2024年4月のメディカル・ミステリーです。
Medical Mysteries: Years of hives and fevers traced to a startling cause
メディカル・ミステリー:長年の蕁麻疹と発熱は驚くべき原因につながった
A California woman suffered from an episodic flu-like illness that defied explanation. Its origin stunned her doctors.
カリフォルニアの女性は説明できない繰り返し出現する感冒様症状に悩まされていた。その原因は彼女の医師らに衝撃を与えるものだった。
By Sandra G. Boodman
(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)
Beth Sternlieb(ベス・スターンリーブ)さんの不可解な疾患について、彼女を診ている Los Angeles (ロサンゼルス)の医師らが確信を持って言えることはほとんどなかったが、これだけは明らかだった:長期に渡って抑えられていたが、劇的に悪化してしまっているということだ。
20年近くの間、Sternlieb さんは、頭痛・腹痛で始まり倦怠感、筋肉痛、および下痢を伴う感冒様の症状の繰り返しに悩まされていた。そして始まって一日以内に斑点状の赤い発疹が腹部に出現した。
Beth Sternlieb さんのいつまでも続く症状は医師らを困惑させた。(Courtesy of Beth Sternlieb)
University of California at Los Angeles(カリフォルニア大学ロサンゼルス校、UCLA)の小児疼痛プログラムでヨガと瞑想の指導者として働いている Sternlieb さんは数多くの検査を受けたが、年間に2、3度起こり、約5日間症状が続く正体不明の疾患の原因を明らかにすることができなかった。17年後の2004年、その病気はより頻繁にみられるようになり、Sternlieb さんは発作と発作の合間にも症状が完全には回復しなくなっていた。そしてその1年後、彼女に高熱、悪寒、極度の疲労が出現しそれが 5ヶ月続いたため寝たきりとなった。
きわめて稀で衝撃的だった原因は、Sternlieb さんが手術を受けたあとようやく特定され、ついに彼女に治癒が得られた。
「私のおなかが発赤したのは良いことでした。なぜならそのことが医師らの注意を引くことになったからです」最近、Sternlieb さんはそう話す。「実際に悪いところがあったのですが、誰もこれを想像できなかったのです」
Bad case of flu 重症のインフルエンザ
最初の症状は Sternlieb さんの2人目の子供が生まれた2週間後の 1987年12月に起こった。「これまでになく具合が悪くなったのです」と Sternlieb さんは言う。当時彼女は37歳だった。「インフルエンザの季節でしたし、その年は特にひどいインフルエンザの流行がありました」そのため医師らは彼女の病状はインフルエンザのせいであると考えた。
6ヶ月後に症状の再発があり、その後何年間もそのパターンが繰り返された。
当初、Sternlieb さんは、腹部に出現した小さな赤い発疹にはあまり注意を払わなかった。その発疹は日焼けに似ていたが痛みも痒みもなかった。医師らは最終的にそれを hives(蕁麻疹)であると結論づけた。これは食物や薬剤に対するアレルギー反応として生じるありふれた皮膚疾患である;ただしその原因が発見されないことも多々みられる。
彼女のプライマリケア医は、自己免疫疾患治療を専門とする医師であるリウマチ専門医に彼女を紹介し、そこに彼女は数年間通院した。彼が血液検査を施行したところ、身体が誤って自身を攻撃する何らかの自己免疫疾患の存在が示唆されると説明した。
その後年月を重ねるにつれて、Sternlieb さんは、この発作的症状が、旅行、パーティ参加、あるいは睡眠不足など、“いい意味でも悪い意味でも”ストレスにある期間に起こるように思われた。「それには精神的要因があるに違いないと考えました」と彼女は言う。
彼女は深刻な病気がみつからないことに安堵し、自身の生活においてこの発作とうまく付き合っていくよう努めた。彼女は医師らが原因を見つけ出し、それが何であれ彼らが治療し症状を断ち切ってくれることを望んだ。
Travel history 旅行歴
しかし、2005年までに Sternlieb さんの平穏な生活は健康状態の急激な悪化によって打ち砕かれることになる。
その夏、彼女は重い病状となり回復しなかった。発熱は周期的に104度(摂氏40度)に達し、高度の脱力・倦怠感とともに多量の寝汗に襲われた。彼女は15ポンド(6.8㎏)体重が減り、仕事はできず、大部分の時間をベッドやソファの上で過ごした。それまで腹部に限局していた発疹は首や胴回りに広がった。血液検査では炎症の数字が上昇し、白血球数が増加していた。
