する部署。奈文研では「政変に敗れた平城太上天皇に対しても天皇に準じた体制がある程度組織されていたことや、平城宮西宮が宮殿として一定の機能を維持していたことを示す史料といえるかもしれない」としている。ほかに「奈良王」など王名を記した木簡や「請飯」と書かれ支給する人数を列挙した木簡、大甕に結び付けられた付け札なども展示されている。

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<ホソバヒイラギナンテン> 晩秋~初冬に鮮やかな黄花

2017年10月20日 | 花の四季

【中国原産、葉が細長くトゲが少ないのが特徴】

 メギ科メギ属(ベルベリス属)の中国原産の常緑低木。ヒイラギナンテンの近縁種で、日本には明治の初めに渡来した。旧属名のマホニア属(ヒイラギナンテン属)から今も「マホニア・コンフーサ」の名前で流通することが多い。マホニアは米国の植物学者バーナード・マクマホン(1775~1816)の名前に因むという。

 「細葉柊南天」の名の通り、ヒイラギナンテンに比べて葉が細長くて柔らかく、縁の鋸歯も少ないのが特徴。葉の形から「柳葉柊南天」とも呼ばれる。樹高は1~2mほど。花期はヒイラギナンテンが春先の3~4月なのに対し、こちらは10~12月の晩秋から初冬にかけた時期に鮮やかな黄色の小花を付ける。

 近年、ヒイラギナンテンに代わって花壇や庭、道路沿いの植え込みなどで見かけることが増えてきた。常緑で年中青々している▽暑さに強く丈夫で、日向でも日陰でも育つ▽トゲが少なく扱いやすい▽和洋どちらの庭にも合うこと――などが人気のようだ。この花の蜜がスズメバチの好物なのか、この写真の植木にも数匹が飛び交っては花に止まっていた。園芸品種に花穂が長い「ナリヒラヒイラギナンテン」がある。

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<うたの秋祭り> ロマンあふれる往復12キロの神輿渡御

2017年10月16日 | 祭り

【宇太水分神社で太鼓台6基が勇壮な練り回し】

 奈良県宇陀市菟田野(うたの)の宇太水分(うだのみくまり)神社で15日、「うたの秋祭り・神輿渡御祭」が繰り広げられた。平安時代から続く伝統行事で、「菟田野みくまり祭」とも呼ばれる。約6キロ川上にある惣社水分神社の女神、速秋津姫命が1年に1度、男神の速秋津彦命を祀る宇太水分神社まで鳳輦(ほうれん)神輿に揺られてお渡りするというロマンあふれるお祭り。神輿を迎える神社境内では秋雨が降り続く中、勇壮な太鼓台の練り回しが披露された。

 太鼓台は菟田野地区の古市場、松井、岩崎、宇賀志、佐倉、芳野から計6基。重さは約2トンともいわれ100人前後で担ぐ。1基ずつ宮入りしては「チョーサヤ」の掛け声でぐるぐる回ったり、激しく前後左右に練り歩いたりした。「バンザーイ」と神輿を差し上げると、境内を取り巻いた観客から大きな歓声と拍手が送られた。太鼓台の中で太鼓を叩き続けるのは「乗り子」と呼ばれる子どもたち。かつては男児に限られていたが、少子化・過疎化から今では女の子も乗り込んでおり、練り回し後、肩に担がれて記念写真に納まっていた。

 

 

 女神を乗せた神輿の渡御行列が惣社水分神社を出発したのは午前8時ごろ。行列は奴の手振りや槍振り、花籠、神輿太鼓などで構成し、11時すぎに中間地点で宇太水分神社の神職や氏子に出迎えられた。ここで秘餞のお供え物として化粧品が渡され、女神は男神に会う前にお化粧をするという。宇太水分神社に到着したのは太鼓台の練り回しが終わった直後の午後2時すぎ。降り続く小雨が本降りになった直後だった。遠路はるばるやって来て1年ぶりに夫の男神に会える喜びの涙雨か。太鼓台の豪華な飾りや彫刻は芸術的にも一見の価値があるという。次回は秋晴れの下で勇壮な練り回しを見たいものだ。

 

 

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<須佐神社・千田祭> 組太鼓が響く中、荒々しく神輿渡御

2017年10月15日 | 祭り

【〝けんか祭り〟の異名も、浜辺で鯛の奪い合い】

 和歌山県有田市千田の須佐神社(千田宮)で10月14日、例大祭「千田祭(ちだまつり)」が行われた。〝千田の喧嘩祭り〟の異名をとる荒々しい祭りとして知られる。重さが1トン近い大神輿を急な石段から滑り落とし、担いでは放り投げ、その果てには海中に引きずり込んで沈めてしまう。さらに「鯛投げ神事」では男衆が喧嘩腰で鯛の奪い合い。評判通り、見どころ満載の激しい祭りだった。

 同神社の祭神は素戔鳴尊(須佐之男命)。この祭りは400年以上の伝統を誇る。まず大神輿が拝殿の中に入って御霊遷しが行われ、拝殿前で天狗や獅子の舞が奉納された。この後、法螺貝を合図に男女の子供神輿、稚児行列に続いて大神輿が出発。拝殿の中からの神輿渡御は他の神社では見られない光景という。大神輿を担いで二つ折れの急な石段を下るのはとても無理。このため滑り落とすのだが、途中で白装束の男衆数人が転ぶなど「あわや」と思わせる危ない場面もあった。大神輿が無事に二の鳥居まで下ると、観客から大きな拍手が沸き起こった。

 

 

