撮りさるく

有名かとこっちゃ無名のとこっちゃ 写真ば撮ってさるくざい

マカオからバンコク

2008-05-30 03:25:05 | マカオ
マカオは山が多く海も近く、またカトリックの史跡も多いなど、同じポルトガル文化の影響を受けた長崎とは共通点が多く、懐かしさすら覚えます。ただマカオは律儀にポルトガル一本、長崎は歴史の波に飲まれ、ポルトガルからオランダへと鞍替えしたのは周知の通り。


こういう坂道の路地を見ると、故郷を思い出します。この風景などは長崎市内の稲佐か南山手あたりとそっくり。
しかしながら、かたや世界遺産とカジノ、かたやカステラとパチンコ屋、あいた~す、グローバル的に負けとっばい。ばってんそいでよかっさ、故郷に誇りば持っとれば。



マカオ空港は一本だけの滑走路が防波堤みたいに沖合いにあって

ポルトガル国旗と

なぜかしなだれたマカオ旗を従えた五星紅旗が

搭乗口玄関に仲良く並んでおります。

マカオ空港待合ロビーのガラス壁面には名所の写真がずらり。

出国保安検査後はこの広大な待合ロビーで待機。全ての搭乗ゲートが直接つながっています。

3つしかないですが、無料のインターネットもできます。左端のお姉さんと真ん中のお兄さんは、ひとつだけ空いていた左端のPCを使おうとかち合いました。お兄さんが譲ってお姉さんが少しはにかんだ会釈をしつつ、先に使用。のちに真ん中が空いてお兄さんが座りました。ドラマだとここから偶然の出会いが重なり、二人は恋に落ち、などと続くのでしょうがが、何もなかったと思います、多分。

1時間ぐらい遅れて飛行機は離陸。

機内サービスの開始。右のスチュワーデスはやたらでかく、175cmはありました。飛行機は小さく、通路を挟んで3列シート。国際線ですが、マカオ バンコク間は需要が少ないようです。たぶん香港がメインゲートになっているものと思われます。

そういやマカオの通貨はパタカと言うのですが、マカオでは香港ドルも使えます。価値は同じらしい(逆にパタカは香港では使えないとの事)ですが、香港ドルで買い物をしたらお釣りが多かった事があり(毎回ではない)、マカオのくせにパタカより香港ドルのほうが強いようです。両替えは香港ドルにすべし。
また「歓迎人民幣」と看板を掲げた店もあり、人民元も店によってはOKのようです。


機内食。「ライスオアポーク?」と言われ、「ポーク」をリクエストしたら出てきたのがこれ。ひき肉のせビーフンでした。

バンコク着陸直前、いつも仕事で走っているチョンブリ行きモーターウェイ。高速道路が光の帯となっております。

マカオは広い地域ではありませんが見所は多く、次回はせせこましいツアーではなく、ひとりでゆっくり2~3日かけて回ってみたいものです。

次回からまたタイネタに戻ります。

マカオの看板 他

2008-05-29 04:11:28 | マカオ
ネタがないのでひっぱります。
旧市街

新市街


九州人は入店禁止


宝塚歌劇団御用達

平民は入居不可

バスの車中の貼り紙。中国の人は車内でたんつばをはきちらすのでしょうか。

マカイエンサ

2008-05-28 03:57:52 | マカオ
マカオにポルトガル人が始めて上陸したのは1513年、アヘン戦争後の1887年に当時の清王朝からマカオの統治権を獲得し、1999年中国に返還されるまでマカオはポルトガルの海外領土でした。
このような大航海時代に始まる歴史的経緯から、マカオにはポルトガル人を先祖とする人々が相当数おられます。
その出自も様々で、代々ポルトガル人同士で通婚を重ねてきたパターンやポルトガル人と中国人を主流に、大航海時代の航海ルートそのままにポルトガル系をベースにアフリカ系、インド人、マレー人、フィリピン人、との混血を祖先とする方もおられるとか。

マカオの人口約52万人のうち、およそ3%がポルトガル系の血筋を持つ方々だそうで、それぞれの先祖の文化をミックスさせた独特の文化を受け継ぎ、今に至っています。この方々はポルトガル語でマカイエンサ、中国語で土生葡人と呼ばれています。

以下の写真は、街角スナップの中から、マカイエンサと思われる方々をピックアップしたものです。プライバシーの問題がある場合、即刻削除いたします。

真ん中のおじさん。行く先々で出会いました。旅行ガイドの方と思われます。

セナド広場にて二人の若者。


友人同士。右側の女性。

手前の女性。

目抜き通りにて。

ショッピングセンターにて。

工事現場にて。

深夜の街頭警備の警察官。マカオ警察の「シルベスタ スタローン」。そっくりでした。

そういや以前、中国本土の某都市でジャンクロードバンダムにそっくりの警察官を見かけました。おそらくオロス族(ロシア系)の方だったのではないかと。バンダムは目つきが鋭く体もでかくて怖かったが、スタローンは小柄で、優しそうな感じがしました。

