く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<アエオニウム> 北アフリカ原産の観葉植物

2021年04月30日 | 花の四季

【黒光りするロゼット状の葉が美しい「黒法師」】

 アエオニウムはベンケイソウ科アエオニウム属の多肉植物の総称。原産地は温暖なアフリカ北部~地中海沿岸で、主にモロッコやカナリア諸島などを中心に40種ほどが分布する。原種をもとに多くの園芸品種が生み出されており、観葉植物として人気が高い。肉厚のへら状の葉がまるでバラの花のようにロゼット状に広がるものが多いのが特徴。茎が1m前後になる大型種から高さ10cmほどの小型種まであり、葉の色や形、模様なども様々なものがある。

 アエオニウムの中で最もよく栽培されているのが「Aeonium arboreum(アエオニウム・アルボレウム)」を母種とする「クロホウシ(黒法師)」。葉は光沢のある黒紫色で、茎の上部に葉を放射状に広げる。草丈は20~100cmで、アエオニウムの仲間の中ではかなり大きくなる。属名アエオニウムは「永遠に生きる」を意味するギリシャ語に由来し、種小名アルボレウムは「樹木の」を意味する。

 生長期は秋~春で、暑い夏を迎えると休眠に入る。クロホウシの魅力は黒光りするシックな葉の色合いだが、品種によっては日光不足になると色が褪せてしまう。わが家のクロホウシも晩秋から初春まで長く室内に取り込んでいるうち緑色になったが、1カ月ほど前から外に出し日差しに当ててやると次第に黒い色を取り戻してきた。クロホウシには葉の縁や中央に斑の模様が入った「艶日傘」「まだら黒法師」「サンシモンバイオレット」などの品種もある。まれに春、小さなキクのような黄花を密に付けるが、開花すると株が弱って枯れてしまうこともあるそうだ。

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<万葉植物園再オープン> ちょうど見ごろの「藤の園」

2021年04月28日 | 花の四季

【重文「円窓亭」の移築完了は遅れ今秋に】

 新型コロナの感染防止と園内の改修工事のため休園していた「春日大社神苑万葉植物園」(奈良市)がこのほど約1年ぶりに再オープンした。園内では「藤の園」のフジの花がちょうど見ごろ。27日に訪ねたところ、平日にもかかわらず予想以上の見物客が詰めかけ、入り口で検温をすませて次々に入場していた。園内改修の目玉「円窓亭(まるまどてい)」(国の重要文化財)の移築は当初4月をめざしていたが、半年ほど遅れて11月ごろになるという。

 春日大社は藤原氏ゆかりとあって「藤」が社紋になっている。このため「藤の園」も充実しており、植栽されているフジは20品種約200本に上る。早咲きから遅咲きまでそろっており、例年4月下旬からゴールデンウイーク明けの5月上旬まで長く楽しめる。ここではフジ棚ではなく「立ち木づくり」にこだわっているため、目の高さで花を身近に観賞できることも人気を集めている。

 園内のフジを大きく分けると野田藤系と山藤系の2種類。九尺・黒龍・新紅などの野田藤系は花穂が長く基部から下側に向かって順に咲く。一方、昭和紅・緋ちりめん・白甲比丹(しろかぴたん)などの山藤系は花穂が短めでほぼ同時に咲くのが特徴。このほかには麝香藤(じゃこうふじ)など一部中国系も。その甘い香りが漂う中、来園者は今が盛りと咲き誇る色とりどりの花を写真に収めていた。

 園内では円窓亭移築などの改修工事のため、一部通路が立ち入りできなくなっていた。円窓亭は鎌倉時代後期に建てられた高床式の経蔵。春日大社では唯一現存する仏教関連の建物で、神仏習合時代のなごりを残すもの。明治時代の初め神仏分離令に伴って現在の万葉植物園の場所に移築され、そのとき四方の側壁に丸い窓が刳り抜かれるなど東屋風に改造された。その後1893年に奈良公園内の浅茅ケ原・片岡梅林エリアに再移築され、一時集会所などとして使われていた。再び万葉植物園内に移築されると約130年ぶりの〝里帰り〟となる。

