昨日は「午前:映画/午後:講演会」と書きましたが、
あまりに寒くて出かけるのが億劫になり、
結局来週に持ち越しました(^^;)。
で、行って来たのはこちら
初の生松尾雄治(^^)。
予想通りというか、冗談が多くて、深い話はあまり聞けなかったけれど(苦笑)、
大学時代のコンバートの話は印象的。
日本代表のSHに選ばれ遠征に参加し、帰国した直後に故北島監督から突然
「お前にはこれからSOをやってもらう」
と告げられたのだという。
一応知っていた話ではあるけれど、さすがに本人の口から語られると重みが違う。
そして、松尾にSOの可能性を見出した北島監督の慧眼に改めて敬服した。
最近はタレント活動がメインであるため、
松尾の全盛期を知るのは50代以上の高齢ファン位だろう。
しかし、そのプレーは本当に素晴らしいものだった。
今でも松尾のプレーは、脳裏にしっかりと刻まれている
私が意識してラグビー日本代表のテストマッチを観戦したのは、
1984年、あの「伝説の」ウェールズ戦(24-28)が初めてだったと思う。
キャプテンでSO、文字通りのリーダーを務めた松尾は、ピッチ上で正しく輝いていた。
そして、そのウェールズ戦にも出場していた石山、洞口、千田、谷藤らのジャパン戦士とともに築き上げた
新日鉄釜石ラグビー部・日本選手権7連覇を含む、計8度の日本一。
松尾は高校・大学でも日本一になっており、また大学王者になった年にも日本選手権で勝っているから、
高校・大学・社会人と全てのカテゴリーで日本一となり、日本選手権制覇は合計9度!
かの「ミスター・ラグビー」、故平尾誠二ですら日本選手権制覇は7度。
松尾は文字通り日本最高の実績を誇るラグビー選手だった。
個人的には日本史上最高の10番/SOだったと思っている。
岩手の釜石に、松尾と、そして先輩であり現日本ラグビー協会会長である森重隆が二人揃っていた。
そして新日鉄釜石ラグビー部が日本選手権7連覇の偉業を達成した。
そんな奇跡のような時代があり、それをリアルタイムで体験できたことを、嬉しく思う(^^)。
PS1
本日待合のお供
PS2
本日の鑑賞
M.デイビス:プラグド・ニッケル