Sternlieb さんは複数の専門医への受診を始めた。感染症専門医は旅行歴を綿密にチェックした。それには何年も前のインド旅行が含まれていたが、結局、マラリアや他の寄生虫感染症は除外された。医師らは、HIV や肝炎だけでなく、原因不明の発熱に関連するいくつかの自己免疫疾患など様々な疾病を考慮しては否定した。その中には繰り返す発熱や炎症を引き起こす遺伝性疾患である familial Mediterranean fever(家族性地中海熱)もあった。
考えらえる原因としては感染症やアレルギーの可能性が残っていた。再発性の蕁麻疹ではあるものの後者の可能性は低かったと話すのは、当時UCLA のアレルギー免疫学の研究員で Sternlieb さんが受診した医師の一人である Raffi Tachdjian(ラフィ・タヒジャン) 氏である。
「蕁麻疹は通常24時間続きますが、このように長く続くことはありません」と彼は思い起こす。「私たちが追求すべきは何か稀なもの…Sternlieb さんに免疫系の反応を引き起こしている熱源を有する何らかの病変がどこかにあるように思われました」
「感染した組織に抗体が届かない副鼻腔でこういったことがあり、薬物治療で事実上根絶できなくなり感染がくすぶっている状態になるのです」と彼は付け加えて言う。
感染症専門医によって行われた CT スキャンでは多発性の子宮筋腫が認められたが、これは問題を生じない限り治療を要すことのないありふれた良性の腫瘍である。その検査では、子宮筋腫の一つが非常に大きくなっており、degenerating(変性=死にかけている)あるいは necrotic(壊死=死んでいる)となっている可能性があったが、それは腫瘍が血液供給を失ったときにみられるものである。
Degenerating fibroid(変性子宮筋腫)は非常に速く増大しうる。しかし、医師らは子宮に存在する平滑筋内で増大する leiomyosarcoma(平滑筋肉腫)などの稀な悪性腫瘍の可能性を心配していた。新たに加わった婦人科医の Jessica Schneider(ジェシカ・シュナイダー)氏を含め彼女の担当医らは誰一人として、彼女の長年にわたる症状と子宮筋腫の間に関連があるのかどうかわからなかった。
蕁麻疹が子宮筋腫または悪性腫瘍と関連がないとすれば蕁麻疹を説明できるものは何なのだろうか?
「子宮筋腫がこれを引き起こしていることは明らかではないとみられていました」Cedars-Sinai Medical Group(シーダーズ・サイナイ医療事業団) のメンバーである Schneider 氏は言う。「しかしそれは典型的な子宮筋腫ではないように見えましたのでそれを摘出することを勧めました」。Sternlieb さんは、子宮摘出後も依然として具合が悪いままかもしれないと心配したそうだが、これに同意した。
2005年 12 月の手術で Schneider 氏は8個の子宮筋腫を摘出した。最大のものは11センチと途方もなく大きく、大きなグレープフルーツのサイズだった。
ほぼ20年後となる今も Schneider 氏はそのユニークな性状をありありと覚えている。彼女によると通常子宮筋腫は筋肉の球状の塊であるのだという。しかしこの腫瘍には膿が充満しており、メスが触れたとき爆発するように噴出した。
「まともじゃなかったです」と話す Schneider 氏は後にも先にもそのような物は見たことがなかったという。彼女は抗生物質を投与し、解析のために病理検査室に送り培養を行った。
Tachdjian 氏は、Schneider 氏が手術を終えた直後に発見したもの伝えるために電話をかけてきたことを 覚えている。「『一体全体何が生えてくるか知る必要がある』と思いました」と Tachdjian 氏は言う。「病気がなんであれ、今回の手術でそれをうまくコントロールできることを私たちは祈っていました。でもそれは時間が経たないと分からないことでした」
‘A nice nest’ ‘格好の温床’
それから 2、3週して、最初の疑問の答えが返ってきた。培養では不明な株の salmonella(サルモネラ)が見つかった。これは通常汚染された食物によって引き起こされるありふれた細菌感染症である。The Centers for Disease Control and Prevention(米国疾病予防管理センター)によると、サルモネラは年間 130 万人件以上の疾病を引き起こし、26,000 件以上の入院と 420人の死亡をもたらしていると推計されている。Sternlieb さんも彼女の医師らもいつどのようにして彼女が salmonella に感染したのかわからなかった。Tachdjian 氏によると、salmonella は腸内に定着すると蕁麻疹を引き起こすことが知られているという。
