く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<アカショウマ(赤升麻)> 白い穂状の花、赤みを帯びた根茎

2015年05月31日 | 花の四季

【ユキノシタ科、園芸種「アスチルベ」は多彩な花色】

 ユキノシタ科アスチルベ属(チダケサシ属)の多年草。本州の東北~近畿や四国の山地に自生する。5~7月ごろ、茎の先に長い総状花序を伸ばし、白い小花をびっしり付ける。名前は外見がキンポウゲ科のショウマ類の植物に似て、根茎が赤みを帯びることから。

 同じ仲間のアスチルベ属に花が淡紅白のチダケサシやアワモリショウマ、トリアシショウマなど。トリアシショウマは直立した茎が3つに枝分かれする様子を鳥の足にたとえたという。この他にも様々な変種が各地に分布する。ヒメアカショウマは全体的に小ぶりで四国に自生する。ハナチダケサシは中部山岳地帯、葉にツヤがあるテリハアカショウマやツクシアカショウマは九州に分布する。

 属名と同じ「アスチルベ」の名前で、ドイツを中心に品種改良された多くの園芸品種が出回っている。その多くが日本のアワモリショウマとキネンシス種と呼ばれる中国原産のアスチルベの交配によって生まれた。園芸種には草丈が10cm台の矮性種から1m近いものまであり、花色も白のほか赤やピンク、暗褐色など多彩。泡粒のような小花が集まって咲く様子から「アワモリソウ(泡盛草)」とも呼ばれる。

 同じショウマでもキンポウゲ科とユキノシタ科では植物分類学上全く別物。キンポウゲ科のサラシナショウマなどの根茎は古くから解熱や解毒作用のある生薬として用いられてきた。一方、ユキノシタ科のアカショウマやアワモリショウマなども「赤升麻」と呼ばれ、その代用品として使われてきた。ツクシアカショウマは環境省のレッドリストで準絶滅危惧種。

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<生駒市立公園ふろーらむ> 「りんご園」で摘果・袋掛け作業

2015年05月30日 | メモ

【「ふじ」「つるが」など40本、10月ごろに収穫】

 奈良県生駒市の市立公園「花のまちづくりセンター ふろーらむ」のリンゴ園で、摘果と袋掛け作業が行われている。リンゴの一大生産地といえば、まず青森県、次いで長野県。関西など暖かい地域では栽培自体が珍しい。ここ「ふろーらむ」では栽培担当者の丹精込めたお世話で、春には可愛いリンゴの花が楽しめ、秋にはその恵みを頂くこともできる。

 りんご園は2001年の「ふろーらむ」開園と市制30周年を記念して植樹された。「ふじ」「つるが」を中心に40本。ここ数年は秋に1000~1500個ほど収穫できるようになった。ただ昨年は摘果が不十分だったこともあって約2000個実ったものの、やや小玉が目立ったそうだ。

 開花から約1カ月。28日久しぶりに訪れたところ、受粉した花は早くも直径3~4cmほどの大きな梅のような実に。その中で一番大きく充実した実を残して他の実を摘み取る摘果作業と病害虫を防ぐための袋掛け作業に、男女3人の担当者が精を出していた。

 

 植樹から約14年。木によって大きな実を100個ほど実らせるものがある一方で、10個も収穫できない木があるなど差が出てきた。その最大の原因がカミキリムシの幼虫による枝や幹内部の食害。地際から地上1~2mの幹が被害に合いやすいという。そのため防虫剤が施された幹はまるで白いギプスをはめられたように太く白くなっていた。

 担当者にとってカラスなどの食害も頭痛のタネ。このため実が大きくなってくる7月ごろには防鳥ネットを張り巡らす。台風シーズンには強風による実の落下も懸念材料。それらの問題をクリヤして無事10月になると待望の収穫。その直前10日ほど前には太陽をいっぱい浴びさせ色づきを良くするための袋の取り外し作業も控えている。収穫されたリンゴは11月の「花・緑まちづくりフェスタ」などで市民にプレゼントされる予定だ。

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<キンギンボク(金銀木)> スイカズラの仲間、花色が白から黄色に

