MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

蹄 (ひづめ) の音は馬?それともシマウマ?

2016-07-27 15:01:07 | 健康・病気

7月のメディカル・ミステリーです。

 

7月25日付 Washington Post 電子版


In looking for ‘zebra,’ doctors are stumped by toddler’s painful legs, rash and bleeding gums

“ 稀な病気 (zebra) ”を考えていた医師らは幼児の足の痛み、発疹、歯肉の出血に当惑した


(Cameron Cottrill for The Washington Post)

By Sandra G. Boodman,

 内科と小児科のレジデントだった Dina Hafez 女史が医療チームの他のメンバーとともに、その幼児がいる Michigan's C.S. Mott Children's Hospital の病室に入ったとき、最悪の事態を懸念した。2才半になるこの子は、症状が悪化している原因を地元の施設の医師が解明できなかったため、夜の間に転送されてきていたのだ。

 うす茶色の髪の毛をしたそのおとなしい小さな男児は歩くことができず、両足を触れられると泣き、そのためにカエルのような奇妙な姿勢を保っていた。発疹が身体中に認められ、歯肉からは出血がみられていた。

 大きな教育病院でアメリカ中西部の患者の紹介病院として、「多くの “zebras(シマウマ)” を見ています」と Hafez 女史は言う。彼女が使う “zebras” という言葉は、その多くが海外の疾病だが、予想外の診断名に用いられる医学用語である(MrK註:蹄の音を聞いたとき大概は馬であり、それがシマウマである可能性は低いことから)。現在は Ann Arbor にある VA Medical Center の Robert Wood Johnson Clinical Scholar(ロバート・ウッド・ジョンソン臨床研究員)となっている Hafez 女史は2013年の春、小児集中治療室で1ヶ月間のローテーションを行っていた。最も可能性がある疾患として医師らが最初に疑った zebras は、急速な麻痺を引き起こす Guillain-Barré (ギラン・バレー) 症候群と脊髄を圧迫する悪性腫瘍だった。

 どちらにしても、治療は長期に及ぶ厳しいものになると見られ、その転帰は全く不確かなもののように思われた。

 

この幼児を治療した医療チームの一員だった内科・小児科医の Dina Hafez 女史は医学誌 the New England Journal of Medicine にこの稀な症例について報告した。

  しかし、この男児は、Ann Arbor にやってきて一週間も経たないうちに元気を取り戻した。そのころには、Hafez 女史らは確定診断を得ていたが、それは、驚くほど単純なものだった。

 「私たちは皆、本当にショックを受けました」医学誌 the New England Journal of Medicine(NEJM)の最近の版に掲載された本症例についてのレポートの筆頭著者となっている Hafez 女史(32)は思い起こす。「関係者の誰一人としてそれ以前にこの疾患を見たことがなかったのです」

 

A broken leg? 足の骨折?

 

 Hafez 女史によると、この男児の症状は約6週間前に始まっていたという。彼が右足に体重をかけるのに問題があることに母親が気づいたのである。(この家族は NEJM の症例報告で身元が明かされていない:Hafez 女史によると、彼らは転居しており、病院当局は彼らの連絡先をつかんでいないという)。

 彼の跛行が始まって一週間後、母親は小児科医のもとに連れて行った。言語の遅れがありこの子は話すことができなかった;足に怪我はしていないと母親は小児科医に告げた。軽い咳を認める以外、調子が悪いようには見えなかった。彼の年齢ではよく見られるように好き嫌いは激しかったが彼の成長は正常だった。

 その小児科医は足のレントゲン撮影をオーダーしたが、膝と足首の間にある右の腓骨に骨折の可能性があった。その骨が折れているかどうか明らかではなかったので、整形外科医は一週間足の安静を保ったあとレントゲン撮影を再検することにした。2回目のレントゲン撮影でも同じようにはっきりしなかったが、その後まもなく、その子は今度は左足に痛みがある素振りを見せ始めた。彼は歩かなくなり、這って移動する状態に戻ってしまったのである。

 母親は新たな症状に気付いた。彼の歯肉が腫脹し、前歯の間に黒い点が出現したのである。彼女がそれをふき取ろうとしたところ、歯肉から出血し始めた。心配した両親は彼を緊急室に連れて行った。

 緊急室で動揺しているように見えたその幼児は両足を動かさなかった。発熱は見られなかったが脈が速いようだった。身体に痣はなかったが、彼の足が骨折しているかどうか、また虐待の結果である可能性の有無が不明確だったため、児童保護当局に通知が行われた。

 医師は男児を入院させ、頭部と足のCT検査をオーダーした。CT検査では足の骨折も頭部外傷も認められなかった。

 しかし血液検査で手がかかりとなりそうな結果がつかまえられた。軽度の貧血があったが、これは幼児ではしばしばミルクの過剰摂取や鉄欠乏食の結果として見られるものである。またそのような所見から鉛中毒も示唆された。貧血とともに下肢の脱力が見られことは、悪性腫瘍が脊髄を圧迫していることも考えられた。

