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MSSさんに日米の財政赤字解消についてご質問頂きましたが、正直なところ私には勝手な「大胆占い」程度のことを書くほどの知識もない畑違いの領域です。しかし、このままルース・エンドにしておくより、この機会に勉強して恥ずかしながら自分の考え、というより「思い」を整理してみる事にした。
日米の財政赤字は基本的に性格が違うと私は考えている。両国は民主主義国家で、建前では民意を反映した政策決定プロセスが存在するが、同じ民主主義プロセスといっても似て非なるものだ。我国が現在抱えている財政赤字は経済プロセスではなく、政治プロセスの質の問題であり、その観点から議論してみたい。
高度成長時代からバブルまではインフレの時代であり、パイの大きさが毎年大きくなり右肩上がりの歳入を前提にした効率よりも速度の時代だった。しかしバブル崩壊後デフレの時代に入り名目パイの大きさは減少、限られた資源の配分には国民を納得させるビジョンが必須となった。この当たり前の前提が時々忘れられ不毛の議論を繰り返しているように私は感じる。
マネジャブルな米国財政赤字
米国の現在の財政赤字は巨大な軍事力を支えていく為に生じた。9.11後、テロ対策費が急増した。米軍のイラク駐在が長引き、加えて緊急景気刺激策の実施により、予算教書は2008年4100億ドル、2009年4070億ドルの赤字と予想、2007年の1630億ドルから過去最大の財政赤字に迫っている。実際2008年は景気後退による税収減は避けられず、財政赤字は更に悪化する見込みだ。
しかし、財政規律か社会的公平性のどちらに重きを置くか政策を国民が選択し実現しうる政治システムが米国では機能しており、中期的には財政赤字は管理可能と理解している。今回の大統領選でも共和党のマケイン候補だけでなく、ヒラリー・オバマ両候補とも財政規律の遵守・強化は公約にある。
米国の財政が非効率だとすれば、その最大の要因は産軍複合体制であろう。が、そうだとしても選挙や委員会、民間監視機関、メディアなどの監視の眼が光っており、一定のチェックがかかっている。端的に言えば米国の財政は透明度が高く、しっかりとした監視の目と政権交代による民意のフィードバックがかかるシステムの中で運用され、管理可能な状態にあると私は考える。
欠陥システム
一方、日本の政策決定プロセスも政官に選挙とメディアが民意をフィードバックするシステムが存在するが、残念ながら米国ほど民主的で透明な仕組みではなく効果的でもない。要所に既得権益の隘路が組み込まれた複雑な経済システム、むしろ欠陥システムといったほうがぴったり来る。
少子高齢化の低成長時代に使える財源は限られている。国家を運営し財政赤字を解消していくためには、歳入に見合った歳出をする以外に道はない。どの領域にどれだけ財源を投入するか国民的合意の下で全歳出の優先順位(成長で歳入増を図る政策も含め)を決め、徹底的に無駄を省き行政効率を高めるしかない。何かを取れば、何かを捨てねばならない現実に直面している。
然るに例えば今話題の道路財源を取り上げると、官僚の裁量で道路が作られそれが命綱になっている人達がいる。最も重要な議論は全歳出の中で個々の道路の優先順位を付けねばならないはずなのに、例えば宮崎県知事の主張のようにある地域に道路が必要かどうかだけの不毛な議論に矮小化されている。
官僚の発想の多くは所属する省の既得権を超えられず、部分最適による「合成の誤謬」が生じる。ある意味これは当然かもしれない。問題は政治が官僚の言いなりになり(もしくは利用して)歯止めをかけられず、チェックされないことをいいことに官僚は非常識な出費を繰り返し、隠蔽されたままで毎年財政赤字を積み上げるところに我国の病の深刻さが集約されている。全省庁が同じ状況にあることは容易に想像できる。これは正に欠陥システムとしかいえない。
後退した改革機運、耐え難い官僚の堕落、民意も?