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<奈良県立美術館> 特別展「髙島野十郎展」

2021年04月26日 | 美術

【精緻な筆致、蝋燭・りんご・からすうり…】

 奈良県立美術館(奈良市登大路町)で洋画家・髙島野十郎(1890~1975)に焦点を絞った特別展「生誕130年記念 髙島野十郎展」が始まった。髙島は旅と孤独を愛し画壇との交流を避けていたこともあって、精緻な筆遣いによる静物画や風景画でその名が広く知られるようになったのは没後のこと。無名だった髙島に光を当てたのが福岡県立美術館で、今回の展示作品116点も同美術館収蔵のものが大半を占める。展示は青年期、滞欧期、戦前期、戦後期、光と闇の5つの章で構成して彼の生涯を辿っている。

 髙島の実家は福岡県久留米市で酒造業を営む大地主だった。5男の髙島は東京帝国大学農学部に進学し、1916年に水産学科を首席で卒業する。その卒業時には天皇陛下から授与される「恩賜の銀時計」の候補者にも挙がったという。髙島はそれを辞退して画家への道を選ぶ。在学中に描いたという『傷を負った自画像』はその厳しい表情と右足の一筋の鮮血が印象的な作品。進路に思い悩む自らの姿を描いたのだろうか。ほかにも自画像を多く残している。『絡子(らくす、禅僧の袈裟)をかけたる自画像』『りんごを手にした自画像』『煙草を手にした自画像』……。  

 髙島は写実性を徹底的に追求した。「遺稿ノート」には「全宇宙を一握する、是れ寫実 全宇宙を一口に飲む、是寫実」という言葉を記している。静物画ではリンゴやブドウ、カキなどの果物を繰り返し描いた。タイトルに『リンゴ』を含む展示作品を数えてみると10作品もあった。代表作の一つ『からすうり』は枯れた蔓と赤い実がドキッとするほどの美しさだった。渡欧(1930~33)から帰国後の1935年に実家の庭に建てたアトリエで描かれた作品。その後に描かれた『からすうり』2点も展示されている。

 髙島は「蝋燭の画家」とも呼ばれる。1本の蝋燭の炎のゆらぎを描いた『蝋燭』という作品群は確認されているものだけでも約40点に上る。その多くはサムホール(22.7×15.8cm)という小さな画面に描かれており、知人や絵の購入者らに感謝の気持ちから贈られたという。展示中の『蝋燭』は7点。蝋燭の長さ、太さ、炎の形などは一つひとつ微妙に異なる。髙島は「俺の絵の蝋燭はみんな生きとるんだよ」と言っていたそうだ。髙島は戦後、東京・南青山にアトリエを構えていたが、東京五輪に伴う道路拡張工事で立ち退きを迫られた。そのため71歳のとき千葉県柏市郊外の農地を借り、その一角に小さな小屋を作って絵を描いたり野菜を栽培したりして暮らしていたという。特別展の会期は5月30日まで。その後、岡山県瀬戸内市や千葉県柏市などを巡回する。

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<オニタビラコ(鬼田平子)> タンポポに似た黄花を散房状に

2021年04月23日 | 花の四季

【近年は“アオオニ”と“アカオニ”の2種に分類】

 道端や公園、空き地などでごく普通に目にする機会の多いキク科オニタビラコ属の越年草。学名は「Youngia japonica(ヨウンギア・ヤポニカ)」で、「日本の」を意味する種小名が付いているが、朝鮮半島や中国、東南アジア、オーストラリアなどにも広く分布する。タビラコと付く野草はほかにタビラコ(コオニタビラコとも)とヤブタビラコがあり、タビラコは「仏の座」として春の七草にもなっている(シソ科のホトケノザとは別物)。ただ、この2種はヤブタビラコ属で、オニタビラコとは別の属に分類されている。

 根出葉がロゼット状で冬を越し、春になると花茎を立ち上げ上部でよく分枝して散房花序にタンポポの花を小さくしたような黄花を10~20個付ける。草丈は20~100cmと、生息環境によってかなり幅がある。花後に綿毛を付けた種子を風で飛ばす。学名(属名)のヨウンギアは米国の植物学者ロバート・アームストロング・ヤング(1876~1963)の名前に因む。和名の「鬼」は草姿がタビラコやヤブタビラコより大きいことから。「田平子」は根出葉が田んぼに平たく張り付くように広がる様を表す。

