社会保険における再分配

　日本のおバカな経済運営について書くのは、すこし飽きてきた。そこで、今日は、権丈善一先生がHPで社会保険における再分配のことに触れていたこともあり、これをテーマに選んだ。やや専門的になるかもしれないが、お許し願いたい。

　社会保険の特徴は、負担と給付がリンクしていることである。それゆえ、広く国民の納得を得て、お金を集めることができる。リンクのない税金では、なかなか負担増が受け入れられないのと対照的である。

　他方、社会保険は、貧富の差を緩和する垂直的再配分の役割も果たす。医療保険は、所得に応じて保険料を課しているが、低所得で、少ない保険料しか納めてなくても、チープな医療サービスしか受けられないわけではない。多く保険料を払う高所得者も、受けるサービスは同じだ。これは、負担と給付のリンクを弱めていることを意味している。

　結局、社会保険における負担と給付のリンクは、程度の問題なのである。リンクが弱すぎると、税金のように受け入れがたいものになるし、強すぎると、低所得層は、満足な給付を受けられなくなる。どうバランスを取るかが、制度設計の知恵の出しどころになる。

　このバランスの取り方だが、医療と年金では異なる。医療では、再分配が強めでも良いが、年金は、そうも行かない。例えば、年金で、所得比例の保険料を課しておいて、定額の基礎年金しか払わないということにすると、高所得者は制度から離れようとするだろう。これは、年金のリターンが見えやすいためだ。

　医療では、まったく健康で生涯を過ごす人から、臓器移植を受ける人まで、受ける給付の振れ幅が大きい。他方、年金は、異常に長生きをしてしまって、飛びぬけて多額のお金が必要になるとは、なかなか思えないものだ。むろん、どちらも確率的に計算することはできるから、リターンが不明なわけではない。それでも、リターンが同じ場合も、振れ幅が大きいものは保険の価値が高いので、医療の方が再分配を強めることができるのである。

　念のために言っておくが、それだから、年金で再分配ができないことにはならない。確率的に計算される給付が負担を下回ったとしても、公的年金制度は、予想を超える長寿化、インフレに対する堅牢さという、民間の積立方式の年金にないメリットがあるため、ある程度の「損」も許される。さらに、貧困を減らすことで社会を安定させ、それによる治安の良さを高所得者にもたらすというメリットを挙げても良いかもしれない。

　現在の年金制度の再分配上の課題を指摘しておくと、一つは非正規対策である。低所得の非正規労働者が増えたため、こうした人達にも老後の最低限の生活を保障するため、再分配を強めることが求められている。悩ましいのは、その「財源」を高所得者から持ってくることが難しくなっていることである。

　年金制度は、過去の人口増加によるメリットが急速に失われており、高所得者の年金は、マクロ経済スライドが完成する頃には、給付が負担を下回りかねないところまで来ている。再分配を強めるには、中所得層の年金まで削減するか、追加的に税負担を増やすしかない。コンセンサスを得るには難しい状況なのだ。

　実は、今後の社会保険は、垂直的再分配よりも、深刻な少子化のために、「子供のある人」から「子供のない人」への再分配が大規模になされることになる。「子供ない人」は、低所得とは限らないから、これは大変な問題になる。年金は、この直撃を受けるのだが、医療も、同様の問題を抱える。濃淡は違えども、深刻であることに違いはない。　

　最善は、少子化を克服することだが、こちらの方は、子ども手当の失敗もあって、まったく展望が開けない。児童手当に改め、所得制限をかけることになるようだが、そうなると、制度に対する高所得層の親近感が失われて、制度が育つことはなくなるだろう。子ども手当は、ある意味、再分配を強めようとしているわけだが、それは長い目で見て、低所得層のためにならないとも考えられるのである。　

(今日の日経)
　車復旧は販社支援に軸。社説・トウモロコシ最高値。高台移転の店舗・工場も支援。トルコ・EUより中東が鮮明に。中国利上げまだ必要・人民銀機関紙。オマーンでガス発電。廉価版EV今夏投入。ペルーが照らす世界の断層・藤田和明。経済教室・混迷政治の活路・待鳥聡史。

※高台移転は、かなりの高コストになるようだ。以前、本コラムで提案したように、津波浸水域の際に、高層住宅を建てる方が現実的ではないか。　※金融緩和は貧富を拡大するというのは良い指摘だ。　※待鳥先生には、本コラムのような政党間取引の具体的な内容を示してほしいね。