鎌倉歩きをしていると歴史を伝える高札をよくみる。
扇ケ谷の「壽福寺」のそばに「八坂神社」があり
7月12日が祭礼だと書かれていた。
時間も何もわからないが取りあえず行ってみようということになる。
鎌倉駅西口を出るとすぐ前に「源氏山」の山並みが見える。
数日ぶりの猛暑である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/e3/ffc84cfcb16125d7ea536354d1c9b267.jpg)
ウオーナーの碑が目印の時計塔は待ち合わせに適当だ。
最近では人力車がこんなところで客待ちをしている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/97/8ad42f79c371805352b35c603daa54c2.jpg)
■市役所前の信号を右へ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/70/37d55ac01c83de8f6c552f589f277222.jpg)
真っ直ぐ行く道は「市役所通り」で
トンネルを2つ越えると笛田・梶原地区。
左右の道は歴史のある古道である。
すれ違うのが大変だが自動車はひっきりなしだ。
■八坂神社
最初に目にするのは「巽神社(たつみじんじゃ)」
次が「八坂神社」である。
御幣はきれいになっているが人影は見えない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/a5/6c53df9afd45283eb4def97e9798d6bd.jpg)
珍しい「元神輿之碑」があった。
神輿はそれまで何度か壊れたことがあった。
ところが関東大震災で全く使えなくなったようだ。
数年がかりで再興して「六角形の神輿」が完成した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/92/76cd38fad23cda355ff78949ba7e2bdf.jpg)
氏子たちは元の神輿の骨組を荼毘に付した。
燃え尽きたあとの灰をこの地に埋めたのだ。
神輿に生命が宿っていることを伝えたかったのだろう。
壽福寺境内で土地の古老らしき人に出会った。
「人手がないのだろう、
最近は神輿をかついだり担がなかったり。
今年もやるかどうかわからない」
■寿福寺
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/42/bfa3365b562cd04edf75b25785206f8f.jpg)
壽福寺(じゅふくじ)は鎌倉五山第3位。
日本にお茶を持ってきた栄西(えいさい、ようさいと呼ぶ人もいる)が開山。
開放的な場所だが中ほどの門から先はめったに入れない。
■寿福寺参道
壽福寺参道の模様の素晴らしさは鎌倉一かもしれない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/0b/37400692c0e516eb2c58e651600176ae.jpg)
■英勝寺
さらに進むと英勝寺(えいしょうじ)である。
太田道潅ゆかりの寺でもともとは尼寺だった。
一時手放したが戻ってきた山門の修復工事が始まっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/43/7ba6a194ebc9c7770a9515391fa1022d.jpg)
英勝寺垣とでも呼びたくなるような白壁が続く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/c0/643c2ac9fde170e618db077cc020e9c7.jpg)
この奥には「化粧坂」「海蔵寺」などが続いている。
■英勝寺の門
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/37/21a2c19fc95c84f910d0459b61fc3e3c.jpg)
花の寺「英勝寺」の門である。
この時期の花を知らせる案内板がかけられている。
続きは「その二」で。
扇ケ谷の「壽福寺」のそばに「八坂神社」があり
7月12日が祭礼だと書かれていた。
時間も何もわからないが取りあえず行ってみようということになる。
鎌倉駅西口を出るとすぐ前に「源氏山」の山並みが見える。
数日ぶりの猛暑である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/e3/ffc84cfcb16125d7ea536354d1c9b267.jpg)
ウオーナーの碑が目印の時計塔は待ち合わせに適当だ。
最近では人力車がこんなところで客待ちをしている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/97/8ad42f79c371805352b35c603daa54c2.jpg)
■市役所前の信号を右へ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/70/37d55ac01c83de8f6c552f589f277222.jpg)
真っ直ぐ行く道は「市役所通り」で
トンネルを2つ越えると笛田・梶原地区。
左右の道は歴史のある古道である。
すれ違うのが大変だが自動車はひっきりなしだ。
■八坂神社
最初に目にするのは「巽神社(たつみじんじゃ)」
次が「八坂神社」である。
御幣はきれいになっているが人影は見えない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/a5/6c53df9afd45283eb4def97e9798d6bd.jpg)
珍しい「元神輿之碑」があった。
神輿はそれまで何度か壊れたことがあった。
ところが関東大震災で全く使えなくなったようだ。
数年がかりで再興して「六角形の神輿」が完成した。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/92/76cd38fad23cda355ff78949ba7e2bdf.jpg)
氏子たちは元の神輿の骨組を荼毘に付した。
燃え尽きたあとの灰をこの地に埋めたのだ。
神輿に生命が宿っていることを伝えたかったのだろう。
壽福寺境内で土地の古老らしき人に出会った。
「人手がないのだろう、
最近は神輿をかついだり担がなかったり。
今年もやるかどうかわからない」
■寿福寺
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/42/bfa3365b562cd04edf75b25785206f8f.jpg)
壽福寺(じゅふくじ)は鎌倉五山第3位。
日本にお茶を持ってきた栄西(えいさい、ようさいと呼ぶ人もいる)が開山。
開放的な場所だが中ほどの門から先はめったに入れない。
■寿福寺参道
壽福寺参道の模様の素晴らしさは鎌倉一かもしれない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/0b/37400692c0e516eb2c58e651600176ae.jpg)
■英勝寺
さらに進むと英勝寺(えいしょうじ)である。
太田道潅ゆかりの寺でもともとは尼寺だった。
一時手放したが戻ってきた山門の修復工事が始まっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/43/7ba6a194ebc9c7770a9515391fa1022d.jpg)
英勝寺垣とでも呼びたくなるような白壁が続く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/c0/643c2ac9fde170e618db077cc020e9c7.jpg)
この奥には「化粧坂」「海蔵寺」などが続いている。
■英勝寺の門
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/37/21a2c19fc95c84f910d0459b61fc3e3c.jpg)
花の寺「英勝寺」の門である。
この時期の花を知らせる案内板がかけられている。
続きは「その二」で。