 オニタビラコはかつては1つの植物として扱われていたが、最近は葉の色や花茎、花の大きさなどの違いによって「アオオニタビラコ」と「アカオニタビラコ」の2種類に分類されている。アオオニは根出葉が緑色で葉先が尖り、株元から細い茎を何本も立ち上げる。茎には葉がほとんど付かない。一方のアカオニは根出葉や茎が赤みを帯びるのが特徴。太い花茎を1本立ち上げることが多く、途中に数枚の葉が付く。花径はアカオニが7~10mmなのに対し、アオオニは8~13mmとやや大きめ。アオオニは西日本で多く見られ、開花時期が春~秋と長いが、アカオニは東日本に多く分布し、開花も春に限られる。ただ両者の雑種とみられる中間型も見られるようだ。

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<アメリカフウロ(亜米利加風露)> ゲンノショウコに似た帰化植物

2021年04月21日 | 花の四季

【北米から渡来、昭和初期に牧野博士が京都で確認】

 フウロソウ科の帰化植物で、秋に芽を出しロゼット状で越冬し、春になると茎を立ち上げ白~淡紅色の小花を付ける。和名は北米原産でフウロソウ属の仲間であることからの命名。学名「Geranium carolinianum(ゲラニウム・カロリニアヌム)」にも米国の地名「カロライナ」が盛り込まれている。日本では90年ほど前の昭和初期に牧野富太郎博士が京都市内で確認したのが最初という。牧草の中に種子が紛れ込んで持ち込まれたとみられる。その後、生息域を急速に拡大し、今では全国各地の日当たりのいい道端や土手、空き地などでごく普通に目にするようになった。

 花や実の形が下痢止めなどの民間薬として有名なゲンノショウコ(現の証拠)によく似る。花はどちらも可憐な5弁花だが、アメリカフウロの花径は5~8mmでゲンノショウコ(10~15mm)よりかなり小さい。開花時期も春~夏のアメリカフウロに対しゲンノショウコは夏~秋。さらにアメリカフウロは葉が掌状で基部近くまで深い切れ込みが入るという違いもある。アメリカフウロは花後、先端が嘴状に尖った蒴果ができ、黒く熟すと5個の種子が弾けて飛び出す。

 アメリカフウロは近年その抗菌成分が農業関係者の間で注目を集めている。沖縄県農業試験場の調査では乾燥させたこの植物を土壌に鋤き込み、敷きワラ被覆処理などと組み合わせた結果、ジャガイモ青枯病への高い防除効果が確認できたという。サツマイモやトマトなど他の園芸作物でも有効性の確認試験が続けられているようだ。アメリカフウロの花言葉は「誰か私に気付いて」。花が小さくて地味で目立たないことから生まれた言葉だろう。その小花にハナアブが止まって長い間蜜を舐めていた。ハナアブは一見ハチやアブに似ているけど、大きな分類上ではハエの仲間。人を刺すことはなく、農作物の受粉を手助けしたり害虫のアブラムシを食べてくれたりしてくれる。ハナアブは益虫なのだ。

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<クスノキ(楠・樟)> 長命なため神社のご神木に

2021年04月18日 | 花の四季

【アオスジアゲハの食樹、樟脳の原料や船材にも】

 クスノキ科の常緑高木。日本から中国南部、台湾にかけて自生し、国内では暖かい本州の関東以西と四国、九州に分布する。春芽吹く若葉は清々しく美しい。新葉の脇から円錐花序を出して白い小花を多数付け、秋に球形の果実が黒紫色に熟す。葉を揉むと芳香が漂うのも特徴。寿命は1500~2000年ともいわれ、長命なことから神社によく植えられご神木となっているものも多い。