 石段下では8地区の組太鼓が横笛に合わせ太鼓の演奏を約2時間にわたって奉納した。山車の飾り物は工夫を凝らして手作りしたもので、今年はテニスの錦織圭選手や干支に因んだ鶏などもあった。太鼓は右に大、左に小。打ち手は屈んでこの2つの太鼓を巧みに打ち鳴らしていた。その演奏はいずれも豪快かつ小気味のいいもので、中高年のほか多くの小中学生や女の子たちも笛や太鼓をうまく演奏していた。ここでは伝統がうまく継承されているとの印象を持った。

       

  

 この後、大神輿は組太鼓8基や子供神輿に先導されて高田浜まで巡行。それに先駆け二の鳥居前では大神輿が担ぎ上げられては何度も放り投げられて地面に叩きつけられた。そのたびに「ドッスン」という地響きとともに大きな歓声が起きた。浜辺に着いた大神輿は今度は〝禊(みそぎ)〟のため海の中に引っ張り込まれ、ほとんど海中に沈んで一回転。ロープを引っ張って陸に揚げようとすると、それを阻もうと神輿を海側に曳くせめぎ合いも演じられた。

 

 夕暮れが迫る中、祭りはいよいよクライマックスに。浜辺に設けられた2つの櫓(やぐら)を舞台に「鯛投げ神事」と「餅投げ神事」。男児たちが大きな鯛6匹を投げ落とすと、法被姿の男性たちが激しい奪い合いを演じた。鯛を手に入れると1年間大漁や幸運に恵まれるといわれ、手にした男性たちは我勝ちに全速力でその場を離れていた。櫓の真下ではその後も1匹の鯛を巡り数十人の争奪戦が続いていた。その鯛は元の形をとどめなくなったのではなかろうか。

  

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<アゲラタム> アザミのような青紫の小花がこんもりと密集

2017年10月13日 | 花の四季

【原産地は熱帯アメリカ、夏から晩秋まで長い花期】

 キク科アゲラタム属(カッコウアザミ属)。同属の植物は熱帯アメリカなど中南米に数十種類分布するが、花卉として栽培されてきたのはコニゾイデス(和名カッコウアザミ)とホウストニアヌム(オオカッコウアザミ)の2種。ただ最近多く出回り主流となっているのは後者とその園芸品種で、単にアゲラタムという場合もオオカッコウアザミの仲間を指すことが多い。本来は多年草だが、寒さに弱く日本では冬に枯れるため春まき1年草として扱われている。

 属名でもあるアゲラタムはギリシャ語の「a」(否定語)+「geras」(老年)を語源とする。「古くならない」「年をとらない」を意味し、花色が長く褪せないことを表す。アゲラタムの花期は長く、6月頃から霜が降りる11月頃まで咲き続ける。花色は青紫のほか白や空色、ピンクなどがあり、草丈も20cmほどの矮性種から80cmぐらいになる高性種まである。

 和名カッコウアザミ(藿香薊)の名付け親は植物学者の松村任三博士(1856~1928)。卵形の葉の形が漢方薬になるシソ科の多年草カッコウ(生薬名藿香、和名カワミドリ)に似て、花の様子がアザミのようなことによる。アゲラタムは花期が長いこともあって花壇や鉢植えのほか切り花用としても人気だが、原産地では野草化し、アフリカやアジアなど世界各地の熱帯~亜熱帯でも帰化植物として雑草扱いされている。日本でも沖縄の一部や八丈島、小笠原などに帰化しているそうだ。

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<馬見丘陵公園> シンボルツリーの巨木セコイアがなくなった!

2017年10月11日 | アンビリバボー

【第7回フラワーフェスタ、15日まで開催中】

 奈良県営馬見丘陵公園(広陵町~河合町)で「第7回馬見フラワーフェスタ」(10月7~15日)が開かれている。ダリアやコスモスなど約25万株の花々が、甲子園球場十数個分の広大な公園を華やかに彩る。公園散策は春4月以来ほぼ半年ぶりで、まず公園館に立ち寄った後、中央エリアのバラ園や「花の道」へ。バラ園のそばでは色とりどりのコスモスが大きな輪を描いて咲き乱れていた。ただこれまで見慣れた風景とちょっと違う。円形のお花畑の中心にあるはずの巨木が忽然と姿を消していたのだ。

 その巨木は北米原産の常緑針葉樹センペルセコイア(スギ科セコイア属)。これまでチューリップやコスモスなど四季折々の花の輪の中心にあって圧倒的な存在感を発揮してきた。いわば中央エリアのシンボルツリー的な樹木。改めて3年前の2014年4月に撮った写真(下の写真㊧)を見ると、逞しい生命力を示すように緑は濃く幹は天高く伸びていた。

 

 ところが今年4月のチューリップフェアの際に撮った写真(㊨)ではすっかり元気をなくしてかなり落葉し背丈も縮んでいるようだった。記念館によると、結局樹勢を回復できず枯れてしまったため5月頃やむなく伐採したとのことだった。〝ナラ枯れ〟が全国的に問題になっているが、同公園内では雑木の立ち枯れも増えており、相談窓口の方は「伐採が追いつかない状況」と嘆いていた。

 

 そうした問題を抱えながらも、園内ではフラワーフェスタに向けて丹精込めて栽培した花々がちょうど見頃を迎え連日多くの来場者でにぎわっている。奈良県はダリアの球根生産日本一とあって、北エリアのダリア園では約120種1000株の多彩なダリアが見事に咲き誇る(上の写真㊨)。このほかニューギニアインパチェンス(下の写真㊧)や宿根サルビアの仲間(写真㊨)、ジニア(百日草)、マリーゴールド、キバナコスモスなども起伏に富む園内を色鮮やかに彩っている。植木市や園芸相談、ステージイベント、人気シェフが特別メニューを提供する「シェフェスタin馬見」なども開催中。

 

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