 しかし脳および脊髄のMRI検査で異常が認められなかったため他の診断名が考慮された。一つはポリオだったが、すべての予防接種が行われていることからほとんど考えにくいように思われた。もう一つは Guillain-Barré 症候群で、これはウイルス感染後に発症するが、これほど幼い子供ではきわめて稀である。腰椎穿刺(髄液検査)が行われたが Guillain-Barré の徴候は認められなかった。しかしその後まもなく、この男児に、皮下出血の徴候となるピンの先ほどの円形の病変、点状出血発疹(petechial rash)が出現した。これが急速に彼の身体中を覆いつくした。上行性に麻痺が進展する可能性を懸念した医師らは、大きな小児病院に彼を転送することを決めた。

 

A simple question 素朴な疑問

 

 医師が足を触るとこの男児が泣き出していたことを Hafez 女史は覚えている。「見知らぬ場所にいることに怯えていたのか、痛いためなのかはっきりしませんでした」と彼女は思い起こす。

 医療チームは原因を解明する必要に迫られていた;Guillain-Barré では横隔膜を麻痺させ呼吸機能に危険が及ぶ可能性があるため緻密な観察が必要だった。

 身体的虐待はほとんど可能性がないようだった。この男児には痣はなく骨折も見られなかった。しかも虐待では彼の他の症状が説明できない:腫れた親指、歯肉の出血、および貧血。

 足の痛みを引き起こす重大な骨の感染症である osteomyelitis(骨髄炎)が考えられた。「しかし、それは両足を侵すことはありません」と Hafez 女史は言う。「我々はもっと全身的な疾患や脊髄を侵す疾患を考えていました」可能性のあるものの一つに、あるタイプの若年性関節炎もあった。

 彼女によれば、歯肉の出血は“非常に懸念される”病状で白血病やリンパ腫が示唆された。数時間のうちに、神経内科、リウマチ科、整形外科、整形外科、血液内科/腫瘍内科の専門医が関わることになった。栄養評価、外部のカルテの調べ直し、あるいは非常に多くの検査や画像診断が計画に盛り込まれた。

 すべての生化学検査が再検され、鉛、水銀、砒素などの重金属中毒のスクリーニング検査で異常は認められなかったため、医師らは鉛中毒を除外した。

 HIV検査とともに、骨髄や筋肉の生検も行われた。

 「軽度の貧血を示した鉄の検査以外のすべてが正常で返ってきました」 Hafez 女史は思い起こす。「専門医間で結論の出ない多くの議論がありましたが、依然として何が起こっているのかは明らかにはなりませんでした」

 男児の入院4日目、入院直後に持ち上がっていた疑問を再び検討するよう神経内科医と放射線科医が提言した:それは彼の食餌についてである。

 放射線科医は、足の骨の表面を覆う膜の下に出血があることに気付いていた。これはひどい痛みの原因となりうる。このタイプの異常な出血の原因の一つにアスコルビン酸の欠乏がある。すなわちビタミンCの不足である。

 医師らは驚くべき新たな可能性を探り始めた:この幼児には壊血病(scurvy:スカーヴィ)があるのではないか?

 

Forgotten but not gone 忘れられているが、なくなっていはいない

 

 壊血病の報告は紀元前1550年にさかのぼるが、本疾患は17世紀18世紀の船乗りや海賊に最も多くみられている。数ヶ月の航海に出る船乗りはビタミンCを含む生鮮食品が慢性的に与えられないため、本疾患に罹りやすく、時に致死的となることもあった。歯肉出血、高度の関節痛、点状出血斑、下肢の脱力、さらに、小児ではカエル足姿勢(これは1880年代に初めて記載された)が壊血病のすべての徴候であるが、ここ2、3世紀の進歩した世界においては消滅したと多くの人たちは考えている。

 1753年、スコットランドの海軍軍医が、それまで腐った肉や水が原因であると誤認されていた本疾患が柑橘類の果物を食べることで予防や治療が行えることを明らかにした。同世紀の終わりまでにイギリスの船員たちには本疾患を予防するために毎日一定量のレモンジュースが割り当てられるようになった。

 24時間、男児のベッドサイドにいた両親は彼の偏食について話してはいた。しかし、医師らがこの問題に焦点を絞ったとき、この母親は、彼の食餌がほとんどチョコレートミルクのみで占められていたと答えた。彼は毎日約1.5クオート(1.4リットル)のチョコレートミルクと2~4枚のグラハムクラッカーを摂取していた。彼はそれ以外のものを食べるのを拒否していた。果たして血液検査では、彼のビタミンCの濃度は0.1mg/dl 未満だった;正常下限値は 0.6mg/dl である。

 「食習慣を制限している多くの子供たちがいますが、ビタミンCを全く摂らないのは起こり難いことです」と Hafez 女史は言う。

 医療チームは、この男児の言語の遅れと食べ物に対する極端な嫌悪が、それまで診断されていはいなかった自閉症の兆しとなっているのではないかとも考えた。

 自閉症児における壊血病症例は多く見られるわけではないがよくわかっていない。過去一年間に、フランスの Etienne、ミズーリ州 Kansas City、Boston's Children's Hospital (同院では7例を治療)の医師らが自閉症を持つ小児や若年者において壊血病例を診断している。これらの子供たちは診断が確定するまでに広範囲に及ぶ精査を受けていた。