Sternlieb さんのケースでは細菌は1箇所の子宮筋腫のみに潜伏していた;つまり残り7箇所には salmonella は存在していなかった。
「恐らく菌は腸管に潜在していたが、『自分にとってここが格好の温床だ』と考えたのでしょう」と Tachdjian 氏は言う。彼は現在 Santa Monica(サンタ・モニカ)で開業しており、UCLA David Geffen School of Medicine(UCLA デビッド・ゲフィン医科大学)で内科と小児科の臨床准教授を務めている。
しかし Sternlieb さんの感染の持続期間、子宮筋腫内という部位、および繰り返す蕁麻疹という特徴によって、本症例はちょっとした fascinoma(ファシノーマ;非常に興味のある腫瘍・奇病)となった。これは稀で非常に興味深い症例のことを指す医療俗語であり、その重要性はその原因の発見によってさらに増す。
「私は年配の医師たちにこのようなケースを見たことがあるか問い続けましたが、誰も見たことはないと言いました」と Schneider 氏は言う。Tachdjian 氏が行った医学雑誌の検索でも類似のケースは見つからなかった。
Salmonella は報告義務のある疾患であったためカルフォルニアの衛生当局は通知を受けた。
手術後数ヶ月後、Sternlieb さんは公衆衛生の看護師の家庭訪問を受け驚くべき知らせを受けた:彼女の感染の由来は食べ物ではなく爬虫類だったというのである。
カメは salmonella を保有していることが知られており、小さな子供への感染の危険があることから連邦法で小さな亀の売買が長く禁止されてきた一つの理由となっている。ヘビ、カエル(両生類)、トカゲなどの他の爬虫類も保菌動物であり、このため公衆衛生当局はそれらに触った後の手洗いの重要性を強調している。
しかし Sternlieb さんによると彼女の家族は一度も爬虫類のペットを飼ったことはなかったという。彼女の症状が産後間もなく始まっていることから Sternlieb さんの感染症専門医は病院内で、恐らく病院スタッフからこの感染症に罹患したのではないかと考えた。妊娠中や分娩前には母親の免疫系は、それによって胎児への拒絶反応が起こることを防ぐために抑えられていることがある。
およそ20年前にさかのぼって爬虫類への暴露の可能性を思い出そうと頭を悩ませた Sternlieb さんが言うには、もう一つの可能性は、当時4歳の息子が通っていた保育園でペットの爬虫類から感染が起こったというものである。しかし、彼が自宅に爬虫類を持って帰ったことはなく、その保育園がそのようなペットを飼っていたことも覚えていないと、彼女は付け加えて言う。
Schneiderさんによると手術後ほぼすぐに回復がみられ、再度の発作は起こらなかったという。医師らは手術で治癒が得られたとみなした。
Tachdjian 氏は、彼女は病院で危険にさらされたと考えているが、適切な時に手術を受けたのは幸運だったと言う。もし子宮筋腫が破れていたら、Sternlieb さんは細菌が血流に入り込むことで生ずる致死的感染症である敗血症を起こしていた可能性があった。
2010年、Tachdjian氏、Schneider 氏、および他の2人の医師は Journal Obstetrics and Gynecology という雑誌に彼女の症例報告を発表した。Tachdjian 氏によると彼らの目指すところは、今にも爆発しそうな骨盤感染症に起こり得る徴候として腹部の蕁麻疹を考慮することを他の医師たちに喚起することだった。
「このような報告は必要とされるものです。それによって次にこのような病状に遭遇した医師がすぐに画像で捉えることができるのです」と彼は言う。
きわめてめずらしい疾患なのでここではあまり追加することはないが
参考までにサルモネラ感染症について記載する。
詳細については国立感染症研究所のサイトをご参照いただきたい。
サルモネラ感染症の原因菌はサルモネラ(Salmonella enterica)である。
サルモネラは2,000種類以上の血清型に細分されており、
チフス性疾患をおこすチフス菌(S .Typhi)
およびパラチフス菌(S .Paratyphi A)も含まれる。
サルモネラ症は世界で下痢症を起こす4大原因疾患のうちの1つとなっている。
(あと3つは、カンピロバクター、腸管病原性大腸菌、腸炎ビブリオ)
疫学
わが国におけるサルモネラは、ここ数年間、常に、腸炎ビブリオと
1、2位を争う代表的食中毒原因菌となっている。
サルモネラの食中毒はカンピロバクターと同様に大型の事例が多く、
学校、福祉施設、病院で多発している。