2015年05月28日 | 花の四季

【赤い実が2つくっ付く形から「ヒョウタンボク」とも】

 スイカズラ科の落葉低木。北海道と本州の東北地方、日本海側、四国の山地に自生し、4~6月ごろ、1つの花柄に2つずつ花を付ける。よく似たスイカズラ同様、甘い香りを発散し、花色も咲き始めの白が次第に黄色に変化していく。「金銀木」の名前も黄(金)と白(銀)の花が入り乱れて咲く様に由来する。つる性のスイカズラも「金銀花」の別名を持つ。

 花後の7~9月ごろ、径6~8ミリほどの球形の赤い実が2つ、くっ付いて熟す。その形を小さなヒョウタンに見立てて「ヒョウタンボク(瓢箪木)」とも呼ばれる。○○ヒョウタンボクと呼ばれる仲間に、花や葉が大型のオオヒョウタンボクやウスバ、チシマ、ベニハナ、ニッコウヒョウタンボクなど。これらも2果が合着する特徴を持つ。

 真っ赤な実は一見甘そうだが実は有毒。口にすると苦くて、嘔吐や下痢など中毒症状を起こす恐れも。ただ小鳥は食べても中毒を起こさないそうだ。スイカズラ属の植物は枝の髄が中空のものと中実のものに大別される。キンギンボクはスイカズラやハマニンドウ、ハナヒョウタンボクなどと同じく中空。一方、ウグイスカグラやオオヒョウタンボクなどは中実。

 キンギンボクは環境省のレッドリストには掲載されていない。ただ、都道府県段階では山口県で絶滅危惧Ⅰ類、隣接する島根県と鳥取県でも同Ⅱ類に分類されている。山口県内では萩市の海岸で見られるものの、県は「生育数が限定されており、個体数も少ない」と近い将来の絶滅の可能性が懸念されるとして絶滅危惧種に指定した。

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<手作り〝くまモン〟> 昨夏から65体、孫やひ孫に大人気!

2015年05月27日 | アンビリバボー

【門司在住の91歳女性、近所の知人たちにもプレゼント】

 熊本県のPRマスコットキャラクター「くまモン」。2011年春の九州新幹線鹿児島ルート全線開業を機に登場するや、その年の「第2回ゆるキャラグランプリ」で堂々の1位に。ゆるキャラブームの中で人気は絶大、知名度は群を抜く。写真はそのくまモンのかわいいミニ縫いぐるみ。といっても市販のグッズではない。91歳の女性が趣味として孫やひ孫たちのために手作りした愛情あふれる作品だ。

 女性は福岡県北九州市門司区在住。もともと手先が器用で、これまでも毛糸を使った人形や十二支の動物などを作ってきた。くまモンを作り始めたのは昨年7月のこと。台風8号の影響で避難指示が出たため、避難先の宿泊施設へ。そこで退屈しのぎにくまモンに挑戦したのがきっかけだ。

 

 本物のくまモンの着ぐるみは身長が約2mもあるが、この人形は体長10cmほどのミニサイズ。それでも1体作るのにほぼ1日を要するという。これまでに作ったのは65体。よく見ると、目や口、眉、赤いほっぺなどの形や大きさが微妙に異なる。表情が少しずつ違うのも手作りの味わい深いところだろう。

 孫やひ孫たちの喜ぶ顔がくまモン作りの張り合いになっている。他にも近所の知人にプレゼントしたり、通院先の病院の窓口に飾ってもらったり。最近評判を聞き付けた知人の1人から「私にも作って」との要望が舞い込んだ。小さな手作りくまモンが大きな笑顔の輪を広げている。(写真は大阪府在住のO・Hさん提供)

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<バイカウツギ(梅花空木)> 梅に似た清楚な純白の4弁花

2015年05月26日 | 花の四季

【別名「サツマウツギ」、欧州に渡って交配親に】

 アジサイ科(またはユキノシタ科)バイカウツギ属の落葉低木で、本州、四国、九州の山地に自生する。バイカウツギ属は日本のほか中国、欧州、北米など北半球に広く分布する。その数、30種とも60種とも。ヨーロッパを中心に品種改良されてきた「セイヨウバイカウツギ」は日本のバイカウツギより成長が早く、花はやや大型で芳香も強いのが特徴。