 学名は「Cinnamomum camphora(シンナモムム・カンフォラ)」。属名の語源はシナモン(肉桂)、種小名は「樟脳」を意味するアラビア語に由来する。和名の語源には「奇(くす)しい木」「薬の木」「臭(くす)し」など諸説。枝葉の精油成分の結晶は防虫剤や合成樹脂セルロイドなどの原料の樟脳となり、緻密で光沢のある材は建築材、船材、彫刻材などとして利用されてきた。広島・宮島の厳島神社は1100年代半ばに平清盛によって造営されたことで知られるが、脚が海中に沈む大鳥居は昔から耐水性に優れたクスノキが使われてきた(8代目の現鳥居は修理工事中)。クスノキはアゲハチョウの仲間アオスジアゲハの幼虫の食樹にもなっている。

 クスノキには樹齢が推定数百年、中には1000年以上というものも現存し、千葉県以西には国の天然記念物に指定されているものも多い。その中で天然記念物の上に「特別」と付くものが3つある。徳島県東みよし町の「加茂の大クス」、福岡県新宮町・久山町の「立花山クスノキ原始林」、鹿児島県姶良市の「蒲生のクス」。このうち立花山の原始林には樹高が30m以上のクスノキだけでも約600本もあるという。蒲生のクスは100年ほど前の大正時代に作られた「大日本老樹番付」で東の横綱になっていたそうだ。クスノキは兵庫、熊本、佐賀、鹿児島の4県の「県の木」。シンボルの木に制定している市町村も多い。例えば大阪府。数えてみると43市町村のうち17市町村、実に4割がまちを代表する樹木としてクスノキを選んでいた。「樟若葉(くすわかば)見上げて神に近づけり」(神山白愁)

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<春日大社国宝殿> 特別展「絵解き!春日美術」

2021年04月15日 | 美術

【絵巻に描かれた祭礼や貴族の暮らしを分かりやすく】

 春日大社国宝殿(奈良市春日野町)で「絵解き!春日美術」と題した春・夏特別展が始まった。『春日権現験記』(春日本)を中心に絵巻物などに描かれた光景を「神秘なる御神前」「華麗な春日の祭礼」「王朝の邸宅や貴族文化」などのテーマごとに絵解きを添え分かりやすく解説している。会期を前期と後期に分け8月29日まで開く。

    

 『春日権現験記』は春日明神の数々の霊験を詞と絵で表した20巻に及ぶ絵巻物。平安末期から鎌倉時代にかけて編纂され、1309年に時の左大臣西園寺公衡(1264~1315)が藤原氏の繁栄を祈念して春日大社に奉納した。原本は宮内庁三の丸尚蔵館が保管し、模写本を春日大社や陽明文庫(京都市)などが所蔵している。絵巻には当時の春日社や興福寺のほか貴族や庶民の風俗、暮らしぶりも精緻に描かれており、社寺縁起絵巻の一級品として高く評価されている。

   

 験記第3巻には美しい襖絵や鏡台・硯箱(絵の右上)などのある藤原忠実(1078~1162)の邸内の様子が細かく描かれている。この絵などから襖障子の開閉は今と違って金具に取り付けた紐(房)を引っ張る仕様になっていたことが分かる。鏡も当時はまだ持ち運びできる手鏡や柄の付いた鏡はなく、大きな鏡を載せる台を必要とした。展示中の「黒漆平文根古志形鏡台」(国宝)は平安後期のもので、その脚が木を根ごとこじた(掘り起こした)ような形から「根古志形」と呼ばれている。

 絵巻に神殿の軒に吊るされた青色の灯籠が描かれた場面がある。これは火袋に青い玉を連ねた瑠璃灯籠で、展示中の「瑠璃灯籠」(奈良県指定文化財)は社伝によると藤原頼通(992~1074)が1038年に寄進したという。「華麗な春日の祭礼」のコーナーに展示中の「抜頭(ばとう)・相撲図衝立」(江戸後期の1863年作)は春日若宮おん祭にも伝わる相撲と舞楽抜頭を表裏に描いたもの。こうした衝立類もかつては20年に1度の社殿の造替ごとに描きかえられていたという。相撲の図では褌姿の相撲人が右手を上に、左手を下にして向き合う。これが当時の立ち合いの姿勢とみられ、この後、練歩という立ったままの姿勢で組み合って試合を始めたという。