この疾患の重症度は宿主要因とともにサルモネラの血清型に左右される。
血清型との関係では、1980 年後半から鶏卵関連食品が原因で
E Enteritidis が急増してきた。
また、抗生物質に対する多剤耐性を持つ細菌の出現は
世界的に公衆衛生上の大きな懸念事項となっている。
わが国では多くはないが、最近耐性菌の発生が見られるようになっている。
サルモネラは健康な成人ではその症状が胃腸炎にとどまるが、
小児や高齢者では重篤となることがある。
サルモネラはグラム陰性の通性嫌気性桿菌で腸内細菌科に属する。
現在までに、サルモネラ・ボンゴリ(Salmonella bongori)と
サルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)の2種があり、
さらに亜種、血清型により2,500を超える種類が分類されている。
サルモネラは乾燥した環境でも数週間、水中でも数ヶ月間は
生存可能で生存力の強い細菌である。
一般に胃腸炎をおこすサルモネラは亜種I の菌種のみで、
その他のサルモネラは非病原性菌とされている。
サルモネラは自然界のあらゆるところに生息し、
犬・猫・鳥などのペット、鳥類、爬虫類、両生類が保菌している。
特に家畜(ブタ、ニワトリ、ウシ)の腸管内では、常在菌として
保菌していることが知られている。
臨床症状
動物に由来する細菌の含まれた食べ物(主に卵、肉、家禽、生乳)を
食べることで感染する。
その他肥料で汚れた緑黄野菜なども感染源となる。
また人の便から口に入ることでの感染も起こり得る。
さらにペットなどの感染した動物と接触することでも感染する。
サルモネラの臨床症状は多岐にわたるが、最も普通にみられるのは
急性胃腸炎である。
通常8〜48 時間の潜伏期を経て発病するが、最近のEnteritidis 感染では
3〜4 日後の発病もめずらしくない。
症状はまず悪心および嘔吐で始まり、数時間後に腹痛および下痢を起こす。
やや高い熱が出るのが特徴とされている。
下痢は1日数回から十数回で、3〜4 日持続するが、1 週間以上に
及ぶこともある。
小児では意識障害、痙攣および菌血症、高齢者では急性脱水症、
および菌血症を起こすなど重症化しやすく、回復も遅れる傾向がある。
診断
症状と患者背景により臨床診断をし、平行して確定診断を行う。
38 ℃以上の発熱、1 日10 回以上の水様性下痢、血便、腹痛などを
呈する重症例では、まず本症が疑われることが多い。
検査所見では炎症の程度に応じて白血球数、CRP 等の炎症反応の増加が
見られる。確定診断は糞便、血液、穿刺液、リンパ液等より菌の検出を行う。
サルモネラの特異的な迅速診断法はない。
治療
サルモネラのみならず細菌性胃腸炎では、発熱と下痢による脱水の補正と
腹痛など胃腸炎症状の緩和を中心に対症療法を行うのが原則である。
強力な下痢止めは除菌を遅らせたり麻痺性イレウスを引き起こしたりする
危険があるので、使用しない。
解熱剤は後述のニューキノロン薬と併用禁忌(ケトプロフェン)がある上、
脱水を悪化させる可能性があるので、できるだけ使用を避ける。
抗菌薬は軽症・中等症のケースでは使用が推奨されていない。
しかし重症例や小児、高齢者、免疫不全患者などでは必要となることがある。
サルモネラに対して臨床的に有効性が認められている抗菌薬は、
アンピシリン(ABPC )、ホスホマイシン(FOM )、および
ニューキノロン薬に限られる。
わが国の非チフス性サルモネラの薬剤耐性率はABPC に20〜30%、
FOM に対し10%未満であり、ニューキノロン薬耐性はほとんどみられない。
サルモネラ症では、症状が改善されても排菌が続くことがある。
抗菌薬の投与によって腸内細菌叢が撹乱され、除菌が遅れる上、
耐性菌の誘発、サルモネラに対する易感染性を高めるなどの理由で、
単純な胃腸炎には投与すべきではないとの意見が欧米では一般的となっている。
わが国では、ニューキノロン薬の7日間投与は腸内細菌叢に対する影響もなく、
除菌率も高いという成績に基づき、使用されている。
予防
サルモネラの予防は原因食品、特に食肉および鶏卵の低温保存管理、
またそれらの調理時および調理後の汚染防止が基本である。
低年齢層ではペット動物やゴキブリなどからの接触感染にも注意する。
トイレ後や動物に触った後の手洗いが重要である。
感染症法では「感染性胃腸炎」は定点報告対象(5類感染症)であり、
指定届出機関(全国約3,000カ所の小児科定点医療機関)は週毎に
保健所に届け出なければならない。
食品衛生法では食中毒が疑われるときには 24 時間以内に最寄りの保健所に
届け出ることになっている。
これから夏場に向いサルモネラによる食中毒も増加する傾向にある。
ウイルスだけでなく、細菌にも十分お気をつけいただきたい。