 学名は「Philadelphus satsumi」。属名の「フィラデルフス」は紀元前3世紀のエジプト王、プトレマイオスⅡ世フィラデルフスに因むそうだ。種小名の「サツミ」は「薩摩産」の意。この学名からバイカウツギには「サツマウツギ」という別名もある。ただ、九州での南限は宮崎―熊本で、鹿児島にはほとんど自生していないとも。

 5~7月ごろ、枝先の集散花序に径3~4cmほどの純白の花を5~10個付ける。花に芳香があり形が梅に似ていることから「梅花空木」と命名された。ただ、梅の花弁が5枚なのに対しバイカウツギは4枚という違いがある。花に清楚な美しさがあることから古くから庭木や茶花、生け花の花材として好まれてきた。

 変種に葉の裏に毛が多いニッコウバイカウツギ(別名ケバイカウツギ)、花がやや小さいシコクウツギ、両者の雑種ともいわれるアイノコバイカウツギなどがある。セイヨウバイカウツギのうちフランスで作出された「ベルエトワール」は大輪で中心部がうす紅色になることから「ヒノマルバイカウツギ」とも呼ばれる。秋田県で絶滅危惧Ⅰ類、千葉、鳥取、福岡県で準絶滅危惧種。

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<ふるさとミュージアム山城> 企画展「山城の中世城館を掘る」

2015年05月25日 | 考古・歴史

 京都府木津川市の「ふるさとミュージアム山城」(京都府立山城郷土資料館)で企画展「山城の中世城館を掘る」が開かれている。京都府教育委員会が2009年度から14年度まで6年がかりで旧山城国地域を対象に実施した中世城館跡発掘調査の成果を一堂に紹介するもの。6月28日まで。

 堀や土塁などの防御施設を備えた中世城館が現れるのは平安時代後期になってから。院政を敷く上皇や法皇の院御所に警固する北面の武士が置かれるなど、武士が台頭してくる時期と重なる。旧山城国の城館は①平地の城館が多く、山城が少ない②城郭化する寺院が多い③歴史上有名な人物が築いた城館や時代を大きく変える戦いの舞台となった城館が多い――といった特徴を持つ。(写真は㊧今里城跡出土の「毬杖(ぎっちょう)」の球、㊨本能寺城跡出土の「能」異体字銘の軒丸瓦)

 

 企画展では巨大な堀に囲まれた城館出現期の佐山遺跡(久御山町)や下海印寺遺跡(長岡京市)から、豊臣秀吉が築いた聚楽第跡、伏見城跡(いずれも京都市)まで26の遺跡からの出土品を展示する。展示総数は刀や瓦、陶磁器、木製品、石仏、銭貨など366点に上る。

 平地城館の今里城跡(長岡京市)からは毬杖(ぎっちょう)の木製ボールが出土した。毬杖は今のホッケーのような遊びで正月行事の1つだったという。小田垣内遺跡(京田辺市)は数少ない山城の1つで、土塁の中から石仏が出土した。室町時代の共同墓地を削ったり埋めたりしていることから、外部から侵入した勢力が急ごしらえで山城を築いたとみられる。

 

 山科本願寺跡(京都市)の中心部からは風呂や厨房などの遺構が見つかり、宗主一族が使用したとみられる陶磁器なども出土した。本能寺城跡(同)の南北堀からは本能寺の変で焼けた建物の瓦が大量に見つかった。本能寺の「能」の異体字銘の軒丸瓦も出土した。

 山崎の戦いで明智光秀が本陣を構えた御坊塚とみられる恵解山(いげのやま)古墳(長岡京市)では、周濠などから合戦で飛び交ったとみられる火縄銃の弾丸が出土した(上の写真㊧)。聚楽第跡(京都市)からは大量の金箔瓦が見つかっているが、その中には勝龍寺城(長岡京市)や山崎城(大山崎町)などの瓦に金箔を貼って再利用したものもあった(同㊨)。

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<モッコウバラ(木香薔薇)> 枝葉を覆い尽くす黄色い八重の小花

2015年05月24日 | 花の四季

【原産地は中国、江戸時代中頃に渡来?】

 多花性のつる性常緑低木。バラに特有のトゲがほとんどなく、病害虫にも強いとあって人気が高い。成長が早いため、庭のアーチやフェンスに絡ませて楽しむ人が多い。原産地は中国西南部だが、日本では江戸時代から庭で栽培されていたという。和名は漢名「木香花」の音読みから。「スダレ(簾)バラ」「スダレイバラ」ともいわれる。