マカオは警察が多かった

2008-05-27 04:16:59 | マカオ
マカオといえばカジノの利権をめぐり、一時期はマフィアの抗争が激化し、暗いイメージがありました。
またその昔、「Gメン75」というテレビドラマがあり、(出演は故丹波哲郎さん、若林豪さん、夏木陽介さん、他)このドラマは何年かに一回必ず「香港マカオシリーズ」というのをやっておりました。
毎回、大体の筋は同じで、倉田保昭さん扮するGメンと、香港のマフィアの空手使い(筋肉ムキムキ、確かヤン・スーさんとかいう香港俳優、毎回やられて、次の回も別の役柄で登場していた)が対決、更には自分が射殺したマフィアが幼い頃生き別れた弟だったとか、育ての親だったとか、そんな暗い筋書きで、Gメンの放送時間である土曜の昼(長崎では土曜の午後3時ごろだった)と、香港マカオといえば、いまだに物悲しい記憶が残っています。

しかし今のマカオは中国に返還されてから治安もだいぶ良くなった様で、犯罪発生率も日本と同じ位らしく、夜中の2時3時にひとりで街中を歩いても怖いとは思いませんでした。実際夫婦連れや若い女性のグループなど、沢山の人が夜の街をそぞろ歩いておりましたが、人通りのない暗い路地や旧市街などはやはり危険なようで、近づかない方が良いそうです。


マカオ治安警察局の紋章。ダビデの星に中国語とポルトガル語表記。

街中ではパトカーを頻繁に見かけます。

青とオレンジの塗装に「警察」「POLICIA」と中国語、ポルトガル語表記。


車両はトヨタかホンダが主流のようです。


中国本土の公安(警察)車両とは全く異なります。

中国本土の警察車両。白と青の塗装に「公安」「警察」「POLICE」の表示。
注:中国本土で警察関係のもの(建物、車両、警察官)を撮影するのは危険ですのでやめましょう。天安門広場等、観光地の一部になっているようなものは別でしょうが、そうでない場合は見つかったら逮捕される危険があります。

昼間の目抜き通りで


夜の盛り場で


カジノ前で

深夜の道路脇で、警察官の姿をよく目にします。


護送車両


夜の街での出動風景。テレビの特番「警察24時」を思い出す。

澳門威尼斯人酒店

2008-05-26 02:00:37 | マカオ
ベネチアンホテル。カジノと高級ショッピングモールがはいった大きなホテルです。ツアーはここで約3時間の自由行動となりました。

1階ロビー。ひとり寂しく、迷子にならぬよう、地元観光客の後をつけて、中を散策

エスカレータで2階へ上がると天井に空があってびっくり。

皆さん記念撮影、空を見上げてびっくり。

夕方を意識しているのか、少し空も暗めです。

運河もあります。

運河のほとりは記念撮影のお客さんで一杯。


フードコートもあり。唯一庶民が利用できそうな施設。

広場ではアトラクションも行われます。

大道芸人と記念撮影。

人だかりがすごい。

足長おじさんと操り人形のコンビ。

カンツォーネを歌ったりもします。


ショッピングモールに謎の白装束が登場。

顔の部分拡大


人間石像。動きません。足元には投げ銭が。

中は巨大で迷路のようです。

そして1階ロビーのカジノ入り口。

18歳未満は入場禁止。このついたての向こうがカジノ区域。カバンは中をチェックされ、帽子をかぶっている場合は脱帽の要あるも、自由に出入りできます。正装も不要。中は撮影禁止ですがジーパンにアロハシャツの中国人客で一杯でした。


路環山頂公園と土生葡人之家

2008-05-25 16:07:16 | マカオ
媽祖閣を後にマカオ中国境界を車窓に眺めつつ次の目的地へ。


小さな山の頂にある「路環山頂公園」

大きなお寺と

媽祖の巨大像がありました。


山を降りてしばらく走り、造成中の工業団地みたいなところでツアーバスはいきなり停車。
巨大カジノホテルを望む。(実はこれが後に向かう目的地であった。)

瀟洒な家が見えてくる。ツアーの添乗員が「ここは30分だけ」というので急ぎ足で移動。


何軒かならんでいます。


一番手前「土生葡人之家」だそうです。観覧無料。カジノで儲かっているおかげです。他にも何件か家がありましたが、内部の写真撮影OKはここだけでした。

「土生葡人之家」とは何ぞや、パンフレットの英文説明では「マカオ人の家」となっていました。

中の様子

「土生葡人」とはマカオで生まれ育ったポルトガル人の方々を言うそうですが、中国語の説明では更に詳しく、純粋のポルトガル人以外に、長い歴史の中でポルトガル人とインド人、マレー人、フィリピン人、中国人との混血、さらにそれらが混ざりあった遺伝子を受け継ぐ人々をも指すようです。


