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 (本稿は,釣り考(1)(平成20年2月15日)に続くものである。)
6 ところで私の初任時の裁判長は,たばこを吸われない方であったが,翌年転勤され,新しく喫煙される裁判長が赴任された。
 その方は酒も煙草もお好きな方で,釣りもされた。私と気があったこともあって,随分親しくしていただいた。金曜日の夕方,よく飲みに連れて行っていただいたが,2人で飲むときの費用負担は6対4という協定が成立していた。
 余談になるが,その裁判長はスポーツ万能で,野球,ソフト,テニス,ゴルフなど何でもお出来になった。囲碁も5段で打たれていたと思う。更に余談になるが,仕事も大変よくお出来になり,しかも速かった。ある難しい刑事合議事件の否認事件で,確か翌週火曜日に判決宣告という状態で,主任として判決を書くことになっていた私が,土曜日の夜徹夜して判決の原稿を完成させ,日曜日の午前中に和歌山の裁判長の宿舎に届けたことがあった。しかし翌月曜日の朝には,「ちょっと手を加えといたから見てくれ。」と言われるので,原稿を見ると殆ど全文を書き換えてあったのである。しかもとても明快で分かり易い文章になっており,驚嘆してしまった。
 その裁判長は,もともと大学の工学部に入学されたのに,法曹の道に進みたいと思うようになり,大学3年生で法学部に転部され,その後麻雀ばかりしていたのに4年生の時にストレートで司法試験に合格してしまい,余り勉強もしていないのに合格してしまったので,このまま司法研修所に進んだのでは申し訳ないと,法律の勉強をするために1年留年されたというのである。「まさか麻雀するために留年されたんじゃあないでしょうね。本当に法律の勉強をされたんですか。」とからかうと,裁判長はニヤニヤとされ,答えはなかった。
7 私が釣具を買うために1年前にたばこをやめたという話をすると,その裁判長は,「僕もたばこをやめようかな。」とおっしゃった。そしてその次の日に,新しいたばこの箱からたばこを1本取り出し,おいしそうにふかしていたが,やがてそばにいた司法修習生に,「君はたばこを吸うかね。僕は妻に禁煙をプレゼントすることにしたから,君にこのたばこをやるよ。」と言ってたばこの箱を差し出した。
 それから1時間も経ったころ,その裁判長は,「君,済まんがさっきのたばこを1本くれんかね。」と言って,多少バツが悪そうに,たばこを1本貰って吸った。部屋にいた人はみんな,裁判長に気付かれないようにクスクス笑った。そしてその日の夕方までにそのタバコ1箱を全て裁判長が吸ってしまったのである。まことに愛すべき裁判長というべきであろう。
8 かくして裁判長の禁煙は見事に失敗してしまった。私は「裁判長も釣具を買って禁煙をされませんか。」と勧めたのであるが,裁判長は給料が高額であったために,その小遣いでたばこを吸いながら,釣具を買うことができてしまったのである。禁煙が成功するためには,給料が安く小遣いが足りないことが必要であるということかも知れない。あるいはたばこを吸わないことで浮いた金銭を何かに使いたいという明確な目的と強い動機が必要なのだろう。
9 そのころはまだたばこの発ガン性についてあまり議論されていなかった。健康のためという理由でたばこをやめることは案外難しいが,私の小遣いはたばこを吸いながら釣具を買うには足りなかったことと,たばこをやめてでも釣具を買いたいという強い衝動があったから禁煙できたということであろう。
 その後のたばこの有害性に関する議論を考えるにつけ,当時の私は健康に関して無知・無関心であり,先見の明があったわけではなく,偶然で単に幸運であったというだけのことに過ぎないが,私は妻のお陰で30年前に禁煙に成功したことを心から感謝している。その後私は1本もたばこを吸っていない。たばこはあらゆるガンの最大の原因とされており,たばこを吸うことは緩慢な自殺行為であるとさえ言われている。たばこを1本吸うと10分寿命が縮まるという説もある。
10 その後私は釣用の足として50CCのオートバイを購入するに至った。妻に10万円を借りて一括支払いをして,妻に月5000円ずつ返済していたが,半分ほど返済したころオートバイを盗まれてしまった。ハンドルロックをしていなかったために,直結で盗まれたのである。警察に被害届けを出したが,返ってこなかった。オートバイを盗まれたことから,妻を拝み倒して支払いもストップした。いわゆる踏み倒してしまったのである。夫婦喧嘩の際には今でも妻からその残額を請求されることがある。
11 和歌山では,磯や堤防や砂浜からよく釣れた。チヌとアジとキスが中心であった。船釣りはしなかった。紀州釣りというチヌのヌカダンゴ釣りもマスターした。ただヌカダンゴ釣りは海を汚すので,和歌山以外ではやっていない。 和歌山の裁判所宿舎の裁判官5~6人と私とで釣会を行い,宿舎の裁判長の部屋で釣った魚で懇親会をしたこともある。
 また私の釣具で,大阪の宿舎の若手裁判官夫婦10人余りで,淡路島の民宿に一泊で釣りとテニスの合宿をしたこともあった。
12 その後20年余が経過したころ,私が敬愛していた裁判長も禁煙に成功されたが,その数年後に亡くなられた。多少禁煙が遅かったのかも知れない。私と一緒に禁煙されておれば,今なお健在でおられるのではないかと思うと甚だ残念で,あの時強く禁煙を迫っておけばよかったと後悔した。私もあの時禁煙していなければ,今こうして健在でいることはできなかっただろうと思うことがある。(ムサシ)




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