 モッコウバラといえば写真のような黄色い八重の花を連想しがち。ただ白花もあり、ともに一重と八重がある。磯野直秀氏の「明治前園芸植物渡来年表」によると、まず八重の白花が1760年に渡来し、黄花がやって来たのはそれからずっと後の1849年という。白花は黄花ほど多花性ではなく成長も遅いが、黄花にはない芳香を発するという特徴を持つ。

 学名は「ロサ・バンクシアエ」。種小名の「バンクシアエ」は英国の著名な植物学者ジョゼフ・バンクス(1743~1820)の夫人にちなむ。モッコウバラは現在英国に留学中の秋篠宮家第一女子・眞子内親王の「お印」としても知られる。23年余り前の「命名の儀」で発表されてから、モッコウバラの人気も一段と高まった。

 愛知県半田市の「萬三の白モッコウバラ」は市指定の天然記念物。明治の豪商「小栗家(萬三商店)」の庭にあるこのバラは樹齢推定約150年で、国内では最古・最大級といわれる。その花から取得した酵母を使った日本酒がこの4月、数量限定で発売された。ハートのような2本の幹のユニークな形にちなんで、その商品名は「愛してる」とか。

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<芭蕉翁記念館> 企画展「俳諧と絵画」

2015年05月23日 | 美術

【芭蕉や許六の自画賛、伝蕪村筆『芭蕉翁涅槃図』など】

 三重県伊賀市の芭蕉翁記念館で企画展「俳諧と絵画」が開かれている。俳句と絵を組み合わせた画賛、句とその作者を描いた画幅、絵が入った句集など、俳句と絵画の両方を楽しむことができる作品約60点を展示中。6月21日まで。(写真は上野公園内の「芭蕉翁記念館」㊧と「俳聖殿」)

 

 芭蕉筆の『「茸狩(たけがり)や」画賛』は芭蕉が書いた「茸狩やあぶなきことにゆふしぐれ」に、弟子で〝蕉門十哲〟の1人、許六が小枝に刺したマツタケ2本の絵を添えたもの。狩野安信に絵を学び画技に優れていた許六を、芭蕉は絵の師として仰いでいた。その許六の『「ほとゝぎす」自画賛』は「ほとゝぎす勢田は鰻の自慢かな」の句に、瀬田の唐橋と飛ぶホトトギスを描いた作品。

 「はつしぐれ猿も小みのをほしげなり」。芭蕉が奥の細道の旅を終え故郷伊賀の山中で詠んだこの句は最高傑作の1つといわれる。『芭蕉翁行脚図』は芭蕉の姿にこの句を添えたもので、俳人の島本青宜と円山四条派に日本画を学んだ平福穂庵の作品。四条派の絵師横山清暉の『芭蕉と蛙図』は上に芭蕉、下に1匹のカエルを描いただけだが、あの句「古池や……」が聞こえてきそうな雰囲気が漂う。

 伝蕪村筆といわれる『芭蕉翁涅槃図』は1783年(天明3年)、芭蕉90回忌の作。釈迦入滅の涅槃図の構図を借りて、大坂で没した芭蕉の終焉の様子を描く。横たわる芭蕉を囲む多くの弟子たちの衣服には「許」「杉」「土」「越」「露」など俳号の一字が記されている。他の作品に芭蕉門人の杉風筆『「風鈴を」猫の画賛』、露川筆『「竹は花」自画賛』なども。

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<オウギカズラ(扇葛)> 山地の木陰に素朴な小花をひっそりと

2015年05月22日 | 花の四季

【日本固有種、学名「アジュガ・ジャポニカ」】

 シソ科キランソウ属(アジュガ属)の多年草。山地の木陰などやや湿っぽい場所を好む多年草で、4~5月ごろ、上部の葉っぱの付け根に長い筒部を持つうす紫色の唇形の小花を付ける。上唇は2裂、下唇は3裂し大きな真ん中の裂片に筋が入る。草丈は10~20cmほど。