往時の「土生葡人」の方々。

土生葡人之家を後に、解放軍施設の前を通り、次へ向かう。


媽祖閣

2008-05-24 03:57:34 | マカオ
5月18日(日)二日目最初の訪問先はマカオの語源となったといわれる海の女神「アーマーガオ」を祀った媽祖閣です。
バスを降りると目の前には教会風倉庫が。


町名表示。中国語とポルトガル語。


媽祖閣入り口。


中へ入る。ここが記念撮影の名所らしい。


奥の院。黄色シャツのあんちゃんがさかんに呼び込みをやっていた。お寺で客引きなんかやるかね、普通。


奥の院からの景色。中国がすぐ目の前に。


奥の院を下から望む。

境内の様子。

小さなお堂も、


世界遺産です。

続いて本堂へ。

海の神様だけあって、船が飾ってあります。

本堂を外から見る。

巨大線香。

なかなかの賑わいぶりでした。

続く


マカオの夜景

2008-05-23 03:10:51 | マカオ
5月17日(土)マカオの夜の街を散歩
ホテル近くの夜景

中心街へ向かう途上。圧巻の眺め。

しばし歩く

こういうビルは日本でも見た事ないです。


商店街も明るい


商店街近くのカジノ

おまけ。ホテル近くの建物。中華人民共和国外交部マカオ駐在機構だそうです。マカオ初日の夜はこうして更けていきました。
続く

聖ポール天主堂跡

2008-05-22 01:37:39 | マカオ
博物館で感動に浸った後はマカオ世界遺産の代表、聖ポール天主堂跡です。
荘厳です。1602年、イエズス会によって建てられた教会でしたが、

1835年、火事でほとんどが焼けてしまい、正面だけが残ったものです。

裏はこんなです。階段で登れるようになっています。飲料水を持っている場合は警備員に下に置いていく様に指示されます。


ハリボテ状態でもきちんと見るべきものはありました。奥に地下展示室へと下る階段があります。入場無料。


向かって右の地下展示室は礼拝堂。この両側にはその昔、キリスト教布教途上で殉教した方々の遺骨がガラスケースの中に安置されています。さすがに写真は遠慮いたしました。


向かって左側は教会にまつわる遺物の数々が展示されています。










無料でこれだけのものを見られるのは、やはりカジノで潤っているからでしょう。

地上に出るとなぜか獅子舞

楽隊の皆さん。

真下から。

横の方は普通の住宅区域でした。

続く


マカオ博物館

2008-05-20 01:40:10 | マカオ
セナド広場で昼食の後、歩いて次の目的地へ向かいます。タイからのタイ人向けツアーなので添乗員のおばさんのタイ語の説明が全くわからず、とりあえず最後尾からのこのこついていく。
なだらかな坂の両側は商店が並んでいる。人ごみを掻き分け、行き着いたところは、


おお、これはマカオの世界遺産の代表選手。思わず頭の中で緒方直人さんのナレーションと例の音楽が流れ出します。

しかしこれを見学する前に、すぐそばにある博物館に寄るとか。(添乗員のおばさん、この男にはタイ語は無理とやっと気付いたのか、これ以降、説明が終わると近寄ってきて、行動予定を英語で説明しなおしてくれる。)

博物館前の遺構。

博物館なんかいいから早く世界遺産を見せろよ、と思ったところが素人の赤坂見附。中へ入ってびっくり下谷の広徳寺。

キリシタン遺物や


南蛮文化の数々。

ビデオルームや

往時のマカオを偲ばせるミニチュア、


及び中国人一般家庭の内部の再現、


また街頭で市をなす物売り蝋人形複数(しゃべる)や

ポルトガル人家庭の再現、


京劇に関するコーナー、その他古代から近代の多数の展示品、


さらに出口の顔出し看板に至るまで、マカオのエキゾチックな魅力を余す所なく伝えてくれます。
極めつけは博物館には珍しく、特別展示を除き、常設展示品は写真撮影OKというサービスの良さ、ただしフラッシュは禁止です。


出口を出るとそこは屋上、
屋上は庭園になっていて

マカオ市街が見渡せる。

実はこの博物館は昔のポルトガルの砲台跡に建てられており、

外側はこんなになっています。

ポルトガル語の銘板。何と書いてあるのかわからん。帰って調べたらここも世界遺産で「モンテ砦」というそうです。
個人的な意見ですが、マカオ博物館は良かったです。    
続く