 2015年、マサチューセッツ州 Springfield の Baystate Medical Center の医師らは、過去5年間に30例の壊血病を診断したが、ほとんどは低所得成人であり、一部には精神疾患が見られたと報告している。精白パンとチーズのみを食べていたという患者や、アイスクリームしか摂取していなかったというものもいた。本疾患はしばしば高齢者でも診断されている。

 Hafez 女史は、息子が壊血病だと告げられたときの両親の反応を覚えているという。「それは全くの安堵でした」と彼女は言う。「息子が何か恐ろしい病気だと彼らは考えていたのです」彼女によると、男児の母親は「笑うと同時に泣きだしてこう言いました。『これがビタミンで回復できるなんて信じられません』」

 しかし、実際そうなった。男児にはビタミンCの栄養補助食品が開始され、数日のうちに足が動き始めた。一週間以内に歯肉出血が止まり発疹も消失した。10日後、正常に歩行するようになった。両親は行動の専門家に紹介され、その男児は毎日のビタミン摂取と栄養強化飲料を摂取し始めた。4ヶ月後、彼は完全に回復した。

 「もっと早い段階に食餌歴が得られていたなら、苦痛を伴う高額な検査を含む今回のような徹底的な精査をしなくて済んでいたことでしょう」と Hafez 女史は言う。今回特異に思われた一つの要因として、この男児が正常に成長していたという事実があったと彼女は指摘する。

 彼のケースと、それが与えてくれた教訓が今回の NEJM 報告の推進力となった。このことで、多くの医師らが遭遇したことがなく米国から根絶されていると誤って信じられている疾病の認識が高まるであろうことに期待しているとミシガン州の医師らは述べている。

 「食餌について質問し、支援が必要な家族を栄養士に紹介するよう一層の努力を確実に行うようにしています」と Hafez 女史は言う。今回のケースは「一歩下がって、全体的に症例のすべての断片を調べ、それらがどのように整合するかについて考える」ことを医師たちに強調してくれていると彼女は主張する。

 

ビタミンC欠乏症(壊血病)の詳細については

メルクマニュアルをご参照いただきたい。

 

コラーゲンは人間の体を作っているタンパク質の30%を占める

皮膚、血管、靭帯、骨、軟骨の主要な構成成分となっている。

このコラーゲンの生成に必須なビタミンがビタミンCである。

またこのビタミンは創傷治癒や免疫機能にも関与している。

体内からビタミンCが枯渇すると毛細血管が脆弱となり

体中のいたるところで出血が起こりやすくなる。

ビタミンCの欠乏状態が続くと、

数ヶ月して症状が出現してくる。

初期には皮膚の乾燥、脱力感、倦怠感、うつ症状、

筋肉痛、関節痛などがみられるようになる。

点状の皮下出血が出現し始め、さらに症状が進行すると

歯肉、消化管、粘膜、結膜などからの出血が認められる。

特徴的な皮膚症状として、毛包周囲角化症、螺旋状毛髪、

毛包周囲の出血などがある。

また大腿神経鞘への出血から起こる大腿部神経障害、

下肢の浮腫、関節内出血などが見られることもある。

乳幼児や小児では骨形成に障害が起こり、

骨病変および骨成長不良を引き起こす。

骨幹と骨端の間に線維組織が形成され、

肋骨軟骨接合部の間隔が拡大する。

ときに小さな骨折により起こる骨膜下出血が見られることがある。

 

診断は通常臨床症状から行われるが、

食生活上ビタミンC欠乏のリスクがありそうな患者では

本症の可能性を念頭に置いておくことが重要である。

ビタミンCは鉄吸収にも関与していることから

鉄欠乏性貧血を見ることも多い。

血液中のビタミンC濃度は0.5~1.5㎎/dl であり、

0.2㎎/dl 以下になると壊血病発症のリスクが高まる。

幼児期の壊血病では骨レントゲン撮影が重要で、

長管骨骨端部、特に膝部に変化が認められる。

骨梁が減少し、すりガラス状の陰影を示す。

骨皮質は薄くなり、骨端部の軟骨線部が石灰化し、

凸凹した軟骨の線(Fraenkel の白線)が出現する。

白線近傍にこれに平行する希薄化領域、あるいは線状骨折が

わずかに三角形状の欠損として骨外側部に特徴的に認められる。

骨膜下出血を繰り返すことにより骨膜が持ち上がり、

石灰化を認めることもある。

治療はビタミンCの経口投与が行われる。

女性は75mg、男性は90mgのビタミンCを

1日1回経口摂取する。

適切な治療により症状と徴候は通常,1〜2週間で消失する。

 

食料事情に恵まれている先進国においては

重度のビタミンC欠乏症はまれであるが、

自閉症や精神疾患を持つ患者では

今回の様なことが起こる可能性がありそうだ。

不適切な食習慣でこれからも起こりうることから、

全く過去の病気になった、とは言えないようである。

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