 日本固有種で「アジュガ・ジャポニカ」という学名が付けられている。葉の形は五角状心形と呼ばれ、葉の縁には浅い切れ込み(鋸歯)が入る。その葉が扇の形に似て、花の終わるころ、根元の節から走出枝を伸ばして広がることから「扇葛」の和名が付いた。

 キランソウ属ではセイヨウキランソウが園芸店で「アジュガ」の名前で扱われて広く知られている。日本にもオウギカズラ、キランソウなど10種余りのキランソウ属の植物が自生する。花姿を平安装束に見立てたジュウニヒトエも同じ仲間。他にヒイラギソウ、ニシキゴロモなどがある。

 オウギカズラは環境省のレッドリストに掲載されていないものの、全国で野生種の減少が続く。京都府では「近年全く自生の情報がない」として絶滅種に指定。他にも兵庫、島根、山口、宮崎の各県で絶滅危惧Ⅱ類、奈良や滋賀、大阪、和歌山、三重などでも準絶滅危惧種になっている。

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<BOOK> 『高崎山のベンツ 最後の「ボスザル」』

2015年05月21日 | BOOK

【江口絵理著、ポプラ社発行】

 「シャーロット」命名騒動が大きな話題を呼んだニホンザルの王国「高崎山自然動物園」(大分市)。ベンツはその高崎山で3つあったサルの群れのうち2つのグループのボスザルとして君臨するなど数々の伝説を作った。その波乱の生涯を綴ったノンフィクション。

      

 つい表紙の写真に見入ってしまう。赤ら顔、白髪、鋭い眼光……。その表情には自信と風格が漂う。名前のベンツも高級車メルセデスベンツに因むらしい。1978年生まれ(推定)でB群の中で育ってトップまで登り詰める。ボスザル就任時はまだ9歳。高崎山で知られる限り史上最年少の若さだった。ところがベンツはC群のメスザルに夢中になって群れを離れる。1週間ほどして戻るとベンツに居場所はなかった。

 「女性問題で失脚したサル」。不名誉なレッテルを貼られたベンツはやむなくC群に加わる。ただ新参者だけに最下位グループからの再出発。「ベンツは地位の低い若いオスにもいじめぬかれ、子ザルが横を通りすぎただけでもこわがって泣きっ面をしていた……恋に生きたベンツ。でもその代償はあまりにも大きなものでした」。しかし、ベンツは少しずつ順位を上げていく。

 C群1位のゾロは仲間思いで、群れからの信頼が厚かった。一方、2位となったベンツは生来気性が荒く、他の群れに対してにらみが利いた。「この対照的な二匹のトップ体制は十年以上も安定して続いた」。この間、ベンツは寄せ場(餌やり場)でA群を威嚇し続け、ある日「たった一匹で、(A群の)八〇〇匹のサルを追い払ってしまった」。それ以降、A群のサルがまとまって寄せ場に現れることはなく、事実上A群は消滅してしまった。

 そして2011年、ゾロの後を継いで713匹という大きな群れのC群トップに就任する。このときベンツ32歳。ニホンザルの寿命は25~30歳といわれており、ベンツの歳を人に当てはめると既に100歳以上という高齢だった。2位はゾロの弟ゾロメ。ベンツはその後も前代未聞の話題を提供する。2013年9月行方不明に。その半月後、高崎山から直線距離で7キロ離れた市街地で発見・保護される。

 群れを半月も離れた高齢ボスは復帰できるのか。しばらくして寄せ場に放たれたベンツ。その傍らにゾロメが座る。そしてベンツの毛づくろいを始めた。ベンツが不死鳥のようにボスとして蘇った瞬間だった。「ゾロメはベンツが自分の兄のゾロと二人三脚で長くC群のトップを守り、A群を消滅させるほどの武勇をほこったのをずっと間近で見てきました……まるでそのお返しに、今度はゾロメがベンツを支えているようにも見えます」。だがベンツはその2カ月後、寄せ場で目撃されたのを最後に姿を消す。1カ月後には死亡と認定された。

 ベンツにはその後「名誉ボス」の称号が贈られた。高崎山の入り口には寄せ場の指定席だった切り株に座ったベンツのブロンズ像が飾られている。ところで高崎山では一番地位の高いメスは「メスガシラ」や「婦人会長」と呼ばれるという。メスガシラには上位のオスたちも一目置くので、力の強いオスに対しても遠慮なく振る舞うそうだ。話題のシャーロットはいつの日かメスガシラになることができるのだろうか。

