く~にゃん雑記帳

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<飛鳥京跡苑池> 西~北西岸に階段状の石積み

2020年11月01日 | 考古・歴史

【北池の規模や構造、改修状況など明らかに】

 奈良県明日香村にある飛鳥時代の庭園遺跡「飛鳥京跡苑池」(国の史跡・名勝)の第14次発掘調査で、北池の西岸の北側部分から9段分の石積み、これに続く湾曲した北西岸からも7段分の階段状の石組みが見つかった。これで不明な点が多かった北池の規模や護岸、改修の変遷状況などがほぼ明らかになった。県立橿原考古学研究所は30日、一般向けに現地を公開した。

 飛鳥京跡苑池は飛鳥川右岸の河岸段丘上に立地し、天皇の宮殿が置かれた飛鳥宮の内郭跡のすぐ北西側に位置する。遺跡の範囲は南北約280m、東西約100m。2010年からの発掘調査で、同苑池は南北2つの池と渡堤、水路、掘立柱の建物と塀などで構成されることが分かっている。南池の護岸はほぼ垂直の石積みで、島などを配している。一方、南池よりやや小さい北池はこれまでに湧き水を流す石組みの流水施設や一部の護岸から階段状の石積みが出土した。両者は景観や性格を全く異にしており、南池は観賞用の池、北池は流水を用いた神聖な〝水のまつり〟の場だったとみられている。

 

 今回の調査の結果、北池の護岸は南岸と北岸、東岸の大部分がほぼ垂直の石積みなのに対し、西岸と北西岸、東岸の一部が階段状の石積みであることが最終的に確認された。北池の規模は最大で東西約36m、南北約52mの南北に長い方形だったことも判明した。築造された7世紀中頃には水際が護岸の裾まで広がっていたが、7世紀後半には池の裾部に砂利を敷くなどして池中央部だけに水面があるように大規模な改修が行われていたことも分かった。北西岸の東端部からは北側に延びる水路のような石積みの遺構(長さ3m以上、高さ1m以上)も新たに見つかった。

 近鉄飛鳥駅に向かう帰途、中央公民館に差し掛かると、すぐそばでも発掘調査が行われていた。その区画はかなり広い。近くには多くの観光客が立ち寄る不思議な巨石「亀石」もある。今度はこの調査地点から飛鳥時代のどんなものが姿を現すのだろうか。

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