 特別展の前期(6月20日まで)には国宝の「笙(しょう)」(平安後期)や「黒漆平文飾剣」(平安中期~後期)、重要文化財の「牡丹唐草尾長鳥八稜鏡」(南北朝時代)なども展示中。また初公開として大和絵の絵師冷泉為恭(1823~64)筆「春日明神降臨夢之図」や「春日赤童子像」なども展示されている。

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<ヘラオオバコ(箆大葉子)> ヨーロッパ原産の帰化植物

2021年04月13日 | 花の四季

【穂状花序から突き出す白い雄しべ】

 奈良市内を散歩中に道端で出合った。ヨーロッパ原産で、日本には江戸時代末期の19世紀中頃、牧草の種子に紛れて入ってきたらしい。オオバコの仲間だが、オオバコより全体的にかなり大きく、先端に穂状花序を付けた花茎は高さが40~50cmにも達する。花は下のほうから順に咲き上がり、雄しべの白い葯が輪を描くように飛び出す。オオバコの葉が丸い卵形~楕円形なのに対し、こちらは細長くて先が尖る。その形が靴べらに似ることからヘラオオバコと名付けられた。

 学名は「Plantago lanceolata(プランタゴ・ランセオラタ)」。属名は「足跡」を意味するラテン語に由来。オオバコの仲間の多くが人や動物がよく通る踏み固められた場所を好む特性を表す。ただヘラオオバコは踏みつけには弱く、河川敷や畑地、牧草地など生えることが多い。種小名は「披針形の」を意味する。これは葉の形から。ヨーロッパでは葉や根が家畜飼料や薬用として利用されてきた。花は一見愛らしく、ある花の辞典には花瓶に生けた花の写真も。ただヘラオオバコは花粉を風で遠くまで飛ばす風媒花で、アレルゲンの一つとして花粉症を引き起こすとの報告もあるので注意が必要だ。

 繁殖力は旺盛。1株の種子生産量は数百個から数千個、最大で1万個にも上るという。かつては外来生物法により「要注意外来生物リスト」に登載されていたが、2015年に代わって新しく作成された「生態系被害防止外来種リスト」ではリストアップを免れた。ヘラオオバコに関する記述には書籍でもネットでも「雑草」という表現が目立つ。この雑草という単語を目にするたび頭に浮かぶのが、昭和天皇が侍従に語りかけたというお言葉。「雑草という草はない。どの草にも名前があって、それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいる」

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<大和文華館> 「桃山・江戸文化の輝き」展

2021年04月11日 | 美術

【国宝の屏風や重文婦人像」など50点】

 大和文華館(奈良市学園南)で桃山時代~江戸時代の美術・工芸品を一堂に集めた「桃山・江戸文化の輝き」展が始まった。展示作品は参考出陳も含め50点。この中には国宝「婦女遊楽図屏風」や「婦人像」「中村内蔵助像」などの重要文化財3点も含まれる。全て同館の所蔵作品で構成しており、桃山時代―江戸前期―中期―後期と時代を追って展示されている。会期は5月16日まで。

 会期中、毎土曜日には同館学芸部による「スライドによる展覧会解説」が開かれる。初回の10日に解説を担当した宮崎ももさんによると、美術史上でいう「桃山文化」は歴史上の安土桃山時代とは少し違って慶長年間(1596~1615年)まで含まれる。展示作品の中で同時代を代表するものとして挙げたのが「婦人像」。数珠を手に高麗縁の上畳に端座する女性が描かれている。上部が切り取られているため像主は不明だが、豪華な辻が花染めの着物をまとっていることなどから名のある武将の夫人とみられる。高台寺蒔絵の「蒔絵桐文阿古陀形手焙(てあぶり)」は大きなカボチャのような形(径42.8cm)。文禄三年(1594年)の銘が刻まれている。桃山時代ではほかに「阿国歌舞伎草紙」(重要美術品)や「螺鈿蒔絵鳥獣草花文書箪笥」「赤織部沓茶碗」など。