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<キエビネ(黄海老根)> 森林の中、遠目にも鮮やかな黄花が林立

2015年05月20日 | 花の四季

【主に西日本に自生、環境省は絶滅危惧種に指定】

 ラン科エビネ属の多年草。エビネが主に関東、中部など東日本に多いのに対し、キエビネは比較的暖かい近畿以西の西日本の樹林内に多く自生する。花の形などはエビネに似ているが、全体に大型なことから「オオエビネ(大海老根)」の別名を持つ。花の黄色が鮮やかなため、遠くからでもよく目立つ。

 花期は4~5月ごろ。高さ40~50cmほどの花茎をまっすぐ伸ばし、1本の茎に10個前後の大きな花を円錐状に付ける。「海老根」は地下茎の形をエビになぞらえた名前。学名は「Calanthe sieboldii」で、江戸時代後期に長崎・出島に滞在したドイツの医師・植物学者のシーボルト(1796~1866)にちなんだ種小名が付けられている。

 エビネとキエビネはかつて日本の東西でほぼ棲み分けていた。ところがエビネの分布域が次第に西日本に広がるにつれて様々な自然交雑種が生まれた。その1つがタカネ(ソノエビネ)。エビネとキエビネの雑種で、四国や九州に多く分布する。他にヒゼン(エビネ×キリシマエビネ)、サツマ(エビネ×キエビネ×キリシマエビネ)などがある。

 エビネ属の植物はもともと近くに分布する同属と交雑しやすい性質を有する。加えて乱獲などで群生地も減少し、純粋なキエビネの野生種は極めて少なくなってきた。環境省のレッドリストでは近い将来に野生での絶滅の危険性が高いとして「絶滅危惧IB類」に分類されている。「ひめゆりの花芽伸び立つ傍らを黄えびね幾つ群れなして咲く」(碇弘毅)。

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<近畿大学農学部> 里山学連続講座「里山を食べる」

2015年05月19日 | メモ

【三浦雅之さん「大和伝統野菜は気候風土に適し、おいしく作りやすい」】

 近畿大学農学部(奈良市)の「里山学連続講座」2015年度第1回公開講座が17日「里山を食べる」を総合テーマに開かれた。同講座は今年で10年目、通算では47回目の講座。NPO法人「清澄(きよすみ)の里」代表の三浦雅之さんが「大和伝統野菜を守る、食する~プロジェクト粟のとりくみ」、農学部准教授の鶴田格さん(農学博士)が「昆虫食の世界」と題して講演した。

 三浦さんは大和伝統野菜の保全・栽培・利用などを目的に、NPOと株式会社粟、集落営農組織の五ケ谷営農協議会という3つの組織で「プロジェクト粟」を展開中。栽培する野菜は奈良の地元野菜を中心に内外約120種類に上る。2002年に正暦寺近くに伝統野菜を食材とする農家レストラン「清澄の里 粟」を開業、09年には姉妹店「粟ならまち店」を開店した。さらに今月7日にはならまちセンター内に奈良市との官民共同事業として「coto coto(コトコト)」をオープン。展示スペースも備え、奈良の食材と地域情報の発信拠点として期待されている。(写真はレストラン「清澄の里 粟」と、のんびり草を食むレストランで飼っているヤギたち)

 

 三浦さんは伝統野菜と伝統文化、生物の多様性には相関関係があると指摘する。「伝統野菜が残っている地域には祭りなどの伝統文化が残っており、昆虫など多くの生き物も生息している」。三浦さんが農家の方々になぜ伝統野菜づくりを続けてきたか問うたところ、異口同音に「おいしくて、つくりやすいから」という答えが返ってきたという。「作りやすいのは気候・風土に適しているということ。いずれの方たちももうかるからではなく、家族や近隣の人が食べて喜ぶかどうかを基準に野菜を作ってきた」。

 地域の足元を見直し、歴史的・文化的なものを大切にしていこうという動きが〝地元学〟として注目されている。その中で重視されるのが「七つの風」。風土・風味・風景・風物・風習・風俗(ふぞく)・風情。三浦さんは伝統野菜の中にこそ、この七つの風がバランス良く取り入れられていると考える。「(日用品の中に〝用の美〟があると)柳宗悦が提唱した民芸運動の役割を、これからは伝統野菜が果たすのではないか。伝統野菜にはその力があると期待している」。