実際、省をまたがる案件の国家的優先順位を決めるのが政治の役割だが、歴代の大臣は省益優先の官僚の言いなりだった。道路の例では自民とは違う取り組みを期待された公明党大臣も、あきれたことに官僚を代弁するだけの無残な結果になった。道路だけに留まらず、小泉首相時代の改革の機運は福田首相がすっかり後退させた。
国民の意思を汲んで税金の使い道の優先順位を決める政治プロセスと、政治決定に基づき行政の効率化を進める官僚がいなければ財政赤字解消は出来るとは思えない。もしそれが不十分なら軌道修正を後ろから後押しするのがジャーナリズムの役割だが、格差問題報道などに見られるポピュリズム的報道姿勢は表面的で、逆に財政赤字の拡大に大きく貢献している。
だが我々民意も今日のことしか考えず、この状況が続くのを許しているのも一方の事実だ。弱者は自動的に正義でもないし、清潔でもない。口では政治に正義を求めても、政治は民意の反映であることを忘れてはならない。小泉内閣時代に田中直毅氏が命名した政策決定プロセス「05年体制」は何処へ行ったのだろうか。
結局は風頼みか?
だが、前提が変ると状況は全く違ったものになる。例えば70年代石油ショックの後の狂乱物価といわれたインフレが来れば、政策も何も吹き飛ばし過去の重荷(借金)は一気に軽くなる。一方で年金生活者は一気に奈落の底に突き落とされるのだが。現実は、物価は上がるが景気は悪いままの所謂スタグフレーション(不況下のインフレ)になる可能性のほうがよっぽど高いが。
もう一つはもっと非現実的だが、日本が戦争に巻き込まれる可能性だ。冷戦終了後、「歴史は終」らなかった。グローバリゼーションがもたらした途上国の経済急成長と資源価格の高騰はかつて無いスピードで世界的な富の移転を起し、パワーバランスが変ろうとしている。この急激な変化が全て平和裏に行われるだろうか?新大統領下で米国が内向きになれば何かが起こるかも。
日本が自らの意思で変ったのは随分昔に遡る。明治維新といえども外圧を受け亡国の危機感を持った西国の下級武士たちが革命の原動力になった。その前といえば、戦国時代の信長まで遡る。信長は自らを省みて改革をした歴史上極めて稀な存在だった。
インフレも、戦争も、信長も何時来るか分からない。その間にも破産間際の自治体から国まで咎めを受けることなく公金横領まがいが続いている。それが民意なら国民や住民は財政赤字を負担するしかないのだが、多くの人々は他人事のように受け取っているように感じる。このままでは風が吹いてくるのを待つ民族的遺伝子とも言える「問題先送り」を続けることになるだろう。
私的・結論
赤字の最大の問題は、官僚の堕落と政治の貧困により政策決定プロセスが機能せず、行政効率が極端に悪化していることであると私は思う。昨今報じられる年金から薬害、道路財源などの問題に光が当てられると、先ず例外なく公務員の不作為の罪と公金横領まがいの行為が後を追って表面化した。
福田内閣が支持を失い野党が代替できない現状の閉塞感は、細川政権登場前夜と酷似しているという指摘に肯けるものがある。イデオロギーや政策を異にするが唯一政権をとる目的で集合した政党を一旦解党して、政策を共にする集団に再編する動きを私は期待したい。
再編後のあるべき姿は月並みだが「大きい政府」か「小さい政府」を党の基本理念におき、基本的に全ての会計をオープンにし、政権の交代(国民の意思)で局長級以上の主要官僚スタッフを交代させ支持を受けた選挙公約をキチンと実行させるものとすべきだ。
非国防裁量的支出において、日米両国に共通するのは社会保障費や医療費が予算全体に重くのしかかっており、優先順位に基づいた財政構造改革なくして財政赤字解消は達成できないことだ。民意が馬鹿か、官僚が性悪か、政治が無能か、とにかくやってみたらどうか。今より悪くはならないと思う。
(蛇足) 直近の悪い兆候?
米国政府は2007年に2071億ドルの国債を発行し、8割の1677億ドルが海外からだった。今月7日の30年物国債入札が不調に終ったと目立たなく報じられている。これは長期金利上昇の警告かも知れないと恐れるエコノミストの記事が気になる。米国の財政赤字はマネジャブルなんて言切ったが、海外からの信任を失ったらヤバイ。そして世界に波及する。■