 江戸前期ではまず国宝の「婦女遊楽図屏風」(六曲一双)を代表作として挙げる。九州・平戸藩の松浦家に伝わったことから「松浦屏風」とも呼ばれているもので、金地に遊女や童女が等身大に近い大きさで描かれている。「沃懸地(いかけじ)青貝金貝蒔絵群鹿文笛筒」(重文)は伝本阿弥光悦作で、下絵の作者は俵屋宗達ともいわれる。江戸前期の展示作はほかに「伊年」印のある「草花図屏風」(六曲一隻)や狩野探幽筆「古画縮図(花鳥)」、土佐光起筆「林和靖梅鶴図」など。

 江戸中期の作品「中村内蔵助像」は尾形光琳が描いた唯一の肖像画。光琳の作品には制作年が不詳のものが多いが、これは画賛から元禄17年(1704年)と分かっている。像主の中村内蔵助は京の銀座の頭役を務めた役人で光琳にとって最大の支援者だった。渡辺始興筆「四季花鳥図押絵帖屏風」(六曲一双)は花鳥画12図を貼って仕立てたもの。江戸後期の展示作品には円山応挙筆「雪汀双鴨図」、伊藤若冲筆「釣瓶に鶏図」、池大雅筆「七老戯楽図」、英国の銅版画を水墨で写した石川孟高筆「少女愛猫図」、「赤色薩摩切子皿」などがある。今回の展示会には豊臣秀吉、前田利家夫人(まつ)、古田織部、小堀遠州の書状なども展示されている。

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<ハナズオウ(花蘇芳・紫荊)> 紅紫の小花が群れ咲いて

2021年04月09日 | 花の四季

【中国原産、和名は蘇芳染めに似た花の色から】

 4月頃、若葉に先立って紅紫色の小花(径2cmほど)が枝の所々に10~20個ずつびっしりまとまって咲く。マメ科ハナズオウ属の落葉低木で、花はマメ科の植物らしい蝶形の5弁花。原産地は学名「Cercis chinensis(セルシス・シネンシス)」が示すように中国で、日本には江戸時代前期以前に渡来した。「明治前園芸植物渡来年表」(磯野直秀氏著)によると、江戸初期の『抛入花伝書(なげいればなでんしょ)』(1686年刊)が和名ハナズオウの初出という。

 この和名は花の色が染料植物スオウ(マメ科ジャケツイバラ属)の赤い染め汁に似ていることに由来する。スオウはインド~マレー諸島原産で、日本には飛鳥~奈良時代に渡来し、織物の染色のほか樹皮などが薬用としても用いられた。くすんだ赤色の「蘇芳色」は日本の伝統色の一つにもなっている。花が鮮やかなハナズオウも一見草木染などに使えそうだが、残念ながら染料には向かないようだ。花の色は紅紫のほか白花もあり、清楚な雰囲気が人気を集めている。

 主な仲間にアメリカハナズオウとセイヨウハナズオウがある。前者は北米の東部から中部にかけて分布し、米オクラホマ州の「州の木」にもなっている。花はハナズオウより小さめだが、様々な園芸品種が作り出されている。ハナズオウが箒状の株立ちになりやすいのに対し、こちらは単幹(一本幹)になるのも特徴。セイヨウハナズオウは南欧から西アジアにかけて自生する。欧米では「Judas tree(ユダの木)」とも呼ばれる。これはイエスキリストを銀貨30枚で売り渡した裏切り者イスカリオテのユダ(十二使徒の1人)が、この木で首を吊って命を絶ったという伝説に基づく。「愚直なる色香の蘇枋咲きにけり」(草間時彦)

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<コブシモドキ(辛夷擬)> コブシより大きな花や葉

2021年04月06日 | 花の四季

【1948年に徳島県で1株だけ見つかった謎の植物】

 モクレン科モクレン属の落葉高木。和名の通りコブシによく似ているが、花や葉はコブシより大きく、花径は10~15cm(コブシは6~10cm)にもなる。開花時期もコブシよりやや遅め。学名は「Magnolia pseudokobus(マグノリア・プセウドコブス)」。属名は17~18世紀のフランスの植物学者ピエール・マニョル(1738~1815)への献名。種小名は「コブシに似た」を意味する。