 昆虫食について講演した鶴田さんはまず「動物の中で圧倒的な種数を誇る昆虫は地上最大の未利用生物資源。栄養価から見ても昆虫は他の食料と同等か、より優れている」と指摘した。国連のFAO(食糧農業機関)も2013年の報告書で、動物性タンパク質の生産コストの上昇、食料安全保障、環境負担軽減などから、従来の家畜や飼料源の代替物として昆虫食の可能性を評価しているそうだ。

 昆虫食は現在でも世界各地で重要な食料の一部になっており、とりわけ東南アジアは昆虫食が盛んな地域として知られる。「日本でもかつては昆虫食が盛んで、里山の暮らしの一部だった」。約100年前の1919年の全国調査によると、ハチやガ、バッタ、甲虫類など計55種が日常的に食されており、何らかの虫を食していると回答した府県は41に達した。第二次大戦前後、イナゴはカルシウムに富む栄養価の高い食物として学校給食にも取り入れられていたという。

 今もイナゴやハチの子、カイコの蛹の佃煮や甘露煮などが長野県などではごく普通に販売されている。鶴田さんは「昆虫食は他の食料が入手できないという貧しさからではなく、それがおいしく好きだから食べられてきた。それぞれの地域の食文化として根付いているもので、昆虫食を気持ち悪いと思うのは文化的な偏見。(日本人の好物の)タコを〝デビル(悪魔の)フィッシュ〟として食べない国もある」などと話した。

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<スズラン(鈴蘭)> 純白の壷状の小花が鈴なりに 「君影草」とも

2015年05月12日 | 花の四季

【自生南限の奈良市吐山と宇陀市向淵の群落は国指定の天然記念物】

 5~6月ごろ、2枚の大きな長い葉っぱの陰に隠れるように、弓状に曲がった花茎に鈴のよう可憐な小花を5~10輪ほど付ける。その花姿から「鈴蘭」と名付けられた。ただし、ランの仲間ではなくユリ科スズラン属の多年草。「キミカゲソウ(君影草)」というロマンチックな名前もある。

 日本スズランの学名は「コンヴァラリア・ケイスケイ」。「コンヴァラリア」の語源はラテン語の「谷」と「ユリ」。英名も「リリー・オブ・ザ・バレイ」。日本でも「タニマノヒメユリ(谷間の姫百合)」とも呼ばれる。種小名の「ケイスケイ」は「雌しべ」や「花粉」などの名付け親として知られる理学博士の伊藤圭介(1803~1901)にちなむ。日本スズランは主に本州中部以北と北海道に分布し、北海道の札幌市、恵庭市、砂川市、長野県の駒ケ根市など多くの自治体の「市町村の花」になっている。

 ただ、日本で多く栽培され花屋さんの店頭に並んでいるのはヨーロッパ原産のものの園芸品種ドイツスズラン。日本スズランに比べると花が大型、花茎と葉の高さがほぼ同じ、葉の裏側は光沢がある濃い緑色、芳香が強い――といった特徴を持つ。スズランはヨーロッパで「聖母の涙」「天国への階段」「メイ・リリー(5月のユリ)」などとも呼ばれる。幸福を運ぶ花としても知られ、フランスでは古くから5月1日を「ミュゲ(スズラン)の日」として大切な人にスズランを贈る習慣があるそうだ。スズランはフィンランドの国花にもなっている。

 奈良市南東部の吐山(はやま)スズラン群落と宇陀市の向淵(むこうじ)スズラン群落は日本スズラン自生南限地として国指定の天然記念物。11日に訪ねてみたところ、向淵は吐山より一足早く既に咲き始めていた(写真)。国内最大という約15ヘクタールの群生地が広がる北海道平取町芽生(めむ)では5月30日~6月7日の期間限定で「すずらん観賞会」を開催し一般公開する。約100万本の日本スズランが群生する入笠(にゅうかさ)湿原がある長野県富士見町の富士見パノラマリゾートでも30日から6月30日まですずらん祭りが開かれる。「鈴蘭の鈴振る風を友として」(椎橋清翠)。

