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釣り考(1)

2008年02月15日 | ムサシ
1 裁判官で釣りを趣味とする人は案外多い。ただ忙しいので現実にはなかなか思うようにはできないようである。私の趣味もテニスと釣りということになっている。私は田舎育ちで,小学生のころ家の近くの農業用の溜池でよくフナを釣っていたから,釣りは好きである。
 釣りの効用としてはストレスの発散などとなるのだろうが,私の場合は,それに加えて珍しい効用があった。それは「釣りのお陰でたばこをやめた。」というものである。何だか「風が吹けば桶屋が儲かる」という類の話のように聞こえそうだ。
2 私はかつてヘビースモーカーであったが,釣りのお陰である時キッパリとたばこをやめたのである。私は大学に入学して間もないころ,遊び心でたばこを吸うようになったが,大学を卒業して行政官庁に勤務していたころ,ヘビースモーカーになった。そのきっかけは甚だ単純で,私の下宿から駅までの500メートルの通勤途中にパチンコ屋があったというだけのことである。そして帰宅途中にパチンコ屋の角を曲がらずに,歩く距離を短縮するためと称してパチンコ屋の中を斜めに突っ切って帰宅していたのであるが,そのうちいつも玉が出ている台が5~6台あることに気が付いた。私はそれを手帳にメモしておいて,そのどれかの台が空いているときだけ約30分玉を弾くことにしたところ,殆ど負けることはなく,成果を全部私が好んで吸っていた「ハイライト」に交換したため,自宅の机の上が常時たばこの山になっていたのである。自然に喫煙量も増えて1日2箱以上吸っていた時期がかなりあった。その状態が長期間継続しておればただでは済まなかったと思われる。その後行政官庁を退職し,小遣いも乏しくなったうえ,下宿も変わり,幸いなことに近くにパチンコ屋もなかったので,全くパチンコをしなくなったという単純な理由で,喫煙量は1日1箱程度に減っていた。
3 私は昭和53年4月に裁判官になり,最初の任地として和歌山地裁に赴任した。妻も同期の裁判官で,妻の任地は大阪地裁であったから,大阪の宿舎に住み,和歌山まで片道1時間半かけて通勤した。毎日旅行しているような気分であったが,往復3時間の通勤はなかなかきつかった。
 着任後1か月のころ,一期先輩の裁判官から釣りを誘われた。「和歌山は釣りのメッカでよく釣れる。」というのである。私も大いに気持ちが動き,釣りをしたいと思った。そこで釣具を購入するために小遣いを値上げしてほしいと妻に頼んだ。ところが妻はキッパリと拒否してこう言った。「あなたはたばこを吸っているのだから,たばこをやめて買ったらどうですか。」。なるほどそれは名案ではある。もしも実行できればの話であるが。
4 忘れもしない昭和53年5月15日の給料日に,私は人生最後のたばこを1箱吸った。そして勤務時間終了後,急いで大阪の宿舎に帰った。宿舎から100メートルの所に釣具屋があったのである。そして早速約6000円のチヌ竿1本とリール,釣針など,とりあえず釣りができる道具一式を買った。そしてその次の日曜日に,いそいそと和歌山に釣りに出かけたのである。よく釣れてとても楽しかった。
5 その次の給料日には魚を入れるクーラーを買った。その次には玉網を買った。その間月に1回の割合で釣りに行ったが,釣具を磨いたりしながら必死にたばこを吸いたい気持ちと戦った。やがて3か月が経過したころには,殆どたばこを吸いたいとは思わなくなっていた。その後も毎月釣具を買ってゆき,釣竿も10本を超えた。かくして私は完全にたばこをやめることができたのである。(ムサシ)(この項続く)