 この樹木は約70年前の1948年に徳島県の南西部に位置する相生町(現須賀町)で2人の植物学者によって1株だけ発見された。その原木は枝が地面を這って接地面から発根し株立ち状だったという。そのため「ハイコブシ」とも呼ばれる。その後数回にわたって現地調査が行われたが、他には見つからなかった。幸い発見者の1人が原木から挿し木栽培していたため絶滅を免れた。現在では地元の相生森林美術館や各地の植物園などで栽培されている。このため環境省のレッドデータブックでは栽培下でのみ存続している種として「野生絶滅」になっている。

 コブシモドキはコブシの近縁種とみられており、コブシとの交雑種との見方も出ている。ただ植物学者植田邦彦博士の研究で、3倍体のため種子ができないことが明らかになっている。またコブシは日本のほぼ全土に広く分布しているものの、四国には野生種がほとんど自生していない。では、コブシモドキはどうして生まれたのか、なぜ徳島で1株だけ見つかったのか。こうした数々の疑問からコブシモドキは発見以来、謎の植物として注目を集めてきた。

 ネットで検索を続けると、その疑問に答えてくれそうな一文に出合った。京都大学大学院・地球環境学堂による論文『野性絶滅した希少樹木コブシモドキの系統的起源』。日本森林学会発行の「Journal of Forest Research」2020年10月号に掲載された。その抄録によると、葉緑体ゲノム解析などの結果、コブシモドキは「コブシの種内変異に含まれることが判明した」とし、「コブシを祖先として最近派生した植物であり、時として交配が可能なほど近縁であることが伺えた」。

 3倍体については「コブシモドキはコブシが同質3倍体化することで生じた変異体であると考えられる」という。また「祖先種のコブシが四国には野生しないことを合わせて考えると、人為的に鑑賞木として四国に持ち込まれたコブシからコブシモドキが生じた可能性すらある」。そして、この論文はこう結んでいる。「独立種として記載されたコブシモドキはコブシの1品種として認識するのが適当である」

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<奈良市写真美術館> 山内悠「惑星」展が開幕

2021年04月04日 | 美術

【入江泰吉の「法隆寺」展も同時開催】

 「入江泰吉記念奈良市写真美術館」(高畑町)で、写真家山内悠氏がモンゴルで撮影した写真の代表作を集めた「惑星」展が3日開幕した。山内氏は富士山の山小屋から撮り続けた夜明けの作品群で知られる。今回の写真展では自然の中でトナカイなどの動物と共に生活を営む遊牧民や急速な発展を遂げる首都ウランバートルの姿など、モンゴルの多元的世界の「いま」を紹介する。同館では入江泰吉(1905~92)の写真展「法隆寺 聖徳太子1400年御遠忌」も同時に始まった。いずれも7月4日まで。

  

 山内氏は1977年兵庫県生まれで、近畿大学商経学部卒業後上京してカメラスタジオのアシスタントに。その後2006年から4年間600日にわたって富士山7合目の山小屋でアルバイトしながら写真を撮り続け10年に写真集『夜明け』を発表。続いて14年から5年間毎年モンゴルに通い、20年に写真集『惑星』を発表した。現在は長野県の八ケ岳に在住する。知人から借地権を譲り受けたという。だが「家を建てようにもお金がない。そこでモンゴルのゲルを買いに行こうと思い立ったのが始まり」。山内氏は写真展初日のギャラリートークで、モンゴルに焦点を定めたきっかけをこう明かしてくれた。

 「自然と人間が調和した世界を撮りたい」と最初に向かったのがトナカイと共に暮らす遊牧民族ツァータンがいるモンゴル最北部の山間部。まだ見たことがないというモンゴル人の写真家と2週間ほどかけ車で行ける所まで行き、その先は馬で向かった。そこで目にしたのは「嘘のような楽園」だった。写真展のチラシを飾った写真もその1枚。その体験がモンゴル全土への旅につながっていく。ラクダと暮らす南部の遊牧民、タカと暮らす西部の遊牧民、そして国民の半数が住み近代的なビル群が立ち並ぶ首都ウランバートル……。中国の内モンゴル自治区にも足を延ばした。そこにはかつていた遊牧民は姿を消し、砂漠の中に異様な〝近未来建築〟が点在していた。だが、その街はゴーストタウン化していた。山内氏はそこで「ホンマに嘘の世界を見せられた」と話していた。

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