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<ヒメフウロ(姫風露)> 伊吹山や四国の剣山などの石灰岩地に自生

2015年05月11日 | 花の四季

【ゲンノショウコと同じ仲間、注目集める美肌成分】

 フウロソウ科フウロソウ属(ゼラニウム属)の1~2年草。北半球や南アメリカの温帯地域に広く分布する。ただ日本での自生地域は滋賀・岐阜・三重県境の伊吹山地・鈴鹿山脈と四国の剣山ぐらい。しかも石灰岩地という特殊な環境下に限られてきた。

 日当たりを好み、5~6月ごろ高さ30~50cmほどの細い茎の先に、愛らしい薄紅色や赤紫色の5弁花を付ける。花径は1.5cm前後で、花びらに数本の縦じまが入る。「姫風露」とはなかなか風情のある名前だが、これとは別に「シオヤキソウ(塩焼草)」という異名も。草全体に特有の匂いがあり、それが塩を焼いた匂いに似ていることに由来するという。

 同じフウロソウ属の仲間にはハクサン(白山)フウロ、グンナイ(郡内)フウロ、エゾ(蝦夷)フウロ、ビッチュウ(備中)フウロなどがある。下痢止めや胃腸病に効く民間薬として広く知られるゲンノショウコ(現の証拠)も同じ仲間。ヒメフウロも自生地域周辺などでは薬草として扱われ、効き目がいいことから「イシャナカセ(医者泣かせ)」と呼ばれてきた。

 最近注目を集めているのが抽出エキスによる美肌効果。紫外線による皮膚の〝光老化〟に深く関わるトリプターゼという酵素の働きを抑制し、しみやしわの発生を予防・改善するという。ヒメフウロは徳島県でごく近い将来絶滅する可能性が大きい絶滅危惧Ⅰ類として登録されている。岐阜・三重・高知各県でも同Ⅱ類。ただ最近では園芸品種の苗が出回っているせいか、道端や公園の片隅で見かけることも増えているそうだ。

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<アイスランドポピー> 春風にそよぐ薄い紙細工のような4弁花

2015年05月10日 | 花の四季

【和名「シベリアヒナゲシ」 多年草だが日本では秋蒔き1年草】

 18世紀半ば、ヴィトウス・ベーリングによる北極探検隊に加わっていた植物学者がシベリアで発見したといわれる。このためヨーロッパでシベリアの気候に似たアイスランドを冠して「アイスランドポピー」という英語名が付けられたという。和名は「シベリアヒナゲシ(西比利亜雛罌粟)」。ただ、この名前で呼ばれることはなくアイスランドポピーの名が定着している。

 ケシ科ケシ属(パパヴェル属)。麻薬のアヘン成分を含まず栽培が認められているケシには葉や茎に剛毛が生えているものが多い。しかしアイスランドポピーにはほとんど毛がなく、学名の種小名「ヌディカウレ」も「裸の茎」を意味する。もともとは多年草だが、暑さに弱いため日本では秋蒔き1年草として扱われている。花色は基本色の白や黄色のほか、園芸品種の相次ぐ開発で赤や橙、ピンクなどもあって多彩。

 主なポピーにはアイスランドポピーとヒナゲシ、オリエンタルポピーがあるが、最近ではポピーといえば花持ちが良く切り花としても人気があるアイスランドポピーを指すことが多い。ヒナゲシはケシ属の中では花が小さくてかわいいためケシの中の雛(ひな)。中国歴史上の絶世の美女虞妃になぞらえて「虞美人草」とも呼ばれる。オリエンタルポピーは地中海地方原産で、「オニ(鬼)ゲシ」の和名を持つ。

 ポピーの開花はこれからが本番。埼玉県皆野町~東秩父村の秩父高原牧場では5月16日~31日の間、毎週土日曜日に「天空を彩るポピーまつり」が開かれる。岡山県笠岡市の道の駅「笠岡ベイファーム」広場では17日にポピーフェスティバル。埼玉県鴻巣市の荒川河川敷のポピーまつりは16~31日。栃木県さくら市の荒川河川敷でも30日にきつれ川ポピーまつりが開かれる。「ポピー咲く帽子が好きで旅好きで」(岡本眸)。

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